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第二章 Boy Meets Girl Meets Cat.
第二十二話 押し入れと異音
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――そんな感じの軽い挨拶を済ませた俺たちは、かなみさんの引っ越しの作業に取りかかり、ひと段落が着く頃には、もう夕方になっていた。
「大家さん、三枝さん、今日は手伝って頂いて、本当にありがとうございました」
ニコリと笑いながら、かなみさんは俺たちに向かってぺこりと頭を下げる。
「もう、あとは自分で出来ますので……。ちゃんとしたご挨拶は、また後日にあらためて……」
「あ……はあ」
かなみさんの言葉に、俺は戸惑いながら部屋の中を見回した。
タンスやベッドなどの大型家具はかなみさんの指示通りの場所に置いたものの、小物などが入っているらしい段ボール箱は、まだほとんど荷解きもされないまま、部屋の隅に積み上げられたままだった。
「ええと……でも、まだ途中みたいですけど……?」
結構な数の段ボール箱の山に、少し心配になった俺は、おずおずとかなみさんに申し出る。
「あの……俺、今日はバイトも無くて暇なんで、もうちょっと手伝えますよ。もし宜しければ、荷解きとか、段ボールを潰したりとか……」
「あ……えっと」
俺の申し出を聞いたかなみさんは、少し迷った様子で段ボールの山を一瞥し、それから軽くかぶりを振った。
「ありがとうございます。……でも、本当に大丈夫なんで、そのお気持ちだけ頂きます」
「あ……!」
かなみさんの困ったような顔を見て、俺はハッとした。
「す、すみません! そうですよね! 俺みたいな若い男が、いつまでも部屋の中に居たら怖いですよね……」
「あ、ち、違うんです!」
俺の言葉を聞いたかなみさんは、慌てて首を左右に振る。
そして、恥じらうように少し目を伏せた。
「さ、三枝さんが怖いとか、そうじゃなくって……。あ、あんまり段ボールの中を見られたくないなぁって……。その……私の服とか、し、下着とかも入ってるので……」
「あ、あぁっ!」
躊躇いがちに紡がれたかなみさんの言葉を聞いた俺は、自分の顔が燃えるように熱くなるのを感じながら、大きく仰け反る。
「そ、そりゃそうですよね! ほ、ホントすみません、気が利かなくって!」
「あ、い、いえ……」
土下座せんばかりに謝る俺に、かなみさんは軽くかぶりを振り、それからふっと相好を崩した。
「……でも、心配してくれてありがとうございます。嬉しいです」
「あ……そ、そっすか……?」
俺は、かなみさんの感謝の言葉にどう反応するか分からず、取り敢えず頭を掻いてみる。
と、
「うふふ……」
ホウキで玄関前を掃いていた高梨さんが、何か引っかかる笑い声を上げた。
「いいわねぇ。青春って感じで。何だかものすごく甘酸っぱいわぁ~。おばちゃんの若い頃を思い出しちゃう」
「ちょ! た、高梨さんッ?」
ニヤニヤしながら頻りに頷く中年女性に、俺は上ずった声を上げる。
「な、何か勘違いしてませんッ? べ、別に、そういうアレじゃ……」
「あらそ~お? おばちゃんの勘違いかしらねぇ、うふふ……」
俺の反論に、高梨さんは意味深に肩を竦めてみせた。
ああ、そうだよ。勘違いだよ。……俺の方はともかく、かなみさんが俺なんかにそういう意識を向ける事なんてあるはずもない……。
「まあ、いいわ」
玄関前を掃き終わった高梨さんは、ホウキを小脇に抱えて、軍手を嵌めた手を軽く叩きながら、かなみさんに向けてニコリと笑った。
「それじゃ、おばちゃんたちは、そろそろお暇するわね」
「あ、はい! 本当に助かりました。ありがとうございました!」
高梨さんの言葉を聞いたかなみさんは、もう一度俺たちに深々と頭を下げる。
そんな彼女に、高梨さんは更に言葉をかけた。
「この後、何か不自由な事があったら、いつでも遠慮なく連絡してちょうだいね。電気とかガスとかだったら、すぐに業者さんを呼ぶから」
「あ、はい。分かりました」
