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第4話:ユニフォーム交換するカモ
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例えるならば、今日は上質な天鵞絨の生地をいっぱいに敷きつめたかのような空だった。
その生地を美しく飾るのは無数の小さな輝き――一つ一つ、豆粒のようにとても小さい。
それなのにその輝きは、現存するどの宝石よりも美しく、それでいて力強い。
もっとも、ぽっかりと浮かぶ白い月の前にはその輝きさえもかわいらしいものにすぎないが。
「…………」
カモは長屋の一室に居を構えることとなった。
六畳ほどの広さで必要最低限の家具があるのみ。
殺風景ではあるが、単純に住まうだけならばこれほど整った環境はない。
強いて言うのであれば、カモは新しい環境にまるで落ち着けなかった。
「なんなんだ、この部屋は……」
和室、であることには違いない。
ないのだが、模様があまりにも日本をまるで感じさせない。
はじめて目にするものばかりで、絶えず強烈な刺激がカモを容赦なく襲った。
最初こそは関心していた彼も、そう連続してこられればさすがに気が滅入ってしまう。
半刻も経過しない内に、カモはすっかり気疲れしてしまった。
(おまけになんだ、この甘くていい匂いは……)
と、カモはすんすんと鼻を鳴らした。
曰く、芳香剤というものを用いているとのことらしい。
濃厚な血の香りともっとも近しい関係ある身としては、なかなか嗅ぎ慣れない。
決して、嫌悪感を抱いているわけではない。
むしろ、心地良い――カモはホッと息を吐いた。
不意に、ドアが軽く叩かれた。
(こんな時間に誰だ?)
と、カモはのそりと身体を起こす。
「失礼するねカモくん」
来訪者は、入室の許可待たずして上がり込んだ。
如何せん失礼な態度ではあるが、彼女は新撰組局長である。
付け加えて、美女であるからカモもまんざらでもなかった。
「コテツ……いや、局長って呼んだ方がいいな」
カモがそう言うと――
「ううん、我のことは普通にコテツって呼んでくれていいよ。むしろ君にはそう呼んでほしいかな」
と、コテツはむっと頬をふくらませた。
子供っぽい言動にはさしものカモも、苦笑いを浮かべざるを得ない。
とりあえず、コテツを中へと招いたところで――さて。
「それで、こんな夜遅くになんの用で?」
「明日の予定を伝えにきたの。明日はカモくんをある場所に連れていくから、寝坊しないようにねって」
「ある場所? それはいったい……」
「それは行ってからのお楽しみ! それともう一つ、カモくんにはこれを持ってきたの」
実は、コテツが入室したその時からカモはずっと右手にあったそれが気になっていた。
大きくふくらんだ風呂敷が、ばさりとカモの目前で広げられる。
「これは……」
「今日からカモくんは我らと同じ新撰組だからね。というわけで、これをプレゼントしまーす!」
「な、なんだって? ぷ、ぷれ……?」
またか、とカモは内心ですこぶる本気で呆れた。
というのも、ここ――タカマガハラで用いられる言語は日ノ本語だけではない。
南蛮で用いられる英語が、会話の中に度々混じる。
驚くべきは、それが幼子でさえも流暢に話すという点だった。
(なんで日ノ本なのに、こうも南蛮語を平然と使いやがるんだここの連中は……!)
と、カモはすこぶる本気でそう思った。
「贈り物ってこと。カモくんってよっぽど田舎生まれなんだね」
「…………」
馬鹿にするな。
そう反論したい気持ちを、カモはぐっと堪えた。
自分はもはや、自由気ままな浪人ではない。
新撰組に所属してしまったからには、否が応でも局長に従う責務がある。
一隊士にすぎない身分である彼が反論しようものなら最悪、隊律違反で処罰もありえる。
(二度と殺されてたまるかよ)
と、カモは怒りをぐっと理性で堪えた。
「それで、結局それはなんなんだ?」
「ふふーん」
どこか得意げな顔をした後――
「じゃじゃーん! 我ら新撰組の制服でーす!」
と、風呂敷の中身をコテツが開いた。
彼女がそうであると口にしたように、丁寧に隊服が収まっている。
だんだら模様の羽織は、新撰組であるなによりも証だ。
これを纏い彼らが京の町へと練り歩けば、誰しもが畏怖の念を込めて見送った。
(まさか、この俺が新撰組の羽織をまとうことになるなんてなぁ)
と、カモは自嘲気味に小さく笑った。
「ん? ちょっと待ってくれ」
と、カモはすぐにコテツに尋ねた。
「どうかしたの?」
「どうして俺のだけ灰色なんだ?」
新撰組の羽織は、浅葱色である。
しかしカモのそれは彼自身がそう言うとおり灰色という、どちらかと言えばどんよりとした色だった。
何故自分だけ色違いなのか、とカモがこう疑問を抱くのは至極当然と言えよう。
何か明確な理由でもあるのだろうか。あるのならば、一応知っておきたい。
「う~ん、特に深い意味はないかな」
コテツからの回答は、あまりにも単純にしてあっさりとしすぎたものだった。
「なんじゃそりゃ!」
「まぁ、強いて言うならカモくん男の子だし。ちょうどいいかなぁって」
「どうせだったら、俺だって浅葱色の奴がよかったよ」
そう言いつつも、カモは羽織に早速袖を通した。
(着心地は……うん、かなりいいな。動きやすいし、それに材質もなんだか柔らかいぞ。どんな高級な布使ったんだ?)
