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縁側
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その後長谷川は病院に運ばれ、治療を受けた。案の定腕と肋骨を骨折していたが、そこまで重い骨折ではなく、退院も遠くはないようであった。組長は最初骨折程度で済ませていいのか、とまだ不満な様子だったが、俺の清々しい表情を見て、もう手出しをするのはやめたようだ。
長谷川は退院してすぐ仕事に戻った。最初は俺を拉致したという噂を聞いた上司となる近藤組の構成員たちからきつく当たられていたようだが、だんだんと実力を認められて大きな仕事も任されるようになったようだった。そんなところも俺と境遇が似ているような気がして、俺もなんとなく放っておけなかった。近藤組の下部組織という位置づけだったにも関わらず、長谷川はだんだんと昇進していって、本家に出入りすることも多くなり、俺と顔を合わせることもあった。俺がこんにちは、と挨拶してもぶっきらぼうに顔を背け、お辞儀をするだけで笑顔を見せることはない。その様子は、懐かない犬みたいでなんだかかわいかった。
俺の身体の傷が癒てからは、毎晩のように組長に愛された。今日も例外ではなく、仕事を終えて部屋に戻ってくるとすぐに押し倒された。組長が眠りについた後、俺はシャワーを浴びてなんとなく部屋を出て月の見える縁側に座った。今日は満月で、とても綺麗だった。それに見入っているとキイ…と物音がして咄嗟に振り返る。そこにいたのは、驚いた顔をした長谷川だった。
「…な、なんでこんなところに、」
「ああ、長谷川さん。今日は月が綺麗ですよ。」
焦ってどもる長谷川をよそに、ちょいちょいと手招きをしてすぐ横を空ける。おどおどと戸惑っていたが、俺がにっこりと微笑んでいると、観念したかのように隣に腰を下ろした。
「ほんとだ、満月。」
「綺麗ですよね。」
2人してしばらく黙って月を見上げる。ふと長谷川が隣にいる御園の顔を見ると、月の光に照らされた御園の美しさに一瞬言葉を失う。だが、先ほどは暗くて見えなかった首元に色濃く残る情事の痕跡を見つけて、すぐに我に返ったように目を逸らした。
「…それ、」
分かっていたことだったが、長谷川は気になって問いただそうとした。
「え?あ、ああ…。はは、恥ずかしいですね。」
「組長、ですよね。」
「はい。楠木って人も知ってましたし、やっぱり他の組の人にも噂が広がっちゃってるみたいですね。」
拉致された時にそのことを言われたことを思い出して、苦笑いする。
「楠木が、そんなことを…って、楠木と会ったりするんですか?」
「いやいや、あの拉致の時の話ですよ。あの時、ズボンを脱がされた時に見られちゃって。」
「ズボン…?」
怪訝な顔をする長谷川を見て、俺も不思議になった。拉致の時の尋問についてはあまり深く知らないのか?
