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Move on

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「大輝……。待ってる。待ってるから」
「待たなくていいよ。俺じゃなくてもいい」

 大輝は一瞬切ない顔をして俺を見たけれど、次の瞬間には俯いて、苦しそうにその言葉を紡ぐ。大輝はほんとはどうして欲しいんだろう。別れたいのか、待っていて欲しいのか。いつもなら大輝の気持ちを尊重したいと思う俺だけど、今だけはわがままを言いたい。

「嫌だ。大輝がいい。大輝じゃなきゃ嫌だ」
湊斗みなと……」

 そうしてやっと大輝と目があう。その目が潤んで見えるのは気のせいだろうか。大輝も少しは俺と離れなきゃいけないことを寂しいと思ってくれている。そう思ってもいいのか?
 
「何年かかったっていい。待ってるから」
「……連絡はしない。それでもいいの?」
「……なんで?」
「会いたくなっちゃうから。そうしたらサッカーに集中できなくなる」

 何年かかるかわからなくて、でも連絡はしないって……。
 辛い。寂しすぎるよ。だけど、それでまた会えるのなら、我慢できる、よな?

「わかった。大輝がそういうなら」
「そっか、わかった。それなら何年かかるかわからないけど、湊斗の誕生日に花束を持って迎えに来るよ」
「うん。うんっ!」
「それまで別々の空で繋がっていよう。約束するから」

 そう言って大輝は優しく俺を抱きしめてくれる。俺の好きな大輝の匂い。なにがあってもこの匂いがすると大丈夫って落ち着いていた。でも、この匂いともしばらくさようならだ。
 それでも、約束してくれるのなら。何年かかろうと待てる。俺には大輝しかいないから。だから、2人の空が重なるまでは別々の空で繋がっていよう。
 
「ドイツに行くときは見送っちゃダメなんだよね?」
「離れがたくなっちゃうから。だから、ごめん」
「わかった。気をつけて行って。向こうに行っても体調だけは気を付けて」
「ああ。湊斗も元気で」
「うん」
「じゃあ」

 そう言うと大輝はすぐに背を向けて帰っていった。そして俺は、その姿が見えなくなるまでずっと見ていた。次はいつ会えるんだろう。いつ迎えに来てくれるんだろう。そう思うと涙はどんどん溢れて、見えるはずの大輝の姿がにじんで見えなくなる。ばか。なに泣いてるんだ。大輝の姿が見えないじゃないか。でも、涙は止まらなくて。そうしているうちに大輝は曲がり角を曲がっていったのがぼんやりと見えた。

「大輝!」

 目を開けたら自分の部屋の天井で。あぁ夢を見ていたんだなと気づく。この夢を見たのは何回目だろう。大輝がドイツへ行ってから約7年。俺は今日27歳の誕生日を迎える。
 俺はスポーツには疎いけれど、そろそろ現役引退の歳じゃないだろうか。そうしたら、もうすぐ。もうすぐ迎えに来てくれるんじゃないか。もしかしたら今年かもしれない。そう思って俺は大輝の帰国を待っている。
 傍から見たら連絡もないのに7年も待つなんてばかかもしれない。でも、約束したんだ。誕生日に迎えに来てくれるって。だから俺は信じて待っている。大輝は約束は守ってくれる人だったから。年齢的に昨年は期待していた。でも、来てくれなくて少し悲しかった。今年は?今年は迎えに来てくれるだろうか。ねぇ大輝。早く迎えに来て。
 ダメだ。朝から考えている場合じゃない。誕生日だと言ったって今日もお店がある。着替えて準備をしなきゃ。
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