と、カモは軽く身体をその場で動かしてみた。
「あ、じゃあこういうのはどうかな?」
言うや否や、カモはコテツから半ば強制的に羽織を脱がされた。
「おい」
いくらなんでも乱暴しすぎである。
そんなカモの怪訝な眼差しに、当の本人はまるで堪えていない。
いそいそと自らの羽織を脱ぎ――
「はい、我のをあげる」
と、おもむろに差し出してきた。
「いや、さすがにそれは受け取れない」
仮にも、新撰組は自らの命を奪った輩である。
怨敵、とまではいかずとも好印象はあまりカモは持っていなかった。
そんな輩の使い古しを、快く受け取る者はまずいないだろう。
より正確に言うのであれば、まったくもっていらない。
「なぁんでそんなひどいこと言うのよ!?」
「当たり前だろうが」
ぷんぷんと怒りを露わにするコテツ。
カモは頭を抱えて、深い溜息を吐いた。
人が着用したものを纏うつもりは、カモには毛頭なかった。
ましてやそれが、あの新撰組の面子であれば尚のことである。
だいだいコテツとカモとでは寸法にあまりにも差がありすぎる。
着用したところでちんちくりんなのは、着るまでもなくわかろう。
「我のいい匂いするよ!?」
「いやいらんわ」
カモはほとほと呆れた。
その生地を美しく飾るのは無数の小さな輝き――一つ一つ、豆粒のようにとても小さい。
それなのにその輝きは、現存するどの宝石よりも美しく、それでいて力強い。
もっとも、ぽっかりと浮かぶ白い月の前にはその輝きさえもかわいらしいものにすぎないが。
「…………」
カモは長屋の一室に居を構えることとなった。
六畳ほどの広さで必要最低限の家具があるのみ。
殺風景ではあるが、単純に住まうだけならばこれほど整った環境はない。
強いて言うのであれば、カモは新しい環境にまるで落ち着けなかった。
「なんなんだ、この部屋は……」
和室、であることには違いない。
ないのだが、模様があまりにも日本をまるで感じさせない。
はじめて目にするものばかりで、絶えず強烈な刺激がカモを容赦なく襲った。
最初こそは関心していた彼も、そう連続してこられればさすがに気が滅入ってしまう。
半刻も経過しない内に、カモはすっかり気疲れしてしまった。
(おまけになんだ、この甘くていい匂いは……)
と、カモはすんすんと鼻を鳴らした。
曰く、芳香剤というものを用いているとのことらしい。
濃厚な血の香りともっとも近しい関係ある身としては、なかなか嗅ぎ慣れない。
決して、嫌悪感を抱いているわけではない。
むしろ、心地良い――カモはホッと息を吐いた。
不意に、ドアが軽く叩かれた。
(こんな時間に誰だ?)
