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五章
15、なごやかなお夕飯
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小柄で細身の絲さんが一升瓶を抱えると、異様に重そうに、そしてでかく見える。
俺は片手で瓶を持ち上げた。
「で? このリボンは俺にくれるん?」
「はい。どうぞ」
にこにこと、絲さんの笑顔が輝いていて嬉しい。
絲さんは、一升瓶を開けようと試みたが。まぁ、あなたの力では無理や。
「頭。お燗なさいますか?」
「いや、冷でええ」
波多野が用意してくれた、硝子の器に俺は一升瓶から酒を注いだ。
ほんまは徳利とかに移した方がええんやろけど。ちょっと、荒っぽいよな。
芳醇な香りが辺りに漂う。
口に含むと、香りはいっそう際立った。
絲さんは何も言わへんけど。目をきらきらさせている。
まるで「どうですか? どうですか?」と問うているようや。
「うまいで。ありがとうな」
「いえ、いえ」
「俺のために選んでくれたんやろ。酒蔵に併設しとう店やったら、酒の匂いがきつかったんとちゃうか?」
「頑張りましたっ」
拳を握りしめて、絲さんが身を乗り出してくるから。俺は思わず笑ってしもた。
容易に想像できるよな。絲さんやったら、酒の匂いだけで酔うやろから。息を止めて店に入り、苦しくなったら外に出てを繰り返したんとちゃうやろか。
酒に対してそんなにこだわりはない。けど、絲さんが俺のために選んでくれたことが嬉しいんや。
「おいしいですねぇ、鮎」
「せやなぁ。酒にもよう合うわ」
「そのお酒、冷たくして若竹に入れてもいいとお店の方が仰っていましたよ」
若竹? ああ、竹を斜めに切って節を取って、そこに酒を注ぐんか。
確かどっかの地方に、かっぽ酒っていうんがあったよな。
それは竹に入れた酒を、囲炉裏で熱して。竹の油や香りが酒に移るとかなんとか。飲んだことないから、よう知らへんけど。
ふーん、冷たいのもありなんか。
「楽しそうですねぇ」
絲さんは翡翠のように美しい浅緑の銀杏を、箸でつまんで一粒ずつ口に運んでいる。
次は、高野豆腐や。
口の中で、高野豆腐に含ませた甘い出汁がしみ出るのが好きなんやろ。
絲さんは、頬に手を添えて目を細める。
「涼しなって、絲さんの食欲が出てくれて嬉しいわ」
「だって、おいしいんですもの。いくらだって食べられます」
うん。そもそも俺の半分くらいの量しか、盛られてへんけどな。
庭からは、虫の声が聞こえてくる。
秋の日は釣瓶落としや。すでに外は暗くなり、障子を開いとうから、夜風が薄を揺らしとんのも見える。
「蒼一郎さんは虫がお好きなの?」
「ん? なんでや」
「だって、さっきから虫の声を聞いていらっしゃるもの」
そうやったかな。まぁ、涼やかで嫌いではないけどな。
「絲さんは虫が嫌いなんか」
高野豆腐に伸ばしていた箸を、絲さんは箸置きに揃えて置いた。
「たいそう苦手です。どうしても駄目なの。れんげ畑で花を摘むでしょう? そうしたら虫が跳ねるじゃないですか」
キリギリスとかコオロギとか、そういうのやろか
「もう怖くて怖くて。悲鳴を上げて、おじいさまの元へ逃げて。『絲はほんまに虫が嫌いやなぁ』って」
「それ、幾つくらいの時なん?」
「えーと、そうですねぇ」と絲さんは天井を見上げた。
「七つか八つの頃かしら。わたし、大人びていましたから、そんなにいつまでもれんげ畑には入らなかったんですよ」
うんうん。虫が怖くて入れんようになったんやな。
