松書房、ハイセンス大衆雑誌編集者、林檎君の備忘録。

中谷 獏天

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第9章 男と女。

4 別れ道。

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『その女、誰なんですか』

 あー、修羅場るかもなとは思ってたんだけど。
 刃傷沙汰かぁ。

 困ったな、母さん残していくワケにはいかないし。

《あー、聞き入れてくれるなら言うけど、婚約者のフリを》
『アナタにも頼んでたの?!』

《あ、アナタもですか》

『練習台にって、だから、全てを許そうとしたら』

 あ、許そうとしちゃったのね。

《いや、それ多分、試そうと》
「そうだよ、本当に許して欲しかったワケじゃない、妻に求めるのは貞淑さ。婚前交渉を許そうとする時点で、僕らとしては有り得ないんだよ」

 僕、ら?

『騙したんですね』
《いやー、それは流石に》
「誰が妾の練習台になれって言いました、婚約者のフリ、あわよくば練習台になって欲しい。だけ、ですよね?」

《まぁ、はい》
『そうやって口裏を合せて』
「そう信用ならないなら諦めるべきでは、と言うかそもそも、アナタと僕との関係は何ですかね」

『それは、それは婚約者の、フリを。でも』
「お付き合いすらしていない、と言うか、それで体を許そうと」
《待った待った、アナタはどうしたいのお嬢さん》

『私、私は』
《期待を裏切られて凄く傷付いたのかな、とは思うよ。けどね、それはお相手も同じじゃないかな。明け渡さないで欲しい、ちゃんと拒否して欲しい、そう思って口説いてたなら。裏切ったのはアナタじゃないかな?》

『でも、私』
《顔が良いし声も良いし金持ちだ、けどね、それだけ色んな女が寄って来るんだよ。だから身を守らなきゃなんない、彼はアンタの何処かを気に入って声を掛けた筈だ、もう十分傷付いてる筈。好いてるなら、もう裏切ってやんないであげなよ?ね?》

『私、好いていたのにぃぃ』
《分かる分かる、でも私らはフリだ、練習台。それ呑んで一緒に居るんだ、踏み越えたら終わるんだよ、こう言うもんはさ》

『く、悔しぃ』
《だろうね、失敗したら悔しいけど、向こうも同じだと思うよ》

「だな」
「だね」

『へっ』
《ほ?》

「俺の婚約者のフリを頼んだのはコッチ、アンタじゃない」
「それと、彼女の言った通り、裏切られたと僕も思ってる。体を許さないで欲しい、本当の婚約者になって、結婚出来る相手であって欲しいと声を掛けたんです」

「けど、アンタは体を許そうとしたワケだ」
「一応、泣く程度には悲しかったんだけどね」

『ごめんなさい』
《よしよし、そんだけ魅力的だったんだよね》

『はぃ』
《けど、もう少し後先考えないとね、それに1度は拒否すんのも礼儀らしいし》

『そう、なんですね』
《平安時代の事らしいけどね》

『私、その時代だったら良かった』
《成程、でも私は毎日風呂に入りたいなぁ》

『あ、それは、ですね』
《大丈夫、もっとアンタに合う人を意地でも見繕わせるからさ。大丈夫、全然やり直しが効くよ、まだ乙女なんだし若いんだし》

『ごめんなさい』
《良いの良いの、さ、顔洗いに行かせて貰いな》

『うん、はい』

 はぁ、何とかなったかな。

「結婚してくれ」
「うん、兄を宜しくお願いします」

《アンタら、尻拭いを私にさせといてそれは無いんじゃないかい?》
「いや、それは」
「姐さんがすっかり良く捌いてくれたんで、ついうっかり聞き惚れちゃったんですよ。助かりました、ありがとうございます」

