Vodzigaの日は遠く過ぎ去り。

宮塚恵一

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Prologue 最終決戰

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 その日、世界は救われた。

 巨大なモニターに映し出される空は鮮血がぶち撒けられたかのように紅く染まっていた。夕焼けの赤とも違う、今までの人生で遭遇することのなかった空色。

 空だけではなく、その空に照らされる物も紅い。

 倒壊した街を踏み付ける巨大な生命体。

 街の建造物は崩壊してしまい、モニター越しでは辺りとの比較が出来ないが、その巨体は都内のタワーマンションと比べても引けを取らない程の大きさであることを私は知っている。

 街を破壊し尽くした巨大な獣、ヴォズィガ。
 その両脚で世界を踏み締める姿に、人は恐れ慄いた。

 しかしその時、私達の世界を蹂躙し、私達を散々と苦しめたその紅き巨獣は、自らの痛みを訴えるかのように咆哮した。
 その瞬間、モニターがノイズで覆われる。紅い空も、紅い獣も見えなくなった。

『システムエラー! シャッガイ領域との通信、完全に途絶えました!』

 部屋中に通信士の焦燥した声が響いた。
 私を止める大人達の静止を振り切って、私は扉を開けて外に出た。

 ここからヴォズィガが聳え立つ所まで、それなりの距離がある。だが、それでもあの巨獣の瞳の動きが分かるくらいに、ヴォズィガの存在感は圧倒的だった。
 その頭上には、ヴォズィガを中心として、紅い空が渦巻いていた。

 紅い空の下、ヴォズィガと比べたら小石程に思える大きさの物体が、獣の周りを飛び回っていた。
 その物体はヴォズィガに付かず離れず一定の距離を保ったまま点滅を繰り返した。
 蝿のように自身に纏わりつくそれが明点する度にヴォズィガは苦しみの咆哮をあげた。その重圧な存在感を薄れさせていった。
 それを見て、私にはヴォズィガが弱っているのがわかった。

 私はずっと握り締めていたキーホルダーをもっと強く握った。彼女から預かったものだった。
 まだ私がここに来たばかりの頃、周囲に壁を作って沈黙を貫いていたあの人を無理矢理連れ出して、遊びに誘った時に私からあげた物だった。
 まだ若いんだから楽しむことも忘れちゃ駄目ですよ、なんて殊勝なことを言って彼女の腕を引いた。

 そして今度は、彼女の方から私を元気づける為に、あの時の思い出を託された。
 
 きっと戻って来るからと。けれど、それが嘘であることなんて、彼女の瞳を見れば一発でわかった。それ程に、覚悟を決めて彼女は空へ。

 私は紅い空に向けて叫んだ。彼女の名を呼んだ。

 ヴォズィガと彼女が戦っていた。
 彼女は最後の力を振り絞り、世界を覆い尽くさんとしていると錯覚する程の巨獣相手にあの人が戦っていた。

 わかっていた。どんなに叫んだとしても、あそこで戦っているあの人に、私の声は聞こえないことは。
 それでも声を上げずにはいられなかった。

「センパアアアアアアアアアイ!」

 彼女の──先輩の去り際のあの精悍な顔を思い出して、応援せずにはいられなかった。

「ファイトオオオオオオオオオ!」

 獣は苦しみながらも、自身を襲う攻撃に抗っていた。ヴォズィガの紅い身体の背中にある背鰭が振動した。背鰭と共に、辺りの空気も震えた。文字通り世界を掻き乱すかのようにして、ヴォズィガは口を大きく開けた。

 放たれる熱線。懐中電灯で闇を照らす光かの如く、ヴォズィガの口から放たれた熱線は直線距離を進む。私達のいるところまで熱線は届かなかったが、それでも空気の振動は伝わり、私の肌をピリピリと痺れさせた。

「先輩!」

 私はただひたすらに叫んだ。ヴォズィガの周りを飛び回る物体の放つ光は、まだ消えてなんていなかった。

 それは希望の光だった。

 彼女が操りヴォズィガと戦うTALARIAタラリアは、対ヴォズィガの為に、また彼女の為に造られた機体だった。ヴォズィガの力が溢れるあの紅い空の下シャッガイ領域でも自由に動ける為のパワードスーツを着用したまま操縦することを想定した機体で、彼女だからこそその真価を発揮することができる。

 辺りはいつの間にか私だけではなかった。作戦対策室ブリーフィングルームにいた隊員達もこぞって外に出て、彼女の勇姿を肉眼で見つめていた。贔屓にしている体操選手の演技を観賞するように、皆が彼女の躍動を固唾を呑んで見守った。この戦いの行方を。

 急にヴォズィガの動きが止まった。私は絶句した。身を乗り出して、少しでも彼女の姿を捉えられように前のめった。

 刹那、世界が光に包まれた。地平線から登り闇夜を照らし始める朝陽のように、その光は暖かかった。光は世界を照らし、空を覆う紅を拭った。
 眩んだ目を擦った。私は目の前に広がる景色に、思わず涙を流した。

 その日、世界は救われた。

 紅い空も獣も、最初からそこに居なかったかのように消え去っていた。
 終わったのだ。長く続いた人と獣との戦いに、遂に彼女が終止符を打った。自らの使命を抱いて最後の戦いに赴き、ヴォズィガを討った。

 けれど感慨に耽る暇はなかった。
 先輩は? 先輩は無事なの? 私は遠くに見える街に向かって走り出した。空はすっかりと青い。黙示録を体現したかのような空は失われ、この空は平穏を取り戻した。
 
 倒壊した街だけが、その惨状を生み出した存在がいたことは確かに現実だと、訴えかけていた。
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