風に立つライオン

壱(いち)

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未知の世界に連れてかれそうだった。我が義理の父があんな奴だなんて、未来がどうなるのか想像出来ない。あいつの浮気に嫌気がさして別れたけど離れて正解だった。なんだ、あの一歩間違えば病んでそうなのわ。

「天野?おい、大丈夫か」

突然背後から声をかけられ体がびくつく。そうだった、あの人がまだ敷地内にいたんだ。
会長が近付いてくる足音に俺は膝と仲良しだった手を外して、側に来た会長を見上げる。なんとなくいたたまれない。会長の後ろにいる男が視界に入り、いつまでも座っていたら不振に思われる。
亮介に打ちのめされたとは言えない。

立ち上がる俺へ、気分が悪いのかと言い肩へ触れようとする会長に大丈夫です、そんなんじゃありませんと適当に応える。
笑みが強ばるのは誤魔化せているだろうか。

「尚之。生徒会室はここから近いんだろう、先に行くといい」
「ですが」
「彼は途中までエレベーターに乗るんだ、細かなことは彼に聞く」
「分かりました」

自分の親から勧められることに思案気だった会長は父親に頭を下げた後、俺に向き直り体調が悪いなら我慢しないで早退しろよと言いいつになく心配げな雰囲気で更に後は頼むと残し、階段近くの廊下を歩いていく。

待ってくれ、この人と二人きりとかそれはない!いつもの強引さはどこにいった会長。内心、涙を流しながら小指を立てて会長を走って追っかけたい。
そんな俺の視界を遮るように前を歩いてきたスーツ姿の男はエレベーターのボタンを押した。

「天野君、だったかな」
「はい」

耳馴染みのいい低く大人の男を意識させる声は亮介とタイプの違う、色気のあるものだ。
関東を牛耳る冴島系暴力団組長、篠山櫂(ささやま かい)。その名は素人でも街を遊び歩いている奴なら一度は耳にする。

赤みのある茶色い髪を後ろに撫でつけ、襟足をすっきりとさせた髪型。撫でつけた前髪が額にかかり、切れ長な目をいっそう引き立てて目力を増幅させ近寄りがたい雰囲気を作り出している。
亮介はハーフに間違えられるほど彫りが深いが、この男も日本人ばなれしていてアクション俳優になれそうな整った顔のつくりをしていて、誰しもが見惚れそうだ。

背を向けたままの男に応えた後、今回の事で詫びられてしまい、なんて言ったらいいか分からなくなる。会長に書き込みをされたわけでもないし、言葉に詰まっているとエレベーターの到着音がタイミングよく鳴る。
開く扉が完全に開き終わると乗り込む男に言いようのないため息に似たものを吐き出す。

「天野君?」

瞼を閉じて考えに耽っていると、理事長室で聞いた力強い声でなく幾分柔らかな声で呼ばれ男を見る。
覚えている筈がない、あれから何日経ってるんだと一人動揺する自分へ語りかけて目線を男から外し一歩を踏み出す。

中へ乗り込むと扉が閉まり、俺が扉の方を向くとエレベーターは下へと降りていくので前を失礼しますと男へ言い階数ボタンを押すため動くと、ボタンを押そうとしていた手首を掴まれる。
その行動に驚き男の顔を見ようとすれば、スーツ越しの分厚い胸板に頬をあてるよう抱きすくめられた。

「篠山さん?」
「カズキ」

腕の中で、耳元から自分の名を呼ぶ声に体が大袈裟に揺れる。

「まさか高校生だったとは、見た目に騙されたな」
「あ、の」
「今思えば可笑しな話しだ。大学生だと検討をつけて探しまわって」

耳から入り込んでくる言葉に訳が分からなくなってパニクる俺に構わず、篠山は更に抱き込む力を強くする。
あの熱い夏の日と同じ香りが胸元からしてきて目眩がしそうだ。脳裏には、濃密なベッドの上での情事が蘇ってきて溜まらなくなる。
お互い裸で白濁を散らしたあの日。俺と篠山はカズキとカイ、そう名乗っていた。

「あの夏の日を覚えてないとは言わせない」
「人違い、じゃ」

苦しい言い逃れかもしれない。背を撫で下ろす手に反応する自分の体が、こんなにも憎らしく感じるなんて。

「なんなら」

初めてのことだ。

「体ごと思い出させてやろうか」

体から離れた腕は顎を指で掬い上げて上向かせてきて、間近にいる篠山と目と目があってしまい力強い眼差しに縫い止められたような感覚に捕らわれ口付けられる頃には篠山の逞しい胸、スーツの胸元に縋りついていた。

エレベーターに備え付けられたカメラの存在も忘れ、肉厚な舌に翻弄されることを選ぶ。
上顎や舌の裏側なんかを攻める俺の弱い部分を知る篠山。もう、立っているのもやっとな俺の体の輪郭をいやらしく撫で回していく掌に気持ちよさから震えてしまう。
ぞくぞくする快感は夏の日をまざまざと思い出させた。

「はっ、あ」
「勝手に一人、姿を消したお前をずっと探していた」

唾液に濡れる唇を拭っていく指を謝る代わりに浅く口にくわえれば、指を強引に突っ込まれてしゃぶらされる。

「お前、指フェラって知ってるか」
「んっ、ン?」



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