無能扱いの聖職者は聖女代理に選ばれました

芳一

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【5】幼い命

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グリファートは同じく聖職者だった両親の影響もあってか、人のために生き人のために尽くすといった魔力の質をしていた。
両親と共に孤児院に立ち寄る事も多く、グリファートが孤児たちの遊び相手になったり勉強を教えたりする事もしばしばあった。そんな中で一度だけ、孤児院にいる少女に治癒を施した事がある。

「兄ちゃんに見せてみな」
「うん……」
転んだ拍子に膝を擦り剥いたのか、少女の白い肌からは薄らと赤い血が滲んでいた。涙をいっぱいに溜めて痛みに堪える姿は何とも痛々しく、グリファートは宥めるようにそっと少女の膝に手を翳した。目を瞑り魔力を一点に集中させ、祈りを捧げる。
掌が熱くなると同時に周りの生温い空気がグリファートを包んだ。一瞬の息苦しさを感じるが、それも魔力を放出すると共に身体からスッと消えていく。開け放たれた窓から入り込む風がいつもより涼やかで心地よく、まるで大自然の中にいるかのような気分だった。

「おにいちゃん」

暫くして、肩を揺すられハッと目を開ける。集中するあまり傷が癒えている事にも気付かなかった。
「もう痛くないか?」
「うん!」
親の見様見真似であったが、すっかり赤みの引いた膝を見てグリファートはホッと息を吐いた。
「ありがとう、おにいちゃん」
その時の少女の笑顔は今でも鮮明に覚えている。
グリファートが施したものは治癒というにはまだ拙い、祈りによる気休めに近いものだったかもしれない。それでも目の前の眩しい笑顔を見て、聖職者になる事をこの時はっきりと決めたのだった。


◆◆◆◆

ぱちりと目が覚める。
懐かしい夢を見た───とグリファートは身体を起こそうとして、腕に力が入らず再び背中をつける事になった。硬い石の上に毛布が一枚敷かれているだけの場所に寝ていたらしく、なるほど背中や腰がやけに痛いのはこのせいかと納得した。
聖女代理としてオルフィスまで擬似浄化活動に来ていたのだったと己の状況を思い出し、寝そべったまま辺りをぐるりと確認する。

壁際にいくつか本棚が置いてあるところを見るに、どうやらここは学舎内にある図書室のようだ。
あの後の記憶はあまりないが壁や天井がどうにか残っている場所まで誰かが、いや恐らくは暗い瞳を持ったあの男がグリファートを運んだのだろう。毛布が敷かれているだけ優しいというべきなのか、寝かせてくれたと言うよりはその辺に投げ捨てただけのような雑さを感じるが。
(…まあ、殺されなかっただけいいか)
そんな事よりも、治癒を施した少年の姿が見えないが大丈夫だろうか。
グリファートとは違う場所で寝ているのか、それとも余所者の頼りない聖職者などまだ信用ならないからとあの男にどこかへ連れて行かれてしまったのか。
せめて瘴気の薄い場所まで無事避難できていればいいのだが、とここまで考えてはたと気付く。
そういえば、あんなに澱んでいた空気が嘘のように綺麗だ。まるで───

「……浄化されてるように見えるんだけど、気のせい?」

グリファートは起き上がって外の様子を確認しようとしたが、やはり力が入らなかった。酷い貧血状態なのかくらりと頭が揺れる。
恐らくこれは魔力の枯渇に因るものだ。

魔力は人間の生命力でもある。心臓が動いている限り死にはしないが、体内にある程度魔力を溜めておかないとまともに身体を動かせなくなってしまうのだ。
あの時グリファートは少年を救うために限界まで魔力を掌に集中させた。どんなに望んでも少量の魔力しか放出できないからと、それこそ『死ぬ気で』掻き集めたのである。
その結果、グリファートの体内からは信じられないほどの魔力が流れ出ていった。
あの状況下で少年に治癒を施せたのは正しく奇跡だったと言えようが、何故急に魔力を放出できるようになったのかはグリファート自身にもわかっていない。
火事場の馬鹿クソ力と言えばそうなのかもしれないが、実際魔力を使い果たすとこんな感覚になるのだと身をもって知る事になるとは思わなかった。

「どうしたもんかなあ…」
身体を動かせないのであれば状況確認はおろか、本来の目的である擬似浄化活動さえもできない。これでは何をしに来たかわからないなとグリファートが唸っていれば、ふと視線を感じる。
「…ん?」
「あっ…」
部屋の入り口であろう方を見れば、治癒を施したあの少年がおずおずとこちらを伺っていた。どこかに連れて行かれたのだと思っていたがそうではなかったらしい。
「おはよう」
「お、おはよう…ございます…」
少年は警戒しているのか、それとも元より人見知りなのか、そろりと近付いて来るとグリファートから少し離れたところにちょこんと座った。
「…体の具合はどう?痛いところは?」
「だ、大丈夫……」
「そう」
しん…と気まずい沈黙が流れる。
けして子供が苦手というわけではないが、ここで距離を詰めたらあからさまに怯えるであろう相手に対して、グリファートはどう接するべきかと悩んでしまう。
村では無能な聖職者に子供を近付けさせまいと大人が目を光らせていたために、子供と接する機会というのは殆どなかった。村でのそうした扱いを受けているうちに、気の利いた会話のひとつも出来なくなってしまったのかもしれない。
孤児院に出向いていた時の自分はどんな表情を子供たちに見せていたのだったか。

「お名前…」
「うん?」
考え倦ねていたグリファートに少年が俯きながら話しかけてくる。言われてみれば、まだ互いの名前すら教え合っていなかった。
「ああ…名前、教えてくれる?おじさんはグリファートって言うんだけど」
極力軽い雰囲気で話してみたがうまく笑えているだろうか。くたびれた顔のせいでむしろ胡散臭い笑みになってしまったかもしれないが、せめて怯えないでいてくれると有難い。
そんなグリファートの思いを受け取ったのか、少年はこくりと頷いてみせた。
「ロビン」
「ん、ロビンね」
ロビンの話によると、この学舎には複雑な家庭環境の子供が多く通っていたらしく、ロビンもそのうちの一人だったそうだ。どうしても家に帰りたくないからと、学舎の図書室に忍び込みそのまま夜を明かしてしまう事も間々あったようである。
瘴気が噴出した時もロビンはひとり学舎にいた。周りには誰もおらず、瘴気がじわじわとオルフィスを包んでいくのを見て、恐怖のあまり学舎の外に出る事ができなくなってしまったのだ。そうして誰かが迎えに来てくれるのを、蹲りながらひたすら待ち続けていたのである。

(……こんな子供が、ひとりで…)

よく我慢したと、グリファートは力の入らない腕を何とか持ち上げ、ロビンの頭をくしゃりと撫でた。ロビンはきょとんとしていたが次第に輪郭が溶けるように瞳が潤んでいく。
無能な聖職者でも少しは役に立てただろうか。
ほろりと溢れる雫を指で掬い取ってやりながら、この幼い命を救えたのならば魔力が尽き果てるくらい安いものだなとグリファートは思えた。
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