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第二章 Boy Meets Girl Meets Cat.
第二十三話 そんな事とア~ンな事
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「まったく……驚かせるんじゃないよ、ハジさん」
俺はそうぼやきながら、すっかり自分の家に居るかのように寛いでいるハジさん――まあ確かに、少し前まで、ここは紛れも無い彼の自宅だったのだが――の体をひょいっと持ち上げた。
「にゃ! ニャニャニャアッ!」
『何をするニャ! 離せ! ワシャ、まだここに居るんニャ!』と言いたげな抗議の鳴き声を上げながら、俺に首の後ろを摘ままれたままジタバタと暴れるハジさん。
彼としたら最大級の大暴れのつもりなのだろうが、その身体はまだ小さな子猫である。短い手足をばたつかせても、俺の身体や腕には届かなかった。
「はいはい、暴れない暴れない。無駄な抵抗はやめて、おとなしくお家に帰りましょうね~」
「ニャニャガニャガ、シャアアアア――ッ!」
と、首根っこを掴まれたまま牙を剥いて威嚇するハジさんの事を無視して、俺はかなみさんに向けてぺこりと会釈する。
「あの……じゃ、今日はお疲れさまでした。俺たちは、そろそろ失礼します」
「あ……はい! お疲れさまでした!」
かなみさんは、俺の言葉にハッとした顔をして、深々と頭を下げてきた。
そして、顔を上げると、俺にニッコリと微笑みかける。
「三枝さんに手伝って頂いて、本当に助かりました! 私ひとりじゃ、全然終わらなかったと思います。本当に、ありがとうございました!」
「あ、いや……そ、そこまで感謝されるほどの事は……」
かなみさんから笑顔と感謝の言葉をかけられて、すっかり照れくさくなった俺は、困ったように頭を掻いた。
と、玄関の向こうから、高梨さんの愉しげな声が上がる。
「あらあらぁ~。お礼を言うのは三枝さんにだけなのねぇ。一応、おばちゃんもお手伝いしたんだけど」
「あ……す、すみません!」
かなみさんは、高梨さんの声に顔を真っ赤にしながら、慌てて頭を下げた。
「も、もちろん大家さんにもめちゃくちゃ感謝してます! ありがとうございました!」
「うふふ、冗談よぉ。気にしないで~」
高梨さんは、焦っているかなみさんに笑いながら煽ぐように手を振ると、持っていたホウキとチリトリを小脇に抱え、俺の方に顔を向ける。
「じゃ、おばちゃんはこれから晩ご飯の支度しなきゃだから、家に帰るわよ。三枝さん、このアパートの先輩として、なにかあったら、かなみちゃんの事をよろしくね」
「あ、は、ハイ。了解っす」
俺は、高梨さんの言葉に、微妙に引っかかるものを感じつつ頷いた。
……と、高梨さんが、俺の耳元にずいッと顔を近付けてきた。
それに驚いた俺は、高梨さんから漂う化粧品と香水のケバきつい匂いに噎せかけながら、上ずった声で叫ぶ。
「わっ? な、何すか、いきなり近付いてきて――」
「三枝さん……分かってると思うけど」
俺の抗議の声をガン無視した高梨さんは、かなみさんの方をチラリと見ると、まるで劉備に秘策を耳打ちする諸葛亮孔明のように、俺の耳元で囁いた。
「……このアパートの壁、とっても薄いからね。夜中に大きな声を出したり、大きな出させたり、激しく動いたりしたら、もれなく外まで筒抜けになっちゃうから気を付けるのよ」
「は…………はぁっ?」
はじめは高梨さんの言わんとしている事の意味が解らずにポカンとしていた俺だったが、彼女が浮かべたゲスい笑みを見てようやく理解し、素っ頓狂な声を上げる。
「ちょ……な、ななな何を言ってるんすかッ! そ、そんな事、するはずないじゃないっすかッ!」
