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クリムゾン・ヘル
November-1
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俺は美しい姫に恋をしていた。
姫は気高く聡明で、誰からも一目置かれる存在だった。俺には釣り合わない。
そう思っていた時に、恐ろしい力を偶然手に入れてしまった。
強すぎて制御出来ないとかじゃなく、持ってても役に立つ事はない、でも恐ろしい力だ。
だから男は俺に害虫駆除を依頼してきたのだ。力の事は内緒にしてやる、と。
害虫駆除をすれば、俺の夢は叶うし、姫は俺に振り向いてくれる。
俺はスパイになる決心をした。秋が終わり、冬の気配が漂っていた。
「歩!」
振り返るとそこには隆平がいた。
「バイト終わり?」
「うん。そっちは?」
「楽器屋の帰り。飯は?」
「まだ。食ってかねえ?」
「そうだな。腹減ったし」
2人は並んで歩き始めた。
本来なら家庭の状況から言っても、歩達はバイトをする必要は無い。
親達は音楽を志す息子達に『音楽関係では一切の手助けをしない』というスタンスでいる為、活動費は自分達のバイトで得た金を充てている。
音楽で成功する為には、茨の道でも突き進む覚悟だから、そんなのは大変でも何でもない。
ファーストフード店で夕食を食べてると、歩が切り出した。
「…最近、キョウさん何か言ってなかった?」
「最近? 何も聞いてねえよ」
「そっか」
「…何かあった?」
隆平の問いに、歩は目を伏せ気味に答えた。
「…こないだスタジオ練習した次の日に、ここの隣の牛丼屋行ったら、偶然キョウさん居てさ。
向こうは俺に気付いてないから、話かけなかったんだけど、ある人と一緒だったんだ」
「誰? 女とか?」
「『WHITE HONEY』のアイラさん」
『WHITE HONEY』は東京のヴィジュアル系バンドで、何度か合同ライブイベントでも一緒に出た事もある、先輩バンドだ。
「席も近くて話が聞こえたんだけど、アイラさんがキョウさんをバンドに入れたがってて」
「え? 向こうドラム居ただろ?」
「抜けたがってんだって。あっちはインディーズレーベル入ってるし、人気あって上手いから近々メジャーだって言われてんじゃん?
『社長から、メジャー行くにはドラム居ないとダメだって言われたから、サポートでいいから入れないか、気が向いたら正式メンバーになって欲しい』ってめっちゃ勧誘されてた」
「返事…したのか?」
歩はウーロン茶を口にした。
「いや。『掛け持ちは厳しいんで』とか『ヘルファイアで頑張りたいんで』とかのらりくらりやってた」
「断ったんだ」
「でもアイラさんが『25までにメジャーデビュー出来なかったら、音楽諦めるって言ってたけど今も同じか?』『メジャーデビューするなら、ヘルファイアよりこっちの方が可能性高い。チャンス逃す気か?』って言ったら、キョウさん黙った後に『考えさせて下さい』って…」
その話に、隆平は口をあんぐりさせた。
「…キョウさん、そんな事考えてたのか?」
「俺も初耳だよ」
歩は口を閉ざした。
確かに、いつまでも叶えられない夢にしがみつく訳にいかない。
リーダーとは言え弱冠20歳の恭一が、そんな事を見越していたとは、知らなかった。
隆平は重い口を開いた。
「…俺らだって子供じゃねえ。ちゃんと言ってくれたらいいのに」
ところが歩は意外な事を口にした。
「でも俺、キョウさんが『向こう行く』って言ったら止めないよ」
「え?」
「俺がキョウさんと同じ立場なら、そうするかも。音楽やるからには、プロになりたいから」
「…俺だってプロになりたい。その為に5人で『任務』をやってきた訳だから、俺はこの5人でプロになりたい」
隆平が声を絞り出すように言った。指についた塩を払い、歩も言った。
「判ってる。けど、この先『任務』が完了する保証は何処にも無い。
だからこそ、キョウさんの人生に口出しは出来ないんだよ」