かなみさんは、高梨さんにコクンと頷く。
それを見て頷き返した高梨さんだったが、「あぁ、それと……」と言葉を継いだ。
「まあ……もしもソッチ系の現象が起こっちゃったら、すぐに避難してね」
「そ、ソッチ系って……?」
「そりゃ、コッチ系よ」
思わず訊き返した俺に、高梨さんは両手を前に出して、手をだらりと垂らしてみせる。
「もちろん、ちゃんとお祓いはしてあるんだけど、ここは一応人死にのあった物件だからね。ひょっとしたら、前の住人さんが化けて出て来ないとも限らないし」
「前の住人って……初鹿野さんの事ですか?」
「ふぇっ?」
「あ、アナタじゃなくって、ハジさ……初鹿野伝蔵さんの方っす」
自分の事だと勘違いしたらしいかなみさんがビックリした顔をしたのを見て、俺は慌てて言い直した。つか、同じ初鹿野さんだから、ややこしいな……。
俺の言葉を聞いたかなみさんは、安堵の表情を見せ、それから微笑みながらかぶりを振った。
「……心配してくれてありがとうございます。でも、大丈夫だと思います。おじいちゃんが、私に悪い事をするとは思えませんから」
「そうっすよ」
かなみさんの言葉に続いて、俺も力強く頷く。
「初鹿野さんの幽霊が出る事なんて絶対にありませんよ。それは、俺が保証します」
「三枝さん……」
「へぇ……やけにはっきり言い切るじゃない。なに、霊感でもあるの?」
「ま……まあ、そんな感じっす」
訝しげな高梨さんの問いかけられ、曖昧に頷く俺。
まあ、自信をもって保証できるのは本当だ。何せ、俺は知っているんだ。初鹿野伝蔵さんの魂が、今現在どこに宿っているのかを……。
と、
「……って、あれ?」
俺は、ふとある事に気付いて、首を傾げた。
「そういえば……さっきから、ハジさんの姿が見えないような……」
「あ……確かに」
俺の言葉に、かなみさんも周囲を見回す。
「さっきまで、段ボールの上で丸くなってたのに、いつの間にいなくなってる……」
「あら、本当?」
かなみさんの声を受けて、高梨さんも訝しげにドアの外を見た。
「……ひょっとして、外に逃げちゃったんじゃ?」
「え……大変!」
「あ、いやいや……」
俺は、高梨さんの言葉に焦りの表情を浮かべたかなみさんを安心させようと声を上げる。
「大丈夫っすよ。ハジさんが逃げちゃうなんて絶対に無いっすから。外に出たとしても、そのうちフラッと帰ってきますよ」
何せ、中身は七十二歳の老人男性なのだ。わざわざ餌の保証が無い外界に飛び出していこうとするはずは無い。
まあ……ひょっとしたら、認知症の徘徊行動かもしれないけど……。
――と、その時、
……ゴトンッ!
部屋の奥から、何か重いものが落ちたような鈍い音が聞こえた。
「わっ!」
「えっ?」
「へ?」
唐突に上がった異音に、俺たちは驚いて固まり、互いの顔を見合わせる。
「何、今の音……?」
「押し入れの中から聞こえましたね……。何かが落っこちたような……」
高梨さんと俺は、顔を強張らせながらひそひそと囁き合った。
かなみさんは、顔を青ざめさせながら、怪訝そうに言う。
「で、でも……ま、まだ押し入れの中には何も入れてないはずですけど……」
「え……? じゃ、じゃあ……何が?」
かなみさんの言葉に、俺は首を捻った。
と、その時、高梨さんが顔面を蒼白にして叫ぶ。
「も、もしかして……ぽ、ポルターガイストじゃあ……?」
「……っ!」
高梨さんの声に、かなみさんも息を呑む。
「そ、そうに違いないわ! や、やっぱり、成仏してないのよ、初鹿野さんは! それで――」
「い、いやいや……」
取り乱す高梨さんに、俺は苦笑を浮かべながら言った。
「ですから、そんな事は無いですって。だって、初鹿野さんは……」
俺は『今はネコのハジさんですから』と続けようとして、慌てて口を噤む。
と、そんな俺の背中を、高梨さんが思いっ切り叩いた。
「あ痛ってえ! な、何するんすか、いきな――」
「ほら! 三枝さん、ちょっと確かめてきて!」
高梨さんは、抗議しようとする俺の背中を、押し入れの方に向かってグイグイと押す。
「おばちゃん、実はこういうの苦手だから! 頼んだわ!」
