【完結】僕たちのアオハルは血のにおい ~クラウディ・ヘヴン〜 

羽瀬川璃紗

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ハルシネイション・ヘヴン

羽黒望

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 電源を入れると、そこには仮想現実が広がっていた。


 主人公はとある先進国家の首都で生きる28歳男性。お好きな名前をつけたら、ゲームスタート。

 彼はある偉業を成し遂げたとされた。それは何故か。
 主人公達の一族は裏切り者の一族と、永く仲違いしていた。主人公も父を殺されていたので、相手の一族は『敵』だと思っていたのだ。

 ところが。

 父の遺品に託されたメッセージを偶然受け取り、父は裏切り者の一族に殺されたのではなく、名誉を欲しがった味方によって殺された、という真実を突き止めた。


 主人公は一族皆にその事実を公表した。
 様々な反応はあったが、独裁体制だった味方の悪事が公となり、新体制に生まれ変わるきっかけとなった。

 主人公は自分の一族だけでなく、国の偉い人、裏切者の一族にも広く知られ、三者を繋ぐ架け橋的存在となった。


 それから4年後、転機が訪れた。裏切り者の一族の1人が、迎えに来たのだ。
「あなたが趣味で書いてた物語を読んだ。是非やって欲しい事がある」と。


 その人は昔遊んだテレビゲームの製作会社の人だった。
「裏切り者の一族達の生活支援を兼ねて(ほぼ自給自足生活らしい。健康保険、年金、生活保障対象外。知らなかった)一緒に仕事をしないか?」と。

 主人公を使った金儲けが狙いだ、売名目的だ、と一族で反対した人は何人も居た。


 それでも主人公は首都へ向かった。


 自分の可能性と頑張りが形となれば、反対者もいつか、自分を認めてくれると信じて。
 そして、1つの頑張りが小さな形となった。

 けれども主人公は、満足する事なく前進を誓った。


「シノさん!」

 羽黒望はぐろのぞむの思考はそこで途切れた。缶コーヒーを片手に顔を上げると、後輩の堀田が居た。 

「今年もベラドンナやるんですよね? めっちゃ楽しみっす!」

「…お前ねえ、ベラドンナは俺がやってる訳じゃないっつの」

「はいはい、判ってますって」

 堀田はニカニカしていた。


 ゲーム会社:マタドールに入社して8年。ゲームのシナリオ、脚本、会社と繋がりのある出版社から刊行される雑誌への連載。
 3年前からは更に広報も兼ねて、メディアに出る事も増えた。


 堀田は尋ねた。

「アッチが終わったら、また戻って来ますよね?」

「え? 戻るって?」

「俺心配なんすよー。シノさんがこのまま、ココ辞めてフリーになるんじゃないか、って」


 社内の色んな人から、その質問をされる。
 3年前と去年、ちょっとしたヒットを出したので、他社からの引き抜き的な話が、たまにあるのは事実だ。

 でも、全て断っていた。


 望は笑った。

「それは無いな。この会社並みに自由にやらせてくれる所、無いし」

「そうすか⁈」

 空き缶を捨てて、望は付け加えた。

「…まあ、堀田のオシメが取れたら、有り得るかなぁ?」

「ひでぇ! あはは! お疲れさまでした!」

「お疲れさま。お先にー」

 望は手を振り、会社を後にした。



 入社当時、マタドールは苦しい経営状態だった。

 戦闘シミュレーションゲーム氷河期のさなか、陽炎(二世、三世が多かった)達は戦闘に関してはプロなので、戦闘メインでしか作れない。

 ならばその戦闘に面白いシナリオをつけたらどうか、の発想で現部長(当時は課長)が望を連れて来たのだ。

 それが当たった。

 いつかは独立するべきなのだろうか。外野に慣れあいだの、お友達商売だの言われても、まだマタドールから抜けるつもりは無かった。



 若者達の街の一角、とある地下駐車場に愛車を止めると、望はビルの6階へ向かった。
 ノックして会議室へ入ると、見知った顔が出迎える。

「おはよう、望」

 星野広空ほしのひろたかが資料を手にこっちを見やる。他にも、数名のスタッフが忙しく動いてる。

「おはよう、俺、最後だった?」

「いいえ、ヒスイさんがまだよ。今日、ラジオの収録あって遅れるみたい」

 御影真姫みかげまきが答えた。

 望は荷物を置くと、着席した。

「そっか、火曜だから『通信』の収録か」


 毎週水曜の23時から、ヘルファイアがパーソナリティーを務める『ヘルファイアの極楽通信』というラジオのレギュラー番組がある。
 隔週火曜に2週分の収録を行うのだ。


 望が言った。

「『ベラ』の新曲、また流してくれるといいな」

「俺らレギュラー持ってないしな。…そういや真姫、今日早かったな。休みだっけ?」

「ええ、代休よ」

 真姫は手元の資料から、目を離さず答えた。


 真姫も皇介と同様に、望の仲介でマタドールに入社していた。望や皇介と違い、真姫は本名でゲーム音楽の制作を担当している。

 そして、もう1つの仕事が、これから始まろうとしている。


「すいませーん、遅れまして」

 ヒスイは入室すると陳謝した。望が挨拶する。

「ラジオお疲れさまでした。…それでは始めましょうか!」


 『BELLADONNA』、始動。




 衣装合わせ、雑誌取材の打ち合わせ、スケジュール確認が終わり、一同は遅めの夕食を共にした。

 乾杯をして、あの頃とはうって変わってアルコールを口にする(望は車なのでウーロン茶だが)。

 ビールを飲んだヒスイが口を開く。

「あー、来月から記憶喪失かぁ」

「ですねー。俺も雑誌のコラム、3号分前倒しで書いておいたわ」

 ウーロン茶の望が頷く。ビールの広空が眉根を寄せる。

「そんなに前もって書くもんなの?」

「平気平気。最先端ならぬ、思い出のファッションアイテムだよ? 季節感合わせりゃ大丈夫」

 ミモザを片手に、真姫が呆れる。

「ファッション誌だっけ? 何でまたそんな仕事受けてんのよ」

「ほら、何が縁で次の仕事になるか判んねえじゃん? 話が来たら取り敢えずやるよ」

 望が笑うと広空が呟いた。

「…それにしてもさ、俺ら大人になってから、こういう風に一緒に仕事するとは思いもしなかったな」

「そうね。今日は皇介こうすけ居ないけど、幼馴染とまだつるんでるなんてね」

 真姫もしみじみ言った。望がヒスイに尋ねる。

「そっちは何年の付き合いですか?」

「中学…3年? だから…今年で15年か。幼馴染ではないけど、人生の半分は一緒に居たわな」

「ケンカとかは?」

 真姫の問いに、ヒスイは苦笑する。

「そりゃあ、何回もしたさ。でもその度に仲直りしたよ。なんだかんだ5人とも、それぞれ互いに大好きなんだろうな」

「…この前も、ツアー先で一緒にお風呂入ってたし」

 広空が笑った。


 あれから12年。広空はドラムチューニングなどを専門に行うベテランスタッフとなり、ヘルファイアにとって欠かせない重要な人物となった。

 来週からは、あるバンドのドラマーとしての仕事が始まる。


 ヒスイが反論する。

「ちげーし!! あれは、俺が入ってる時にチビとイトコが勝手に入って来たの! …静かに入りたかったのに」

「小学生みたいに仲が良いんですね」

 事もなげに真姫が言うと、様子が目に浮かんだ望は大笑いした。

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