《はぁ》
「俺のも居るには居るんだがな、出て来いよ、聞いてたろ」

 また、修羅場が始まんのかい。

『はい』

 あぁ、分かるわ、確かにコレには合わんな。

「何か言う事は無いのか」

『婚約を、辞退、させて頂きます』
「おう、じゃあな、達者で」

 あ、意外とすんなりと終わるのね。

《あ、ちょっと》
「双子なのは黙ってた、便利だしな」
「身を守る為にもね」

《いやアンタの婚約者はどうなってんのよ》
「僕のにはもうあらかた説明して、多分、このまま結婚するかもね」

《はぁ、お騒がせ馬鹿兄弟が》
「悪かった、結婚してくれ」

《いやー、せめて従業員程度の方が》
「断る、何が不満なんだ」

《いや、不満と言うか格が》
「合わせろ、博士号を取れ」

《は?》
「先ずはその名目で支援する」
「で兄のお嫁さんになる、うん、完璧」

《いや》
「まだ16だろ、手を出せない間だけだ、だから意地でも学歴を取って貰う」
「博士号なら大丈夫、数学だけで取れるから」

《いや、普通、大学出て》
「何にでも例外は有る」
「試してみてよ、金持ちの道楽に付き合うと思って、支援されてみようよ」

《何もそこまで》
「する」
「お母さん、喜んでたよ、あの子は数字を弄らせたらずっとやってるんだって。それに大学出てからだと21、最長で21才まで援助する」

「最悪はな」
「それまで続いてたなら、どっちみち、ウチの親は折れると思うけどね」

《フリは、本当に口実だったって事だね》
「先ずは婚約して欲しい、横からかっ攫われたくないんだ、本当に」

《まだ試す事が》
「ちょっと耳元で囁いた程度でアレなら処女だろ」

《いやもしかしたら、万が一にも》
「医者に診せる事はどの道するぞ、病気の検査も一応な」

 右往左往しても、どうやら八方塞がりらしい。
 悔しい。

《金持ちぃ》
「悔しげに言われてもな」
「ふふふ、面白い人だね」

「やらないからな」
「はいはい」

 こうして、先ずは支援を受ける事に。
 ただ、現金じゃなく現物支給、正直その方が有り難いんだけど。

《部屋にお帰り下さいお坊ちゃま》
「もう、アンタって子は照れちゃって」
「お散歩行きましょうかお母さん」

「あらありがとうお坊ちゃま」
「いえいえ」
「ほら、ちゃんと勉強しろ」

 離れに住まわすなんて、本当に金持ちの道楽にしたって。
 いや、もう良い、勉強しとこう。

《よし》
「好きだ」

《もー、何で気合いを入れた時に言いますかね》
「それが1番反応が良い、パトロンを構え、渡す米を減らすぞ」

《はいはい、何をして欲しいんですか》
「一区切り付いたら膝枕だな」

《はいはい》

 意外にもご両親には反対されず、なのが逆に重荷と言えば重荷ですけども。
 コレが飽きるまでと思えば、数字の事を考え放題だと思えば、まぁ以前よりは遥かに天国だわなと。

「終わったか」

《いやー》
「終わったな、ほら、黒糖饅頭だぞ」

《脅すわ物で釣るわ、偉い必死どすな》
「止めろ、抱くぞ」

《面白い叔母さん達よね》
「狐夫婦って言われてるんだよ、飄々としながらも見抜く」

《あそこまではちょっと無理だわ》
「支援も口実だ、さっさと18になってくれ、はち切れそうだ」

《右手ちゃんと左手さんが居るでしょうに》
「飽きた」

《世には蒟蒻なる》
「減らず口だな、もっと言え」

《例えば》
「俺の事を好いてるだとか、惚れてるだとか」

《はいはい、好いてる好いてる》

「抱くぞ」
《泣くぞ》

「ふふふ、良い女だな本当に」
《でしょう、大事にしてやって下さい》

「するから早く学位を取れ」
《あいよ》



 僕らは逆に、年の差が無いのも良かったと思う。
 こうして直ぐに結婚出来たワケだし、触り放題だし。

『実は私、隠れて練習してたんです』
「えっ」

 僕も練習と言うか、試す為にと多少は触ってしまったし、それを黙っている手前。
 嫌だと言うのは。

『ふふふ、少しは嫌だなと思ってくれました?』
「思った思った、ごめん」

『不安になってくれますか?』

 もし、練習していたら。
 もし、小さいなと思われてたら。

「凄く不安」
『ですよね、分ります』

「もう不安にさ、妬いたの?」

『さ、もう寝ましょうか』
「女漁りの噂を聞いて不安だったんだ?」

『かも知れませんね』

「成程、正直に言うまで寝かさない、って手段を取って欲しいんだね」
『いえ、それは違くて』

「大丈夫大丈夫、直ぐに言いたくなる様にしてあげるから」
『ちょっ』

 平凡な言い回しだけれど、少しだけ遠回りしてしまったとは思う。
 けれど遠回りした分だけ、得をする様に動けば良い、そう周りも動かせば良い。

 誰も死んではいないし、致命的な失敗は無いんだから。
 生きてれば、かなり挽回は出来る、生きてさえいればやり直せる。



「やっとだな」
《お待たせしました》

 未だに学位を取れてはいないが、勉強の合間に家の仕事も手伝い、偉い学者にも認められた事で。
 やっと、18になり、やっとコイツと結婚する事が出来た。

「他の女の手垢が付いていない証明を、どうすれば出来る」

《1周回って、下手で早ければ認めます》
「あまりの早さに驚くなよ」

《なら私の上手さに驚かないで下さいね》

「問い詰める」
《どう証明しましょうね》

「数学で何とかならないか」
《と言うか、比べる先がない人には、上手いも下手も無いと思うんですけどね》

「確かにな」
《ね》

「よし、ヤるか」
《あの、心の準備がですね》

「2年やったろ」
《まっ》

 弟を巻き込んだのは、少し悪かったと思っている。
 双子だからと同じ事をせず、婚約者と向き合わせれば良かったのかも知れない、と。

 ただ、あの経験無しに相手を良く思えたのかどうかは、正直今でも分からない。

 けれど、弟の選んだあの娘には、結果として良い縁に繋げられたと思う。
 一見普通の家庭でも、少し踏み込むだけで粗が見える、あの家に居れば逃げ出したくなるのも分かる。

 妻予定が気にするので、しっかりしたのと引き合わせたんだが、俺達より早く結婚しやがった。
 俺達は4組目、俺の元婚約者は早々に結婚した、他に良いのが居たのを親に言い出せなかったらしい。

 さっさと言ってくれてたら。
 いや、無理か。

 それに少しズレるだけで、妻と出会えなかったかも知れない。

 あぁ、数学で答えが。
 いや、今は止めておこう、未だに俺は数学に負けているんだしな。

「どうだ?上手いか」
《聞くな》
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