「はい…。まあ、いいじゃないですか。今はもうそんなこと。」
「いや、前から少し変だとは思っていたんです。楠木や斎藤がやたらとあなたの様子について聞いてきたり。あの時のあいつら、なんだかあなたに執着してるような素振りも見せてましたし…」
それは初耳で俺も驚く。支配下になったからといって長谷川のように近藤組に出入り出来るのなんてごく一部で、他の構成員たちは今までと何ら変わりないはずだ。楠木や斎藤は、もう会うこともない俺のことなんて気にして、どうするつもりなのだろうか。隣で怪訝な顔を向けてくる長谷川を見て、なんだかまずいような気がして、咄嗟に冗談で場を和ませようとした。
「…まさか、あまりに具合が良くて忘れられなくなったとか、ははは…」
笑いながら言ったが、反対に長谷川はだんだんとどす黒い凶悪なオーラを増していった。
「…いや、冗談…」
「どういうことですか、あいつら、まさかあの時、御園さんに…」
ゴゴゴゴとでも聞こえてきそうな様子で長谷川は顔に陰りを見せる。あまりの迫力に俺はゆっくりと後ずさる。
「長谷川さ…」
「やられたんですね。」
「いや、別に大したことじゃないし…」
「やられたんですね。」
「…はい。」
有無を言わさない様子に俺は正直に白状してしまった。まさか、あの時何があったか長谷川さんが知らないなんて思わないし、まあ俺の冗談が面白くなかったのも悪かったかもしれないが、こんなに怒るとは思わなかった。
「あいつら、俺がぶっ殺してきます。」
「いやいやいや!大事な部下でしょう!なに言ってるんですか!」
「いや、御園さんは俺よりも立場は上なんです。そんな人に対する暴挙は俺の責任です。俺がケジメつけさせておきます。」
「いや、あの時は敵対してたんですから仕方ないですよ!それにあの時は長谷川さんは俺のこと殺そうとしてたんですし…」
言いかけてはっとすると長谷川は更に暗い空気を纏う。
「…切腹します」
「いやいやいやいやいや!もう気にしてませんから!だから、今までの行いはもうチャラにしましょう!これから、この組のために頑張っていただければ、俺は嬉しいですから。」
そう言って安心させるために微笑みを向けると、長谷川はそれまでのオーラを取り払い、きょとんとして、そしてすぐに顔を伏せる。
なんだか、普段は一匹狼というか、クールでワイルドな雰囲気なのに、こうやって話してみるとかなり顔に出やすいタイプのようで、なんだか面白くなって笑が込み上げる。
「…なに笑ってんすか」
「…いや、っふふ、なんだか面白くて。また、たまにこうやっておしゃべりしましょうね。」
「っ、…いや、…はい。」
一瞬どもったが、そこまで嫌でもなさそうに頷いてくれて、嬉しくなる。だが、あまりだらだらと長話もしていられない。組長が起きたら、心配して荒れ狂うに違いないので、そろそろ部屋に戻ることにした。長谷川は、もう少し月を見ていくようで、お辞儀をして俺を見送る。
月を見上げながら、長谷川は感慨にふける。そして、決意した。
「…楠木や斎藤はもうあなたに近づけませんよ。…それだけじゃない、組長も、他の幹部たちも、だれも近づけない。俺が、この組でのし上がって、必ず助け出します」
彼の決意は、夜の闇に吸い込まれていった。
長谷川は退院してすぐ仕事に戻った。最初は俺を拉致したという噂を聞いた上司となる近藤組の構成員たちからきつく当たられていたようだが、だんだんと実力を認められて大きな仕事も任されるようになったようだった。そんなところも俺と境遇が似ているような気がして、俺もなんとなく放っておけなかった。近藤組の下部組織という位置づけだったにも関わらず、長谷川はだんだんと昇進していって、本家に出入りすることも多くなり、俺と顔を合わせることもあった。俺がこんにちは、と挨拶してもぶっきらぼうに顔を背け、お辞儀をするだけで笑顔を見せることはない。その様子は、懐かない犬みたいでなんだかかわいかった。
俺の身体の傷が癒てからは、毎晩のように組長に愛された。今日も例外ではなく、仕事を終えて部屋に戻ってくるとすぐに押し倒された。組長が眠りについた後、俺はシャワーを浴びてなんとなく部屋を出て月の見える縁側に座った。今日は満月で、とても綺麗だった。それに見入っているとキイ…と物音がして咄嗟に振り返る。そこにいたのは、驚いた顔をした長谷川だった。
「…な、なんでこんなところに、」
「ああ、長谷川さん。今日は月が綺麗ですよ。」
焦ってどもる長谷川をよそに、ちょいちょいと手招きをしてすぐ横を空ける。おどおどと戸惑っていたが、俺がにっこりと微笑んでいると、観念したかのように隣に腰を下ろした。
「ほんとだ、満月。」
「綺麗ですよね。」
2人してしばらく黙って月を見上げる。ふと長谷川が隣にいる御園の顔を見ると、月の光に照らされた御園の美しさに一瞬言葉を失う。だが、先ほどは暗くて見えなかった首元に色濃く残る情事の痕跡を見つけて、すぐに我に返ったように目を逸らした。
「…それ、」
分かっていたことだったが、長谷川は気になって問いただそうとした。
「え?あ、ああ…。はは、恥ずかしいですね。」
「組長、ですよね。」
「はい。楠木って人も知ってましたし、やっぱり他の組の人にも噂が広がっちゃってるみたいですね。」
拉致された時にそのことを言われたことを思い出して、苦笑いする。
「楠木が、そんなことを…って、楠木と会ったりするんですか?」
「いやいや、あの拉致の時の話ですよ。あの時、ズボンを脱がされた時に見られちゃって。」
「ズボン…?」
怪訝な顔をする長谷川を見て、俺も不思議になった。拉致の時の尋問についてはあまり深く知らないのか?
