リプレイスメント〜目覚めたら他国の侯爵令嬢になってました〜

ことりちゃん

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18. 賞賛からの……

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「「「わぁああーーーーっっ!!!」」」

 大画面を見上げていると急に歓声が沸いた。
 同時に割れんばかりの拍手も巻き起こり、私は圧倒されて立ち上がることもできなかった。

 しばし呆然と周囲を見渡す。
 普段、あんなにフェリハを遠巻きにしている生徒たちが、男子も女子も今は最高の笑顔で私を褒め称えている。
 女子生徒の中には、ハンカチで目元を押さえている人もちらほら見えた。

(これが賞賛パチパチ?)

 この一年、弾き込んだだけのことはあったと嬉しく思ったのも束の間、椅子から立ち上がると皆がドッと押し寄せてきた。

「素晴らしい演奏でした!!」
「感動しました!!」

「あ、ありがとう」

 とりあえず勢いに負けて返事をしたのが不味かったのか。

「昨年のミハイル様の演奏も素敵でしたが、フェリハ様の演奏はまた一味違って聞き惚れてしまいましたわ」

(ミハイル様?)

「ほんとですわ! ミハイル様の『祝福の歌』は新しい世界への期待を感じさせるような演奏でしたが、フェリハ様の演奏は切なさに胸がつまりそうでしたわ!」

(ミハイル様……)

「ミハイル様の演奏が素晴らし過ぎて、あの後誰も弾けない雰囲気でしたのに、よくぞ思い切って弾いて下さいました! 最高でした!」

(またミハイル様……)

 返事をする暇もなく、次から次へと感想攻めに遭う。
 おまけに誰も彼も私の最愛の人を親しげに名前で呼んでいる。

(私だってまだお呼びしたことないのに……)

 演奏を褒め称えてくれるのは嬉しいが、この人たちが皆ミハイル殿下の演奏を生で聴いていたと思うと無性に腹が立った。

 そんな複雑な気持ちでいると、一人の令嬢が最前列に躍り出てきた。と思ったら、目をキラキラさせながらこんな事を言う。

「やはり血は争えませんね! さすがはエファンディ侯爵夫人のお嬢様です!」
「え?」
「私の実家はエファンディ侯爵領の隣になりますから、以前より夫人とは交流がありますの!」

(だから何??)

 ここへ来て、またまた会ったこともないフェリハの母親の話が出てきた。
 領地からほとんど戻らず、戻ってもマリクにしか会わないという母親に、本物のフェリハはほぼ顔を合わせたこともないというのに。

「侯爵夫人の演奏は私、幼い頃より何度も耳にしておりますの! さすがはフェリハ様、しっかりと才能を受け継いでいらっしゃったのですね!」
「たしかに、侯爵夫人のピアノは有名ですものね」
「納得だわ……」

 あちこちで、なるほどと勝手に納得する声が聞こえる。

 私は思わず唇を噛み締めた。
 この一年、積み重ねてきた努力をズタズタに引き裂かれた気分だった。

 これ以上ここにいたくない、そう思った瞬間だった。
 急にふわっと身体がーー

「っ!?」

 誰かに抱き抱えられている。
 幼い子を抱くように、下から添えられた腕が私のお尻を支えているが不思議と嫌な気はしなかった。

 縦抱きというのだろうか、向かい合わせに身体が密着してはいるが、今は気恥ずかしさより有り難さがまさった。
 後頭部にも手を添えられているため、横を向いて顔を確認することはできない。でもこの逞しい体格と、そもそもフェリハを助けようとする人なんて彼以外知らない。

「ケレム?」
「おう、少しの辛抱な」

 ケレムは空中の何にもないところを、まるで足場でもあるかのように駆け上がっていく。

 眼下にはピアノの周りに群がる生徒たちが、急に消えた私を探してかキョロキョロと見回しているのが見えた。

「あれ? フェリハ様は?」
「エファンディ嬢、消えたんだけど?」

 かすかに生徒たちの声が聞こえる。

(透明化魔法……)

 さすが歴代の騎士団長を輩出するクヌート家のご子息といったところか。

 そんなことを考えているうちに、ケレムは校舎を飛び越え、馬車の待機するロータリーへと連れて行ってくれた。

 すとん、と地面に足がつき、ようやく密着から解放された。お礼を伝えようとケレムの顔を見上げると、

「ごめん」
「え?」

 ケレムのオレンジ色の瞳が所在なさげに揺れていた。

「お前も、ずっと頑張ってたんだな。それなのにさっきは止めたりして悪かった」

 たしかに演奏前、ケレムは私を引き留めた。けれど「痛い目見るぞ」とかけられた言葉は、明らかに私を心配してのものだった。

(こっちこそごめんなさい。私はあなたの知ってる彼女フェリハじゃないの……)

 何も言えず、ただ首を横に振るだけの私にケレムは続けた。
 
「お前の努力を、さも母親のお陰みたいに言われたら腹も立つよなぁ? マリクじゃあるまいし」
 
 そうだった。
 ケレムは幼馴染だから、フェリハの事情もよく知っているのだ。
 言いながら私の頭をポンポンするケレムの手が、なんだかとても心地良かった。

「俺だってな、クヌート家に生まれたってだけで騎士団長になれるなら、こんな血反吐吐くまで鍛えたりしねーって」

 その言葉に、先程自分自身も同じようなことを考えてしまっていたことに気付かされた。

(さすがはクヌート家のご子息……だなんて)

「そうよね、本人の努力あってこそよね……」
「当たり前だろ。周りは勝手なこと言うんだよ。それよりお前、今日はもう帰れ。午後から授業どころじゃねーぞ、わかるだろ? 荷物はマリクに言っといてやるから、な?」

 顔を覗き込んでくるケレムに、私はこくんと頷くことしかできなかった。
 彼の優しさがなんだかとても心に沁みて、喋ると涙があふれそうだった。

 ケレムは、手を上げて学園に待機している馬車を呼び寄せた。

「エファンディ侯爵家まで送り届けてくれ」

 御者にそう伝え、慣れた動きで馬車の扉を開けるケレム。

「またな」
「あ、うん」

 かちゃりと扉が閉まり、程なくして馬車が動き出した。

 車窓からそっと伺い見ると、まだロータリーの前でケレムが私を見送っていた。

(彼、やっぱり優しいのね……)

 ほう、とゆっくり息をつく。

 ランチルームではジェム皇太子達とニアミス。そこからハイドランジアが咲き誇る雨月の中庭を堪能。さらにはサブリエのポムポムピアノで殿下と同じ曲を演奏、そして賞賛からの……

 怒涛の昼休みを振り返って気づいた。

(私、ケレムにお礼を言ってないわ)


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