「えぇ……?」
高梨さんからの唐突な鬼フリに、俺は当惑する。
正直、俺も怖いのは苦手だ。
この部屋にハジさんの霊がいない事は知っているが、だからといって、他の霊が全くいないと言い切る事も出来ない。
ひょっとしたら、今の音は、ハジさんじゃない幽霊が上げたラップ音なのかも……そう考えてしまった俺は、急に怖くなった。
「い、いや……ちょ、ちょっと……」
「何怖気づいてんの! 男の子でしょ!」
「い、いやいや! 男だからって言われても……」
なおも背中を押す高梨さんと、それに対して背中に重心をかけて抗う俺との間で、熾烈で醜い力比べが繰り広げられる。
……と、その時、
「……わ、私が見てみます」
「え……っ?」
僅かに震えながらもキッパリした声を上げたかなみさんに、俺は当惑の声を上げた。
「ちょ、ちょっと待って! 危ないですよ!」
「でも……誰かが見に行かないと、原因が分かりませんし……」
俺の制止にかぶりを振ったかなみさんは、意を決した顔をして、ゆっくりと押し入れの襖に近づいていく。
それを見て、俺は慌てて彼女の元に向かい、その肩を掴んだ。
「え?」
「……俺が見ます。初鹿野さんは下がってて下さい」
そう、かなみさんに声をかけた俺は、彼女を背中に庇うようにして、襖の前に立つ。
そして、大きく深呼吸をして気を落ち着けると、中から何が出てきてもいいように身構えながら、慎重に襖を開けた。
――次の瞬間、押し入れの中から、何かが勢いよく飛び出してきた。
「ぎゃあ!」
「きゃっ!」
「ひいぃっ!」
ビックリした俺たちは、三者三様の悲鳴を上げる。
……が、
「「「……え?」」」
押し入れの中かで飛び出してきたものの正体に気付いた俺たちは、思わず呆気にとられた。
「……にゃあ?」
「……いや、アンタかい!」
「ニャア」
物音を立てた犯人――いつの間にか押し入れの中に忍び込んでいたハジさんは、脱力してへたり込む俺たちを尻目に、悠然と毛づくろいをし始めるのだった……。
「大家さん、三枝さん、今日は手伝って頂いて、本当にありがとうございました」
ニコリと笑いながら、かなみさんは俺たちに向かってぺこりと頭を下げる。
「もう、あとは自分で出来ますので……。ちゃんとしたご挨拶は、また後日にあらためて……」
「あ……はあ」
かなみさんの言葉に、俺は戸惑いながら部屋の中を見回した。
タンスやベッドなどの大型家具はかなみさんの指示通りの場所に置いたものの、小物などが入っているらしい段ボール箱は、まだほとんど荷解きもされないまま、部屋の隅に積み上げられたままだった。
「ええと……でも、まだ途中みたいですけど……?」
結構な数の段ボール箱の山に、少し心配になった俺は、おずおずとかなみさんに申し出る。
「あの……俺、今日はバイトも無くて暇なんで、もうちょっと手伝えますよ。もし宜しければ、荷解きとか、段ボールを潰したりとか……」
「あ……えっと」
俺の申し出を聞いたかなみさんは、少し迷った様子で段ボールの山を一瞥し、それから軽くかぶりを振った。
「ありがとうございます。……でも、本当に大丈夫なんで、そのお気持ちだけ頂きます」
「あ……!」
かなみさんの困ったような顔を見て、俺はハッとした。
「す、すみません! そうですよね! 俺みたいな若い男が、いつまでも部屋の中に居たら怖いですよね……」
「あ、ち、違うんです!」
俺の言葉を聞いたかなみさんは、慌てて首を左右に振る。
そして、恥じらうように少し目を伏せた。
「さ、三枝さんが怖いとか、そうじゃなくって……。あ、あんまり段ボールの中を見られたくないなぁって……。その……私の服とか、し、下着とかも入ってるので……」
「あ、あぁっ!」
躊躇いがちに紡がれたかなみさんの言葉を聞いた俺は、自分の顔が燃えるように熱くなるのを感じながら、大きく仰け反る。
「そ、そりゃそうですよね! ほ、ホントすみません、気が利かなくって!」
「あ、い、いえ……」
土下座せんばかりに謝る俺に、かなみさんは軽くかぶりを振り、それからふっと相好を崩した。
「……でも、心配してくれてありがとうございます。嬉しいです」
