松書房、ハイセンス大衆雑誌編集者、林檎君の備忘録。

中谷 獏天

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第25章 改心と罰。

憑依と弁護士。

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《私は、あんまりに必死で、無我夢中で。化け物に見えたんです、本当に》

 そして彼女は、無罪となった。

『俺は、妖かしだ何だは信じちゃいるが。アイツは絶対、殺されて良い様なヤツなんかじゃない。頼みます先生、どうか、こんなんじゃアイツが浮かばれねえ』

「高等裁判所へ訴えたとしても、差し戻し請求、所謂再審、裁判のやり直しを命じられるだけです。長い裁判になりますよ」
『構わねぇ!アイツだけじゃねえ、こんなん間違ってんだ、悪霊が憑いてたから殺しても無罪だなんて間違ってんだよ!』

「分かりました」



 本当に、無我夢中だったなら。

「こうして刃物で自身も、必ず傷が付くんですよ、必ず」

 今までの殺人事件に於ける複数の加害者の診断書、及び傷口を写した写真を提示。

『でしたら、依頼人も』
「確かに傷は有りました、ですが傷は浅く、1つだけ。ですので、こう推察するのが妥当かと」

 勢い良く刺し、もう1度、2度。

 その何度目かで、血で滑り怪我をしてしまった。
 そこでふと冷静になり、滑らぬ様に布を巻き、再び刺し始めた。

『だとしても、あくまで推察に』
「では、推察以上にしてみせます、証人喚問の許可を」
『許可します』

 そして実際に複数人の加害者を診た医師を数人と、加害者研究の第一人者である大学教授に証人として出廷頂き。

「如何ですか、皆さん」



 赤の他人から控訴された悪霊裁判は、差し戻しからの逆転有罪。
 そして政治欄には、ひっそりと検察側の人間が更迭された、と小さく載るだけだった。

『先生、何とお礼を言うべきか』
「いえ、それよりも、改めて供養と、お祓いに行かれるべきかと」

『お祓い、ですか』
「色々と怨念も纏わり憑いているでしょうし、心機一転、以降はご自身の為に生きるべきかと」

『はい、ありがとう、ございました』

 怨んでもいない身近な者に憑き、彼は本当に悪霊寸前の状態となった。
 けれど、怨むべきは害した張本人、だろう。

「とある場所へ一時、送致させます、怨みを晴らすなら燃える火の粉へ向かいなさい」



 塀の中は安全だ、と。
 なのに、何故。

《な、何で》

 鉄格子の向こうには、あの人が。
 血まみれになったその顔は、まるで鬼の様な形相で。

 『それは、俺の、台詞だ』

 方々から恨めしそうに響く声。
 違うの。

《違うの、魔が差しただけなの》

 『もう、知っている、お前達の事はもう知っているんだ』

 夫とは別に不仲では無かった。
 けれど、あんまりに魅力的な人に出会ってしまった。

 賢く理知的な、お上に務めてらっしゃる素敵な方。

《違うの、ただ別れるだけじゃ、あの人は認めてくれないから》



 失った、何もかも失った。
 たった何度か寝た女が事件を起こし、それが俺のせいだと。

 単なる遊びだった。

 俺と婚姻を果たしたいなら、何かしらの成果が無くてはならない。
 そんな戯言を、あんな風に。

 俺には妻も子も居る。
 そもそもあんな女、娶る気も。

「おい、飯はまだなのか」

 ふと台所を覗き込むと、妻がへたり込んでいた。
 また何か、粗相をしたのかと。

《あ、うっ、ひぃっ》
「どうした!誰にやられた!」

《手が、手が勝手に》

 妻の手を見れば明らかだった。
 何度も何度も、自ら腹を刺したのだ、と。

「き、救急車を」
《いえ、結構です》

 あんなに歪んでいた妻の顔から、ふと表情が消え。

「お前は、一体何を」
《私は騙されたのよ!こんな、こんな男だなんて知らなかったのよ!!》

