切なくて、恋しくて〜zielstrebige Liebe〜

水無瀬 蒼

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まだ見ぬ地へ4

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 正門さんのお店に行ってすぐの日曜日、正門さんがお店にコーヒーを飲みに来た。

「正門さん!」
「店に来るのは久しぶりだな」
「1年以上は経ってるかと」
「そんなになるか。今日はコーヒーを飲ませて貰うよ。ブラジルをくれ」

 正門さんにコーヒーを淹れるのはもう1年以上前だと思う。少しでも美味しいコーヒーが淹れられるように神経を集中してネルフィルターを設置し、ゆっくりと蒸らしてから少しずつ落としていく。そして入ったコーヒーを正門さんの前に出す。

「コーヒーを淹れる姿はいっちょ前になったな。味の方はどうかな」

 そう言うと正門さんはコーヒーを口に含んだ。その口が開いてどんな言葉を発するのかドキドキして待つ。このドキドキは正門さんのお店で働いているときと同じだ。誰に飲んで貰うよりも一番緊張する。

「どう、ですか」
「……うん、あの色男が言うようにそこそこの味が出てるな」

 正門さんがそこそこと言うのは悪くないんだろう。まずはそれに安心した。でも、これで終わりだとは思っていない。

「ただ、お前はこの味で満足してるか?」
「いえ。まだ正門さんの味には到達してませんから。まだまだ上に行きたいです」
「そしたらまた努力するんだな。思うだけじゃコーヒーは美味くならない」
「はい。あの、また教えて貰えますか? 秋のコーヒーマイスターの試験受けたいので。利き珈琲選手権に出るのもいいかなと思ってて」
「そうだな。店をオープンして少し落ち着いただろうからレベルアップが必要だな。またしごいてやる。日曜の夜、うちの店に来るか」
「バイトで雇って貰えますか?」
「さすがに店構えてるのにバイトはないだろう。うちの定休日の日曜の夜、教えてやる」
「はい!」
「でも、自分でも美味しく淹れられるよう研究しろ。豆の焙煎や欠損豆の有無でも味が変わってくるのは知っているだろう。まずは初歩的なそこを見直すのもいい」
「はい」

 バイトには雇って貰えないけれど、カフェ・サンクの定休日に教えて貰えるのはありがたい。この店が終わってから行くから夜遅くになってしまうけど、それは正門さんの休みを夜とはいえ奪ってしまうことを考えたら文句など言えない。
 やることはコーヒーを淹れることだけだけど、神経を集中させて淹れるとなかなかに疲れることだ。ましてや正門さんに飲んで貰うとなると緊張するから余計だ。でも、それが自分のためなのだから仕方がない。

「美味しいコーヒーを淹れるなら美味しいコーヒーを飲むのも必要だ。どうだ、また海外へ行くのは。店を休むことにはなるけど」

 海外へか。
 海外へは大学生のときに、イタリア、フランス、シアトルのカフェを回った。場所ごとにコーヒーの味も違う。特にシアトルはヨーロッパで飲まれるのとまた違う。イタリアとフランスでも違う。正門さんの言うとおり、店を休むことにはなるけれど、駆け足になってもいいからまた回ってみようか。

「ドイツに俺が教えてやったヤツが店を構えてる。なかなかにいい味を出しているから紹介するぞ」

 ドイツと聞いて心臓がドクリとする。大輝のいる国。そこに行くことになるとは。いや、単にコーヒーを飲みに行くだけでサッカーを見に行くわけではないし、会うわけじゃない。でも、大輝がいる国だと思うだけで心が落ち着かない。

「正門さんがいい味と言うのは美味しいっていうことですよね。ぜひ紹介して下さい」
「わかった。なら日程決めろ。それでドイツに行く日が決まったら教えろ。連絡をしておく」
「わかりました。よろしくお願いします」

 こうして俺の海外行きは決まった。お店をそんなに長く休むわけにはいかないから駆け足になってしまうけれどそれは仕方がない。でもコーヒーを飲みに行くだけとはいえ、ドイツへ行くことになったことにドキドキする。大輝に会うわけではないけれど、同じ国にいるというだけで胸がときめく。ドイツはどんなところなんだろう。俺はまだ先なのにまだ見ぬドイツに心を奪われていた。
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