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五章
16、これも妄想
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俺は脳内に、ぽわわーんとれんげ畑が広がった。
一面の薄紅の花。その中に座る、七つほどの小さい絲さん。
ああ、なんて可愛いんやろ。
畜生。その頃から知っとったらなぁ。じいさんは小さい頃も少女時代も絲さんを独り占めして、ほんまにずるいよなぁ。
絲さんのことやから、きっと花を編むんは下手やったやろ。
何度も茎を触るもんやから、きっとれんげ草の細い茎はへろへろになって折れてしまったはずや。
「蒼一郎お兄さまぁ。絲、できないの」
「うんうん、兄ちゃんに任しとき」
現実でも妄想の中でも、俺はいつでも絲さんの味方や。
俺は器用に、れんげ草を花冠に編んでやった。
無論、そんなんの編み方は知らん。けど、俺やったらできるはずや。
「絲さんは花冠と、他には何が欲しいん?」
「あのね。腕輪が欲しいの」
着物の袖から、絲さんがにゅっと腕を伸ばす。ひらひらとモンシロチョウが呑気そうに飛んで、虫が苦手な絲さんは短い悲鳴を上げて俺に抱きついてきた。
「なんや? ただの蝶やで。怖ないやろ」
「怖くないもん。ぶつかったら危ないから避けただけだもん」
なんでや? 絲さんも蝶も怪我するほどの衝撃はないやろ。
そう思いつつ、俺は小さい絲さんを抱きしめる。
ああ、ええなぁ。
小さい絲さんに欲情することなんか絶対にあらへんけど。なんかこう、守ってやりたいとか、保護してやりたいとかあるやんか。
そういう家族らしいのん、経験してこぉへんかったからな。
こういう腕の中にある幸せっていうんは、過去に遡ってでも欲しいよなぁ。
絲さんが俺の子どもを産んでくれたら、妄想だけやのうて叶うんやろか。
作ったことないけど、俺は器用に花冠と腕輪を作り、絲さんにつけさせた。
ふわっとした栗色の髪が春の陽射しに照らされ、色素の薄い絲さんに、れんげの冠がよう似合っとう。
「ね、絲お姫さまみたい?」
「うんうん。絲さんは俺のお姫さんやで」
にっこりと微笑みながら、俺に抱きついて見上げて来る絲さん。
あかん、妄想の中でも頬が緩んでしまう。
甘い花の香りに包まれて、きっと天国ってこういう場所なんやろな。
「あのね、れんげの蜜って甘いのよ。ご存じ?」
「いや、よう知らんけど」
「蜂蜜にもあるのよ」
絲さんは、花びらの先をすっと抜くと、俺の口に入れさせた。
うわ、大胆。あかんで絲さん。まだ幼いんやから、大の男にそんなんしたらあかん。
相手が少年でも、そいつのことボコボコにするけど。
「ね? 甘いでしょ」
「うん、甘いなぁ」
そして絲さんは、れんげの蜜とつつじの蜜がどちらが美味しいか、俺に語って聞かせるのだろう。
水色の空に浮かぶ、にじんだような白い雲。
時折、虫が跳ねて。その度に絲さんは俺にしがみついて。
ああ、ええなぁ。俺は絲さんを育てたかったなぁ。でもそれは叶わへんから、もし子どもができたら、ぎょうさん可愛がろ。
「蒼一郎さん、どうなさったの?」
現実の絲さんの声で、俺は我に返った。
ふと、茶色い一升瓶につけられた水色のリボンが目に入った。
れんげ畑の上に広がっとった、春の淡い空の色。
リボンをするりとほどいて、絲さんの頭に結ぶ。
「蒼一郎さん?」
「ああ、よう似合とう。お姫さまみたいや」
「え、そ、そんな」
突然のことに、絲さんは頬を赤らめた。
「わたしがお姫さまだなんて、勿体ないです」と、もじもじしながら照れている。
