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四章
17、品がなさすぎる
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蒼一郎さんは怪我がつらいのか、なかなか目を覚ましませんでした。
「頭。まだ寝てらっしゃるんですか?」
「ええ、相当傷が痛くてつらいのね」
波多野さんが夕食の準備をしているとのことで、座敷に入ってきた森内さんが、オイルランプに灯をともしてくださいます。
頭に包帯を巻いているのが痛々しいです。
燐寸を擦るシュッという音。それに頭薬の燃えた煙のにおい。
細長いガラスの筒の中で火がともり、室内が温かな橙色に染まっていきます。
森内さんの影が、床の間の掛け軸へと伸びました。
薄暗い中にずっと居たから目が慣れていたけれど。明かりが点くことで、すでに日が暮れていたことに気づいたの。
宵の薄暗さの陰と、オイルランプの明かりで蒼一郎さんの顔が、普段よりもさらに彫りが深く見えます。
これまでは行灯でしたけど。和室に西洋風の灯りも趣があります。
「店では守り切れんで、申し訳ありませんでした」
突然、森内さんが正座をして頭を下げたんです。わたしはびっくりして、手から団扇を落としてしまいました。
「でも、森内さんも怪我をなさったでしょう? もう動いて大丈夫なんですか?」
「俺らは怪我なんか当たり前ですけど。お嬢さんは違うでしょ。こんな荒っぽい世界、慣れてないでしょうし」
恐縮したようにずっと頭を上げない森内さん。何と声を掛けたらいいのでしょう。
「怪我で済んで良かったです。わたしは確かに荒っぽいことには慣れていないですけど。まったく知らないわけではないですから」
「ですから、もう顔をお上げになって」と頼むと、森内さんはようやくわたしを見てくれました。
いつもの軽そうな印象は消え失せて、困ったように眉を下げています。
「俺は、頭みたいに大事にしとう女もおりません。ただ抱いて、飽きたらまた次に行って。けど、頭はお嬢さんのこと飽きてないですし」
「は、はぁ」
「お嬢さんは虚弱やから、抱けへん時でも大事にしとうでしょ。俺やったら、そんなん我慢できずに次の女を探します」
困りました。そんなに具体的に仰らなくても。
「つまり性欲を満たすんが大事なんです。勃たせてくれる体があったらそれでええんです」
だめ、もう卒倒しそう。わたしは頭がくらくらしました。
「あ、あの。森内さんの持論は分かりましたけど。蒼一郎さんが眠っていらっしゃるので、その……少し声を落としてくだされば」
「頭も怪我は平気やと思いますけど。そんなん軽傷ですよ」
「でも、わたしにもたれかかって来ました。きっと我慢なさっているのでは」
「いやそれは、単に演技でお嬢さんに甘えて……ふぐぅ」
突然、森内さんがお腹を抱えてしゃがみこみました。
どうしたのかしら? びっくりして目を見開くわたしの隣で、いつの間にか目を覚ました蒼一郎さんが右腕を伸ばしていました。
「おしゃべりが過ぎるぞ。森内」
「は……はい、申し訳……」
「あとな、お前には品がない」
どうしましょう。森内さんがお腹を抱えたまま、畳に突っ伏してしまいました。
彼の膝の前に、枕が落ちています。さっきまで蒼一郎さんが使っていらした蕎麦殻の枕です。
「森内さん。大丈夫ですか?」
百貨店で頭も打っていたはずです。
立ち上がろうとするわたしの腕を、蒼一郎さんが掴みます。
「森内、お前いつからそんなヤワになったんや」
「……いやマジで入ってますから」
「頭。まだ寝てらっしゃるんですか?」
「ええ、相当傷が痛くてつらいのね」
波多野さんが夕食の準備をしているとのことで、座敷に入ってきた森内さんが、オイルランプに灯をともしてくださいます。
頭に包帯を巻いているのが痛々しいです。
燐寸を擦るシュッという音。それに頭薬の燃えた煙のにおい。
細長いガラスの筒の中で火がともり、室内が温かな橙色に染まっていきます。
森内さんの影が、床の間の掛け軸へと伸びました。
薄暗い中にずっと居たから目が慣れていたけれど。明かりが点くことで、すでに日が暮れていたことに気づいたの。
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これまでは行灯でしたけど。和室に西洋風の灯りも趣があります。
「店では守り切れんで、申し訳ありませんでした」
突然、森内さんが正座をして頭を下げたんです。わたしはびっくりして、手から団扇を落としてしまいました。
「でも、森内さんも怪我をなさったでしょう? もう動いて大丈夫なんですか?」
「俺らは怪我なんか当たり前ですけど。お嬢さんは違うでしょ。こんな荒っぽい世界、慣れてないでしょうし」
恐縮したようにずっと頭を上げない森内さん。何と声を掛けたらいいのでしょう。
「怪我で済んで良かったです。わたしは確かに荒っぽいことには慣れていないですけど。まったく知らないわけではないですから」
「ですから、もう顔をお上げになって」と頼むと、森内さんはようやくわたしを見てくれました。
いつもの軽そうな印象は消え失せて、困ったように眉を下げています。
「俺は、頭みたいに大事にしとう女もおりません。ただ抱いて、飽きたらまた次に行って。けど、頭はお嬢さんのこと飽きてないですし」
「は、はぁ」
「お嬢さんは虚弱やから、抱けへん時でも大事にしとうでしょ。俺やったら、そんなん我慢できずに次の女を探します」
困りました。そんなに具体的に仰らなくても。
「つまり性欲を満たすんが大事なんです。勃たせてくれる体があったらそれでええんです」
だめ、もう卒倒しそう。わたしは頭がくらくらしました。
「あ、あの。森内さんの持論は分かりましたけど。蒼一郎さんが眠っていらっしゃるので、その……少し声を落としてくだされば」
「頭も怪我は平気やと思いますけど。そんなん軽傷ですよ」
「でも、わたしにもたれかかって来ました。きっと我慢なさっているのでは」
「いやそれは、単に演技でお嬢さんに甘えて……ふぐぅ」
突然、森内さんがお腹を抱えてしゃがみこみました。
どうしたのかしら? びっくりして目を見開くわたしの隣で、いつの間にか目を覚ました蒼一郎さんが右腕を伸ばしていました。
「おしゃべりが過ぎるぞ。森内」
「は……はい、申し訳……」
「あとな、お前には品がない」
どうしましょう。森内さんがお腹を抱えたまま、畳に突っ伏してしまいました。
彼の膝の前に、枕が落ちています。さっきまで蒼一郎さんが使っていらした蕎麦殻の枕です。
「森内さん。大丈夫ですか?」
百貨店で頭も打っていたはずです。
立ち上がろうとするわたしの腕を、蒼一郎さんが掴みます。
「森内、お前いつからそんなヤワになったんや」
「……いやマジで入ってますから」
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