窓の向こう。駅が大勢の人間を吐き出した。
姫は気高く聡明で、誰からも一目置かれる存在だった。俺には釣り合わない。
そう思っていた時に、恐ろしい力を偶然手に入れてしまった。
強すぎて制御出来ないとかじゃなく、持ってても役に立つ事はない、でも恐ろしい力だ。
だから男は俺に害虫駆除を依頼してきたのだ。力の事は内緒にしてやる、と。
害虫駆除をすれば、俺の夢は叶うし、姫は俺に振り向いてくれる。
俺はスパイになる決心をした。秋が終わり、冬の気配が漂っていた。
「歩!」
振り返るとそこには隆平がいた。
「バイト終わり?」
「うん。そっちは?」
「楽器屋の帰り。飯は?」
「まだ。食ってかねえ?」
「そうだな。腹減ったし」
2人は並んで歩き始めた。
本来なら家庭の状況から言っても、歩達はバイトをする必要は無い。
親達は音楽を志す息子達に『音楽関係では一切の手助けをしない』というスタンスでいる為、活動費は自分達のバイトで得た金を充てている。
音楽で成功する為には、茨の道でも突き進む覚悟だから、そんなのは大変でも何でもない。
ファーストフード店で夕食を食べてると、歩が切り出した。
「…最近、キョウさん何か言ってなかった?」
「最近? 何も聞いてねえよ」
「そっか」
「…何かあった?」
隆平の問いに、歩は目を伏せ気味に答えた。
「…こないだスタジオ練習した次の日に、ここの隣の牛丼屋行ったら、偶然キョウさん居てさ。
向こうは俺に気付いてないから、話かけなかったんだけど、ある人と一緒だったんだ」
「誰? 女とか?」
「『WHITE HONEY』のアイラさん」
『WHITE HONEY』は東京のヴィジュアル系バンドで、何度か合同ライブイベントでも一緒に出た事もある、先輩バンドだ。
「席も近くて話が聞こえたんだけど、アイラさんがキョウさんをバンドに入れたがってて」
「え? 向こうドラム居ただろ?」
「抜けたがってんだって。あっちはインディーズレーベル入ってるし、人気あって上手いから近々メジャーだって言われてんじゃん?
『社長から、メジャー行くにはドラム居ないとダメだって言われたから、サポートでいいから入れないか、気が向いたら正式メンバーになって欲しい』ってめっちゃ勧誘されてた」
「返事…したのか?」
歩はウーロン茶を口にした。
「いや。『掛け持ちは厳しいんで』とか『ヘルファイアで頑張りたいんで』とかのらりくらりやってた」
「断ったんだ」
「でもアイラさんが『25までにメジャーデビュー出来なかったら、音楽諦めるって言ってたけど今も同じか?』『メジャーデビューするなら、ヘルファイアよりこっちの方が可能性高い。チャンス逃す気か?』って言ったら、キョウさん黙った後に『考えさせて下さい』って…」
その話に、隆平は口をあんぐりさせた。
「…キョウさん、そんな事考えてたのか?」
「俺も初耳だよ」
歩は口を閉ざした。
確かに、いつまでも叶えられない夢にしがみつく訳にいかない。
リーダーとは言え弱冠20歳の恭一が、そんな事を見越していたとは、知らなかった。
隆平は重い口を開いた。
「…俺らだって子供じゃねえ。ちゃんと言ってくれたらいいのに」
ところが歩は意外な事を口にした。
「でも俺、キョウさんが『向こう行く』って言ったら止めないよ」
「え?」
「俺がキョウさんと同じ立場なら、そうするかも。音楽やるからには、プロになりたいから」
「…俺だってプロになりたい。その為に5人で『任務』をやってきた訳だから、俺はこの5人でプロになりたい」
隆平が声を絞り出すように言った。指についた塩を払い、歩も言った。
「判ってる。けど、この先『任務』が完了する保証は何処にも無い。
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窓の向こう。駅が大勢の人間を吐き出した。
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