「あ……そ、そっすか……?」
俺は、かなみさんの感謝の言葉にどう反応するか分からず、取り敢えず頭を掻いてみる。
と、
「うふふ……」
ホウキで玄関前を掃いていた高梨さんが、何か引っかかる笑い声を上げた。
「いいわねぇ。青春って感じで。何だかものすごく甘酸っぱいわぁ~。おばちゃんの若い頃を思い出しちゃう」
「ちょ! た、高梨さんッ?」
ニヤニヤしながら頻りに頷く中年女性に、俺は上ずった声を上げる。
「な、何か勘違いしてませんッ? べ、別に、そういうアレじゃ……」
「あらそ~お? おばちゃんの勘違いかしらねぇ、うふふ……」
俺の反論に、高梨さんは意味深に肩を竦めてみせた。
ああ、そうだよ。勘違いだよ。……俺の方はともかく、かなみさんが俺なんかにそういう意識を向ける事なんてあるはずもない……。
「まあ、いいわ」
玄関前を掃き終わった高梨さんは、ホウキを小脇に抱えて、軍手を嵌めた手を軽く叩きながら、かなみさんに向けてニコリと笑った。
「それじゃ、おばちゃんたちは、そろそろお暇するわね」
「あ、はい! 本当に助かりました。ありがとうございました!」
高梨さんの言葉を聞いたかなみさんは、もう一度俺たちに深々と頭を下げる。
そんな彼女に、高梨さんは更に言葉をかけた。
「この後、何か不自由な事があったら、いつでも遠慮なく連絡してちょうだいね。電気とかガスとかだったら、すぐに業者さんを呼ぶから」
「あ、はい。分かりました」
かなみさんは、高梨さんにコクンと頷く。
それを見て頷き返した高梨さんだったが、「あぁ、それと……」と言葉を継いだ。
「まあ……もしもソッチ系の現象が起こっちゃったら、すぐに避難してね」
「そ、ソッチ系って……?」
「そりゃ、コッチ系よ」
思わず訊き返した俺に、高梨さんは両手を前に出して、手をだらりと垂らしてみせる。
「もちろん、ちゃんとお祓いはしてあるんだけど、ここは一応人死にのあった物件だからね。ひょっとしたら、前の住人さんが化けて出て来ないとも限らないし」
「前の住人って……初鹿野さんの事ですか?」
「ふぇっ?」
「あ、アナタじゃなくって、ハジさ……初鹿野伝蔵さんの方っす」
自分の事だと勘違いしたらしいかなみさんがビックリした顔をしたのを見て、俺は慌てて言い直した。つか、同じ初鹿野さんだから、ややこしいな……。
俺の言葉を聞いたかなみさんは、安堵の表情を見せ、それから微笑みながらかぶりを振った。
「……心配してくれてありがとうございます。でも、大丈夫だと思います。おじいちゃんが、私に悪い事をするとは思えませんから」
「そうっすよ」
かなみさんの言葉に続いて、俺も力強く頷く。
「初鹿野さんの幽霊が出る事なんて絶対にありませんよ。それは、俺が保証します」
「三枝さん……」
「へぇ……やけにはっきり言い切るじゃない。なに、霊感でもあるの?」
「ま……まあ、そんな感じっす」
訝しげな高梨さんの問いかけられ、曖昧に頷く俺。
まあ、自信をもって保証できるのは本当だ。何せ、俺は知っているんだ。初鹿野伝蔵さんの魂が、今現在どこに宿っているのかを……。
と、
「……って、あれ?」
俺は、ふとある事に気付いて、首を傾げた。
「そういえば……さっきから、ハジさんの姿が見えないような……」
「あ……確かに」
俺の言葉に、かなみさんも周囲を見回す。
「さっきまで、段ボールの上で丸くなってたのに、いつの間にいなくなってる……」
「あら、本当?」
かなみさんの声を受けて、高梨さんも訝しげにドアの外を見た。
「……ひょっとして、外に逃げちゃったんじゃ?」
「え……大変!」
「あ、いやいや……」
俺は、高梨さんの言葉に焦りの表情を浮かべたかなみさんを安心させようと声を上げる。
「大丈夫っすよ。ハジさんが逃げちゃうなんて絶対に無いっすから。外に出たとしても、そのうちフラッと帰ってきますよ」
何せ、中身は七十二歳の老人男性なのだ。わざわざ餌の保証が無い外界に飛び出していこうとするはずは無い。
まあ……ひょっとしたら、認知症の徘徊行動かもしれないけど……。
――と、その時、
……ゴトンッ!