「はい…。まあ、いいじゃないですか。今はもうそんなこと。」
「いや、前から少し変だとは思っていたんです。楠木や斎藤がやたらとあなたの様子について聞いてきたり。あの時のあいつら、なんだかあなたに執着してるような素振りも見せてましたし…」
それは初耳で俺も驚く。支配下になったからといって長谷川のように近藤組に出入り出来るのなんてごく一部で、他の構成員たちは今までと何ら変わりないはずだ。楠木や斎藤は、もう会うこともない俺のことなんて気にして、どうするつもりなのだろうか。隣で怪訝な顔を向けてくる長谷川を見て、なんだかまずいような気がして、咄嗟に冗談で場を和ませようとした。
「…まさか、あまりに具合が良くて忘れられなくなったとか、ははは…」
笑いながら言ったが、反対に長谷川はだんだんとどす黒い凶悪なオーラを増していった。
「…いや、冗談…」
「どういうことですか、あいつら、まさかあの時、御園さんに…」
ゴゴゴゴとでも聞こえてきそうな様子で長谷川は顔に陰りを見せる。あまりの迫力に俺はゆっくりと後ずさる。
「長谷川さ…」
「やられたんですね。」
「いや、別に大したことじゃないし…」
「やられたんですね。」
「…はい。」
有無を言わさない様子に俺は正直に白状してしまった。まさか、あの時何があったか長谷川さんが知らないなんて思わないし、まあ俺の冗談が面白くなかったのも悪かったかもしれないが、こんなに怒るとは思わなかった。
「あいつら、俺がぶっ殺してきます。」
「いやいやいや!大事な部下でしょう!なに言ってるんですか!」
「いや、御園さんは俺よりも立場は上なんです。そんな人に対する暴挙は俺の責任です。俺がケジメつけさせておきます。」
「いや、あの時は敵対してたんですから仕方ないですよ!それにあの時は長谷川さんは俺のこと殺そうとしてたんですし…」
言いかけてはっとすると長谷川は更に暗い空気を纏う。
「…切腹します」
「いやいやいやいやいや!もう気にしてませんから!だから、今までの行いはもうチャラにしましょう!これから、この組のために頑張っていただければ、俺は嬉しいですから。」
そう言って安心させるために微笑みを向けると、長谷川はそれまでのオーラを取り払い、きょとんとして、そしてすぐに顔を伏せる。
なんだか、普段は一匹狼というか、クールでワイルドな雰囲気なのに、こうやって話してみるとかなり顔に出やすいタイプのようで、なんだか面白くなって笑が込み上げる。
「…なに笑ってんすか」
「…いや、っふふ、なんだか面白くて。また、たまにこうやっておしゃべりしましょうね。」
「っ、…いや、…はい。」
一瞬どもったが、そこまで嫌でもなさそうに頷いてくれて、嬉しくなる。だが、あまりだらだらと長話もしていられない。組長が起きたら、心配して荒れ狂うに違いないので、そろそろ部屋に戻ることにした。長谷川は、もう少し月を見ていくようで、お辞儀をして俺を見送る。
月を見上げながら、長谷川は感慨にふける。そして、決意した。
「…楠木や斎藤はもうあなたに近づけませんよ。…それだけじゃない、組長も、他の幹部たちも、だれも近づけない。俺が、この組でのし上がって、必ず助け出します」
彼の決意は、夜の闇に吸い込まれていった。
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