「あらぁ、分からないわよぉ。若い男女が同じ屋根の下にいるんですもの、気持ちが盛り上がっちゃったら……ねぇ」
「お、同じ屋根の下って、別の部屋じゃん! つか、同じ部屋だったとしても、まだ会って二回目の人とそんな事しようとするほど野獣じゃないっす、俺!」
「あの……“そんな事”って、どんな事ですか?」
「ひゃいっ?」
高梨さんに向かって必死に捲し立てていた俺は、かなみさんの問いかけに思わず声を裏返した。
そして、キョトンとした顔で首を傾げているかなみさんに、狼狽えながら口を開く。
「そ、それは……その……何と言うか……」
「はい」
「そ、そのですね……」
「それはもちろん、男と女のらぶげーむ的なアーンなこ――」
「ちょ! 高梨さんはもう黙っててッ!」
そう叫んだ俺は、嬉々としてとんでもない事を口走ろうとした高梨さんの口を、手に持っていたハジさんの体で咄嗟に塞いだ。
「も、モガモガ?」
「みゃ、ミャギャアアオウッ?」
いきなり中年女性の顔面を自分の腹に押し付けられたハジさんが、悲鳴とも怒声とも断末魔ともつかない絶叫を上げる。……マジでスマン、ハジさん。
「じゃ、じゃあ、そういう事でッ!」
俺はそう言って、ハジさんを高梨さんの顔面に押し付けたまま、とにかく急いでドアを閉めようとする。
「きょ、今日は疲れたでしょうから、ゆっくり身体を休めて下さい! ま、また今度、初鹿野さん!」
「あ、あの、ちょっと……!」
かなみさんが何か言いかけているのが耳に入ったが、俺は聴こえないふりをして、そのまま後ろ手でドアを閉めた。
そして……、
「ん~! これがネコちゃん好きが依存症になっちゃうっていう“猫吸い”なのねぇ! 確かにクセになっちゃいそ~♪」
「にゃがが! にゃがアアアアアアアッ!」
俺の目の前では、アパートの共用廊下で猫の腹に顔を押し付けながら一心不乱に深呼吸している中年女性と、ものすごい形相で彼女から逃れようともがく子猫という、見るも地獄な光景が展開されるのだった……。
俺はそうぼやきながら、すっかり自分の家に居るかのように寛いでいるハジさん――まあ確かに、少し前まで、ここは紛れも無い彼の自宅だったのだが――の体をひょいっと持ち上げた。
「にゃ! ニャニャニャアッ!」
『何をするニャ! 離せ! ワシャ、まだここに居るんニャ!』と言いたげな抗議の鳴き声を上げながら、俺に首の後ろを摘ままれたままジタバタと暴れるハジさん。
彼としたら最大級の大暴れのつもりなのだろうが、その身体はまだ小さな子猫である。短い手足をばたつかせても、俺の身体や腕には届かなかった。
「はいはい、暴れない暴れない。無駄な抵抗はやめて、おとなしくお家に帰りましょうね~」
「ニャニャガニャガ、シャアアアア――ッ!」
と、首根っこを掴まれたまま牙を剥いて威嚇するハジさんの事を無視して、俺はかなみさんに向けてぺこりと会釈する。
「あの……じゃ、今日はお疲れさまでした。俺たちは、そろそろ失礼します」
「あ……はい! お疲れさまでした!」
かなみさんは、俺の言葉にハッとした顔をして、深々と頭を下げてきた。
そして、顔を上げると、俺にニッコリと微笑みかける。
「三枝さんに手伝って頂いて、本当に助かりました! 私ひとりじゃ、全然終わらなかったと思います。本当に、ありがとうございました!」
「あ、いや……そ、そこまで感謝されるほどの事は……」
かなみさんから笑顔と感謝の言葉をかけられて、すっかり照れくさくなった俺は、困ったように頭を掻いた。
と、玄関の向こうから、高梨さんの愉しげな声が上がる。
「あらあらぁ~。お礼を言うのは三枝さんにだけなのねぇ。一応、おばちゃんもお手伝いしたんだけど」
「あ……す、すみません!」
