百夜の秘書

No.26

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優雅な休日

一、

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 ある東の国にある、旅館『百夜』。
 年中無休で営業しているが、従業員にはもちろん休日が設けられていた。
 それは社長の秘書・蝶も同じで、今日はその休日であった。

「そういえば旦那様は、社長になる前は何の仕事をされていたんですか?」
 休日の午後。蝶は向かいに座る天藍にそう尋ねた。
 外へ遊びに行くことにあまり関心がない蝶は、休日の午後は決まって、部屋で本を読むか、旅館のレストランで天藍と茶会をして過ごしていた。
 今日はそんなお茶会の日。一応『新メニューの試食』と称して、来月から新しくなるアフタヌーンティーを天藍と一通り味わっていた。
 今日は外もよく晴れている。ガラス張りの小部屋からは、外の美しい庭園が一望できた。
 天藍は青いティーカップを皿に置き、
「祖父がこの旅館の社長だったから、何年か祖父の補佐をした後、そのまま社長の座を継いだんだ。僕の父は画家志望で旅館には興味がなかったからね」
「へえ」
 蝶は自分で聞いておきながら、天藍の生い立ちについてはあまり関心がない。
 適当に返事をしながら、ケーキスタンドにあったゼリーを一つお皿に取った。
 天藍はそんな蝶の様子をわかって呆れて笑みを浮かべながらも、話を続けた。
「大学では経営論について学んでいたよ。あとは、指圧とか精油の調合についての資格も趣味で取っているけど」
「指圧……」
 その単語に、蝶は反応して顔を上げた。
「おや、興味あるかい?」
「最近書類の整理が多くて、肩が凝っているんですよ」
 そう答えて肩を回す蝶に、天藍は微笑んで言った。
「それなら、僕がほぐしてあげようか」
「無料ならぜひ」
「相変わらず守銭奴だね」
 けろりと図々しいことを言ってのける蝶に、天藍は困ったように笑う。ちなみに、今試食しているアフタヌーンティーも経費で落ちるものだった。
 天藍は気を取り直し、
「けれど僕も腕鳴らししたいと思っていたところだしちょうどいい。じゃあ、この後僕の部屋においで」
「わかりました」
 そのときの蝶は、無料で施術を受けられる自分は運がいい、ということしか思っていなかった。

 蝶が言われた通り天藍の部屋に行くと、そこは蝶がいつも知っている部屋の雰囲気ではなかった。
 部屋にはオレンジ色の淡いランプだけが光り、良い香りのお香が炊かれている。ベッドの上には見慣れない香水瓶がいくつか置いてあった。
 本格的な施術店のような雰囲気に、蝶は少し動揺して天藍を見上げた。
「あの……私、こういうことを店でやってもらったことがないのですが……」
「別に緊張する必要はないよ。僕に全て任せておけばいい」
 天藍はそう答えて、蝶をベッドに座らせる。
 そして、枕元にあるガラス製のティーセットを用いて、慣れた手つきでお茶を淹れた。
「これを最初に飲んで。神経を整えるお茶だよ」
 渡された飴色の液体を、蝶は言われたとおり飲み干す。
「……おいしいですね」
 お茶ははちみつが入っているようで甘く、良い香りがする。天藍もその返答に微笑んだ。
「マッサージに使用する精油の香りも、いろいろな種類があってね……」
 天藍はそう言って、使う精油の説明をし、いくつかの瓶の中身を嗅がせる。
 そうして、使う精油の種類を決めた後、最後に天藍は言った。
「じゃあ、服を全部脱いで」
「え……」
 蝶は目を見開いた。
 天藍はその様子を楽しむかのように微笑み、
「サービスで脱がせてあげてもいいけど」
「じ、自分で脱ぎます」
 蝶は動揺しつつ、自分で服を脱ぐ。
 そうして裸になったところで、蝶は天藍を睨みつけた。
「その……性的なことはダメですからね」
「振り?」
「振りではありません」
「わかってる。今日はマッサージするだけだよ」
 天藍はそう言って、蝶をベッドにうつ伏せに寝かせる。そして、精油を含んだ潤滑油を背中に垂らした。
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