俺には分かるで。遠野の爺さんは、絲さんが「虫がいたの」といって抱きついた時、きっと満面の笑顔やったんやろな。
けど、ええなぁ。花畑の中の絲さんかぁ。
俺は片手で瓶を持ち上げた。
「で? このリボンは俺にくれるん?」
「はい。どうぞ」
にこにこと、絲さんの笑顔が輝いていて嬉しい。
絲さんは、一升瓶を開けようと試みたが。まぁ、あなたの力では無理や。
「頭。お燗なさいますか?」
「いや、冷でええ」
波多野が用意してくれた、硝子の器に俺は一升瓶から酒を注いだ。
ほんまは徳利とかに移した方がええんやろけど。ちょっと、荒っぽいよな。
芳醇な香りが辺りに漂う。
口に含むと、香りはいっそう際立った。
絲さんは何も言わへんけど。目をきらきらさせている。
まるで「どうですか? どうですか?」と問うているようや。
「うまいで。ありがとうな」
「いえ、いえ」
「俺のために選んでくれたんやろ。酒蔵に併設しとう店やったら、酒の匂いがきつかったんとちゃうか?」
「頑張りましたっ」
拳を握りしめて、絲さんが身を乗り出してくるから。俺は思わず笑ってしもた。
容易に想像できるよな。絲さんやったら、酒の匂いだけで酔うやろから。息を止めて店に入り、苦しくなったら外に出てを繰り返したんとちゃうやろか。
酒に対してそんなにこだわりはない。けど、絲さんが俺のために選んでくれたことが嬉しいんや。
「おいしいですねぇ、鮎」
「せやなぁ。酒にもよう合うわ」
「そのお酒、冷たくして若竹に入れてもいいとお店の方が仰っていましたよ」
若竹? ああ、竹を斜めに切って節を取って、そこに酒を注ぐんか。
確かどっかの地方に、かっぽ酒っていうんがあったよな。
それは竹に入れた酒を、囲炉裏で熱して。竹の油や香りが酒に移るとかなんとか。飲んだことないから、よう知らへんけど。
ふーん、冷たいのもありなんか。
「楽しそうですねぇ」
絲さんは翡翠のように美しい浅緑の銀杏を、箸でつまんで一粒ずつ口に運んでいる。
次は、高野豆腐や。
口の中で、高野豆腐に含ませた甘い出汁がしみ出るのが好きなんやろ。
絲さんは、頬に手を添えて目を細める。
「涼しなって、絲さんの食欲が出てくれて嬉しいわ」
「だって、おいしいんですもの。いくらだって食べられます」
うん。そもそも俺の半分くらいの量しか、盛られてへんけどな。
庭からは、虫の声が聞こえてくる。
秋の日は釣瓶落としや。すでに外は暗くなり、障子を開いとうから、夜風が薄を揺らしとんのも見える。
「蒼一郎さんは虫がお好きなの?」
「ん? なんでや」
「だって、さっきから虫の声を聞いていらっしゃるもの」
そうやったかな。まぁ、涼やかで嫌いではないけどな。
「絲さんは虫が嫌いなんか」
高野豆腐に伸ばしていた箸を、絲さんは箸置きに揃えて置いた。
「たいそう苦手です。どうしても駄目なの。れんげ畑で花を摘むでしょう? そうしたら虫が跳ねるじゃないですか」
キリギリスとかコオロギとか、そういうのやろか
「もう怖くて怖くて。悲鳴を上げて、おじいさまの元へ逃げて。『絲はほんまに虫が嫌いやなぁ』って」
「それ、幾つくらいの時なん?」
「えーと、そうですねぇ」と絲さんは天井を見上げた。
「七つか八つの頃かしら。わたし、大人びていましたから、そんなにいつまでもれんげ畑には入らなかったんですよ」
うんうん。虫が怖くて入れんようになったんやな。
俺には分かるで。遠野の爺さんは、絲さんが「虫がいたの」といって抱きついた時、きっと満面の笑顔やったんやろな。
けど、ええなぁ。花畑の中の絲さんかぁ。
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