かなみさんは、高梨さんの声に顔を真っ赤にしながら、慌てて頭を下げた。
「も、もちろん大家さんにもめちゃくちゃ感謝してます! ありがとうございました!」
「うふふ、冗談よぉ。気にしないで~」
高梨さんは、焦っているかなみさんに笑いながら煽ぐように手を振ると、持っていたホウキとチリトリを小脇に抱え、俺の方に顔を向ける。
「じゃ、おばちゃんはこれから晩ご飯の支度しなきゃだから、家に帰るわよ。三枝さん、このアパートの先輩として、なにかあったら、かなみちゃんの事をよろしくね」
「あ、は、ハイ。了解っす」
俺は、高梨さんの言葉に、微妙に引っかかるものを感じつつ頷いた。
……と、高梨さんが、俺の耳元にずいッと顔を近付けてきた。
それに驚いた俺は、高梨さんから漂う化粧品と香水のケバきつい匂いに噎せかけながら、上ずった声で叫ぶ。
「わっ? な、何すか、いきなり近付いてきて――」
「三枝さん……分かってると思うけど」
俺の抗議の声をガン無視した高梨さんは、かなみさんの方をチラリと見ると、まるで劉備に秘策を耳打ちする諸葛亮孔明のように、俺の耳元で囁いた。
「……このアパートの壁、とっても薄いからね。夜中に大きな声を出したり、大きな出させたり、激しく動いたりしたら、もれなく外まで筒抜けになっちゃうから気を付けるのよ」
「は…………はぁっ?」
はじめは高梨さんの言わんとしている事の意味が解らずにポカンとしていた俺だったが、彼女が浮かべたゲスい笑みを見てようやく理解し、素っ頓狂な声を上げる。
「ちょ……な、ななな何を言ってるんすかッ! そ、そんな事、するはずないじゃないっすかッ!」
「あらぁ、分からないわよぉ。若い男女が同じ屋根の下にいるんですもの、気持ちが盛り上がっちゃったら……ねぇ」
「お、同じ屋根の下って、別の部屋じゃん! つか、同じ部屋だったとしても、まだ会って二回目の人とそんな事しようとするほど野獣じゃないっす、俺!」
「あの……“そんな事”って、どんな事ですか?」
「ひゃいっ?」
高梨さんに向かって必死に捲し立てていた俺は、かなみさんの問いかけに思わず声を裏返した。
そして、キョトンとした顔で首を傾げているかなみさんに、狼狽えながら口を開く。
「そ、それは……その……何と言うか……」
「はい」
「そ、そのですね……」
「それはもちろん、男と女のらぶげーむ的なアーンなこ――」
「ちょ! 高梨さんはもう黙っててッ!」
そう叫んだ俺は、嬉々としてとんでもない事を口走ろうとした高梨さんの口を、手に持っていたハジさんの体で咄嗟に塞いだ。
「も、モガモガ?」
「みゃ、ミャギャアアオウッ?」
いきなり中年女性の顔面を自分の腹に押し付けられたハジさんが、悲鳴とも怒声とも断末魔ともつかない絶叫を上げる。……マジでスマン、ハジさん。
「じゃ、じゃあ、そういう事でッ!」
俺はそう言って、ハジさんを高梨さんの顔面に押し付けたまま、とにかく急いでドアを閉めようとする。
「きょ、今日は疲れたでしょうから、ゆっくり身体を休めて下さい! ま、また今度、初鹿野さん!」
「あ、あの、ちょっと……!」
かなみさんが何か言いかけているのが耳に入ったが、俺は聴こえないふりをして、そのまま後ろ手でドアを閉めた。
そして……、
「ん~! これがネコちゃん好きが依存症になっちゃうっていう“猫吸い”なのねぇ! 確かにクセになっちゃいそ~♪」
「にゃがが! にゃがアアアアアアアッ!」
俺の目の前では、アパートの共用廊下で猫の腹に顔を押し付けながら一心不乱に深呼吸している中年女性と、ものすごい形相で彼女から逃れようともがく子猫という、見るも地獄な光景が展開されるのだった……。
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