と、カモはのそりと身体を起こす。
「失礼するねカモくん」
来訪者は、入室の許可待たずして上がり込んだ。
如何せん失礼な態度ではあるが、彼女は新撰組局長である。
付け加えて、美女であるからカモもまんざらでもなかった。
「コテツ……いや、局長って呼んだ方がいいな」
カモがそう言うと――
「ううん、我のことは普通にコテツって呼んでくれていいよ。むしろ君にはそう呼んでほしいかな」
と、コテツはむっと頬をふくらませた。
子供っぽい言動にはさしものカモも、苦笑いを浮かべざるを得ない。
とりあえず、コテツを中へと招いたところで――さて。
「それで、こんな夜遅くになんの用で?」
「明日の予定を伝えにきたの。明日はカモくんをある場所に連れていくから、寝坊しないようにねって」
「ある場所? それはいったい……」
「それは行ってからのお楽しみ! それともう一つ、カモくんにはこれを持ってきたの」
実は、コテツが入室したその時からカモはずっと右手にあったそれが気になっていた。
大きくふくらんだ風呂敷が、ばさりとカモの目前で広げられる。
「これは……」
「今日からカモくんは我らと同じ新撰組だからね。というわけで、これをプレゼントしまーす!」
「な、なんだって? ぷ、ぷれ……?」
またか、とカモは内心ですこぶる本気で呆れた。
というのも、ここ――タカマガハラで用いられる言語は日ノ本語だけではない。
南蛮で用いられる英語が、会話の中に度々混じる。
驚くべきは、それが幼子でさえも流暢に話すという点だった。
(なんで日ノ本なのに、こうも南蛮語を平然と使いやがるんだここの連中は……!)
と、カモはすこぶる本気でそう思った。
「贈り物ってこと。カモくんってよっぽど田舎生まれなんだね」
「…………」
馬鹿にするな。
そう反論したい気持ちを、カモはぐっと堪えた。
自分はもはや、自由気ままな浪人ではない。
新撰組に所属してしまったからには、否が応でも局長に従う責務がある。
一隊士にすぎない身分である彼が反論しようものなら最悪、隊律違反で処罰もありえる。
(二度と殺されてたまるかよ)
と、カモは怒りをぐっと理性で堪えた。
「それで、結局それはなんなんだ?」
「ふふーん」
どこか得意げな顔をした後――
「じゃじゃーん! 我ら新撰組の制服でーす!」
と、風呂敷の中身をコテツが開いた。
彼女がそうであると口にしたように、丁寧に隊服が収まっている。
だんだら模様の羽織は、新撰組であるなによりも証だ。
これを纏い彼らが京の町へと練り歩けば、誰しもが畏怖の念を込めて見送った。
(まさか、この俺が新撰組の羽織をまとうことになるなんてなぁ)
と、カモは自嘲気味に小さく笑った。
「ん? ちょっと待ってくれ」
と、カモはすぐにコテツに尋ねた。
「どうかしたの?」
「どうして俺のだけ灰色なんだ?」
新撰組の羽織は、浅葱色である。
しかしカモのそれは彼自身がそう言うとおり灰色という、どちらかと言えばどんよりとした色だった。
何故自分だけ色違いなのか、とカモがこう疑問を抱くのは至極当然と言えよう。
何か明確な理由でもあるのだろうか。あるのならば、一応知っておきたい。
「う~ん、特に深い意味はないかな」
コテツからの回答は、あまりにも単純にしてあっさりとしすぎたものだった。
「なんじゃそりゃ!」
「まぁ、強いて言うならカモくん男の子だし。ちょうどいいかなぁって」
「どうせだったら、俺だって浅葱色の奴がよかったよ」
そう言いつつも、カモは羽織に早速袖を通した。
(着心地は……うん、かなりいいな。動きやすいし、それに材質もなんだか柔らかいぞ。どんな高級な布使ったんだ?)
と、カモは軽く身体をその場で動かしてみた。
「あ、じゃあこういうのはどうかな?」
言うや否や、カモはコテツから半ば強制的に羽織を脱がされた。
「おい」
いくらなんでも乱暴しすぎである。
そんなカモの怪訝な眼差しに、当の本人はまるで堪えていない。
いそいそと自らの羽織を脱ぎ――
「はい、我のをあげる」
と、おもむろに差し出してきた。
「いや、さすがにそれは受け取れない」
仮にも、新撰組は自らの命を奪った輩である。
怨敵、とまではいかずとも好印象はあまりカモは持っていなかった。
そんな輩の使い古しを、快く受け取る者はまずいないだろう。
より正確に言うのであれば、まったくもっていらない。
「なぁんでそんなひどいこと言うのよ!?」
「当たり前だろうが」
ぷんぷんと怒りを露わにするコテツ。
カモは頭を抱えて、深い溜息を吐いた。
人が着用したものを纏うつもりは、カモには毛頭なかった。
ましてやそれが、あの新撰組の面子であれば尚のことである。
だいだいコテツとカモとでは寸法にあまりにも差がありすぎる。
着用したところでちんちくりんなのは、着るまでもなくわかろう。
「我のいい匂いするよ!?」
「いやいらんわ」
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