ああ、ほんまに可愛いなぁ。
絲さんはいつだって俺にとってはお姫さんなんや。現実でも妄想の中でも。
一面の薄紅の花。その中に座る、七つほどの小さい絲さん。
ああ、なんて可愛いんやろ。
畜生。その頃から知っとったらなぁ。じいさんは小さい頃も少女時代も絲さんを独り占めして、ほんまにずるいよなぁ。
絲さんのことやから、きっと花を編むんは下手やったやろ。
何度も茎を触るもんやから、きっとれんげ草の細い茎はへろへろになって折れてしまったはずや。
「蒼一郎お兄さまぁ。絲、できないの」
「うんうん、兄ちゃんに任しとき」
現実でも妄想の中でも、俺はいつでも絲さんの味方や。
俺は器用に、れんげ草を花冠に編んでやった。
無論、そんなんの編み方は知らん。けど、俺やったらできるはずや。
「絲さんは花冠と、他には何が欲しいん?」
「あのね。腕輪が欲しいの」
着物の袖から、絲さんがにゅっと腕を伸ばす。ひらひらとモンシロチョウが呑気そうに飛んで、虫が苦手な絲さんは短い悲鳴を上げて俺に抱きついてきた。
「なんや? ただの蝶やで。怖ないやろ」
「怖くないもん。ぶつかったら危ないから避けただけだもん」
なんでや? 絲さんも蝶も怪我するほどの衝撃はないやろ。
そう思いつつ、俺は小さい絲さんを抱きしめる。
ああ、ええなぁ。
小さい絲さんに欲情することなんか絶対にあらへんけど。なんかこう、守ってやりたいとか、保護してやりたいとかあるやんか。
そういう家族らしいのん、経験してこぉへんかったからな。
こういう腕の中にある幸せっていうんは、過去に遡ってでも欲しいよなぁ。
絲さんが俺の子どもを産んでくれたら、妄想だけやのうて叶うんやろか。
作ったことないけど、俺は器用に花冠と腕輪を作り、絲さんにつけさせた。
ふわっとした栗色の髪が春の陽射しに照らされ、色素の薄い絲さんに、れんげの冠がよう似合っとう。
「ね、絲お姫さまみたい?」
「うんうん。絲さんは俺のお姫さんやで」
にっこりと微笑みながら、俺に抱きついて見上げて来る絲さん。
あかん、妄想の中でも頬が緩んでしまう。
甘い花の香りに包まれて、きっと天国ってこういう場所なんやろな。
「あのね、れんげの蜜って甘いのよ。ご存じ?」
「いや、よう知らんけど」
「蜂蜜にもあるのよ」
絲さんは、花びらの先をすっと抜くと、俺の口に入れさせた。
うわ、大胆。あかんで絲さん。まだ幼いんやから、大の男にそんなんしたらあかん。
相手が少年でも、そいつのことボコボコにするけど。
「ね? 甘いでしょ」
「うん、甘いなぁ」
そして絲さんは、れんげの蜜とつつじの蜜がどちらが美味しいか、俺に語って聞かせるのだろう。
水色の空に浮かぶ、にじんだような白い雲。
時折、虫が跳ねて。その度に絲さんは俺にしがみついて。
ああ、ええなぁ。俺は絲さんを育てたかったなぁ。でもそれは叶わへんから、もし子どもができたら、ぎょうさん可愛がろ。
「蒼一郎さん、どうなさったの?」
現実の絲さんの声で、俺は我に返った。
ふと、茶色い一升瓶につけられた水色のリボンが目に入った。
れんげ畑の上に広がっとった、春の淡い空の色。
リボンをするりとほどいて、絲さんの頭に結ぶ。
「蒼一郎さん?」
「ああ、よう似合とう。お姫さまみたいや」
「え、そ、そんな」
突然のことに、絲さんは頬を赤らめた。
「わたしがお姫さまだなんて、勿体ないです」と、もじもじしながら照れている。
ああ、ほんまに可愛いなぁ。
絲さんはいつだって俺にとってはお姫さんなんや。現実でも妄想の中でも。
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