 妻は家から飛び出し、目の前の家の戸を激しく叩き。
 出ないとなると次へ、次へと。

 俺は呆気にとられて、動けなくなっていた。

 血まみれになりながら取り乱す妻の姿は勿論、家の窓に。
 全ての家の窓に、亡くなった男の顔がハッキリと写っていたからだ。
 
「違う、違うんだ」
《こんな男だなんて知らなかったのよーーー!!》



 悪霊裁判にて有罪が確定した直後、ご家族が慰霊碑への募金を募ると、直ぐに資金は集まり。
 事件現場となった家屋は取り壊され、慰霊碑と公園が出来上がった。

 子供好きであった被害者が傍に居るからこそ、同じく出来上がった公園は安全だろう、と。
 そうして今でも、子供達の声は聞こえ続けている。

 『黙って子を亡くした事が、気付けなかった事が、本当に許せなかったんです』

 殺された事でも、浮気でも無い。
 黙って自身の子供を殺された恨みが、何よりの根源だった。

「もう、充分でしょう、アナタの償いもとっくに終わった。会いに行かれても、決して文句は言われ無いでしょう」

 『そうであれば、良いんですが』



 私は酷く正気でした。
 この子が産まれ育った時、過去を知ってしまった時、どう思うのだろうかと。

 もし、自らは自らだとするのなら、まだ良いでしょう。

 けれどもし、己が血を疎み、忌み嫌ったなら。
 己が血を言い訳にし、凶行へ走ったなら。

 確かに私の血も入っています。
 ですが少なくとも、あの人の血も入っているのです。

 平然と浮気をし、罪を犯させ人殺しまでさせ、周囲を騙し続けたあの男の血が。

 希望も抱きました、しっかりと育てさえすれば大丈夫だろう、と。
 ですが、もし、失敗してしまったら。

 いつか、誰かを害してしまったなら、どう償うのですか。
 償えますか、誰かの大切な娘さん、息子さんを殺されたなら。

 例え犯人の命で償ったとて、償いきれるとは思えません。
 命は、帰っては来ないのですから。

『ですが、お腹の子に罪は』
《罪の有る者だけが死ぬのですか、少なくともアナタの周りはそうなのですか?》

 不運にも不遇に遭い、亡くなる事も有るでしょう。
 何かしらの悲劇や惨劇に遭遇し、いっそ産まれて来なければ良かった、そう思う事も有る筈。

 産まれ出る事が至上の幸福だと仰るなら、事件や事故の無い世では無い事を、どう説明なさるおつもりですか。
 事故に遭えて、事件に出会えて幸運だ、感謝しろとでも被害者の方々に仰る気ですか。

『そうしたつもりは』
《結果、突き詰めた先はそうなる、とは考えもしませんでしたか。ご職業を改めた方が宜しいのでは、このままではいずれ更に被害者、被害者遺族に加害者家族を傷付ける事になると思いますが。それが御社の意向だ、そう言う事で宜しいでしょうか》

『いえ』
《アナタの意見だけでは不十分です、御社からの意見書も紙面にお載せ下さい。では、失礼致します》

 私は、ずっとマトモです。

 いっそ狂いたかった。
 狂えれば良かったけれど。

 頭も何もとても静かで、子を思った時だけ、幾ばくか途切れたのみ。

 今では、あの子が選んだのだろうと思います。
 それこそお亡くなりになった子の、もしかすれば生まれ変わりだったなら。

 こんな筋に産まれたくは無いでしょう。
 自らを死に至らしめる因果となった者の子になど、幾ら何でも生まれたがりはしないでしょう。



「やっと、やっとか」

 あの事件から数年。
 再婚し、婿養子となり名字も変わり、以前の事を知る者は居ない土地で。

 やっと。
 2人の息子を授かった。

 それから数年、俺は最も幸せだった。
 それまでは、その時までは。

 発語の遅い子供達の事を心配し、寺に相談へ向かった時だった。
 僧侶が席を立った時、徐ろに2人が振り向くと。

『『全部、知っているんですよ、お父さん』』
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