部屋の奥から、何か重いものが落ちたような鈍い音が聞こえた。
「わっ!」
「えっ?」
「へ?」
唐突に上がった異音に、俺たちは驚いて固まり、互いの顔を見合わせる。
「何、今の音……?」
「押し入れの中から聞こえましたね……。何かが落っこちたような……」
高梨さんと俺は、顔を強張らせながらひそひそと囁き合った。
かなみさんは、顔を青ざめさせながら、怪訝そうに言う。
「で、でも……ま、まだ押し入れの中には何も入れてないはずですけど……」
「え……? じゃ、じゃあ……何が?」
かなみさんの言葉に、俺は首を捻った。
と、その時、高梨さんが顔面を蒼白にして叫ぶ。
「も、もしかして……ぽ、ポルターガイストじゃあ……?」
「……っ!」
高梨さんの声に、かなみさんも息を呑む。
「そ、そうに違いないわ! や、やっぱり、成仏してないのよ、初鹿野さんは! それで――」
「い、いやいや……」
取り乱す高梨さんに、俺は苦笑を浮かべながら言った。
「ですから、そんな事は無いですって。だって、初鹿野さんは……」
俺は『今はネコのハジさんですから』と続けようとして、慌てて口を噤む。
と、そんな俺の背中を、高梨さんが思いっ切り叩いた。
「あ痛ってえ! な、何するんすか、いきな――」
「ほら! 三枝さん、ちょっと確かめてきて!」
高梨さんは、抗議しようとする俺の背中を、押し入れの方に向かってグイグイと押す。
「おばちゃん、実はこういうの苦手だから! 頼んだわ!」
「えぇ……?」
高梨さんからの唐突な鬼フリに、俺は当惑する。
正直、俺も怖いのは苦手だ。
この部屋にハジさんの霊がいない事は知っているが、だからといって、他の霊が全くいないと言い切る事も出来ない。
ひょっとしたら、今の音は、ハジさんじゃない幽霊が上げたラップ音なのかも……そう考えてしまった俺は、急に怖くなった。
「い、いや……ちょ、ちょっと……」
「何怖気づいてんの! 男の子でしょ!」
「い、いやいや! 男だからって言われても……」
なおも背中を押す高梨さんと、それに対して背中に重心をかけて抗う俺との間で、熾烈で醜い力比べが繰り広げられる。
……と、その時、
「……わ、私が見てみます」
「え……っ?」
僅かに震えながらもキッパリした声を上げたかなみさんに、俺は当惑の声を上げた。
「ちょ、ちょっと待って! 危ないですよ!」
「でも……誰かが見に行かないと、原因が分かりませんし……」
俺の制止にかぶりを振ったかなみさんは、意を決した顔をして、ゆっくりと押し入れの襖に近づいていく。
それを見て、俺は慌てて彼女の元に向かい、その肩を掴んだ。
「え?」
「……俺が見ます。初鹿野さんは下がってて下さい」
そう、かなみさんに声をかけた俺は、彼女を背中に庇うようにして、襖の前に立つ。
そして、大きく深呼吸をして気を落ち着けると、中から何が出てきてもいいように身構えながら、慎重に襖を開けた。
――次の瞬間、押し入れの中から、何かが勢いよく飛び出してきた。
「ぎゃあ!」
「きゃっ!」
「ひいぃっ!」
ビックリした俺たちは、三者三様の悲鳴を上げる。
……が、
「「「……え?」」」
押し入れの中かで飛び出してきたものの正体に気付いた俺たちは、思わず呆気にとられた。
「……にゃあ?」
「……いや、アンタかい!」
「ニャア」
物音を立てた犯人――いつの間にか押し入れの中に忍び込んでいたハジさんは、脱力してへたり込む俺たちを尻目に、悠然と毛づくろいをし始めるのだった……。
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