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月の下で
二、
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一同は、屋台の並ぶ道を歩く。
周囲には大勢の一般客の姿があった。
「蝶様、あのおもちゃ等はいかがです?」
「いかが、とは? よくできたぬいぐるみですね」
未だ蝶の隣に着き話しかけてくる客人の男に、蝶は冷たく答える。
しかしその内心は、人知れず切羽詰まっていた。
天藍は、自分の前で再び鳳梨と話を続けていた。
時刻は二十二時。先程から三十分が過ぎたが、蝶は変わらずトイレへ立つタイミングをつかめず、一度も用を足せていない。
その間も尿の量は増え続け、蝶の膀胱はパンパンに膨れあがっていた。
一見、何事もなく普通に歩いているように見えるが、その歩幅はいつもより狭く、人目を忍んで何度も下腹をさすっている。
しかし、天藍の会話をわざわざ止め、そして隣に嫌いな男が話を聞いているこの状況で「トイレへ行きたい」など、自分が我慢ができないことを皆に公表しているようなもの。そんなことなら、もう少し様子を見て待とうと考えていた。
けれど蝶はいよいよそうも強がっていられない状態になる程、切迫してきていた。
「ではあの飴細工などはいかがです? 漫画の絵が彫ってありますよ」
「はあ。ご年齢の割に随分と、」
男に答えようとしたそのとき、横を通り過ぎた人の鞄が、蝶のその下腹にぶつかった。
「ッ……!!!」
膀胱が圧迫され、蝶の頭が真っ白になる。
「あっ、すみません!」
一般客は謝り、再び人混みに紛れる。
しかし先ほどの刺激で、蝶に強い尿意が残されてしまった。
「っ、は、んっ……!」
小さく呼吸を乱しながら、無意識に前屈みになる。
前を抑えたい気持ちを押さえ込み、何度も太腿を摩る。
しかしそれでも尿意は収まってくれず、その液体は堰き止めている括約筋を強く圧迫し続け、今にも溢れてしまいそうだった。
……もう、無理だ、我慢できない……!
蝶は観念して、天藍の背中を叩いた。
天藍は話をやめ、蝶を振り返る。
「ん? どうしんだい?」
「旦那様、私、」
「すみませーん!」
言いかけたとき、誰かが急に蝶たちを呼び止めた。
天藍は足を止め、蝶も足を止めて声の主を見る。
しかし停止したことで蝶は一層尿意が強まり、それを誤魔化すためにその場でもじもじと落ち着きなく足をすり合わせた。
そこには、若い女性の一般客が数人と、彼女らに囲まれた三歳くらいの小さな女の子の姿があった。
天藍は微笑む。
「どうかしましたか?」
「あの、旅館の方ですよね? この子、親と逸れちゃったみたいで、どうしたらいいか分からなくて……」
女性の一人が天藍を見ながらそう言って、不安そうな顔で蝶たちを見つめる女の子を示す。
「なるほど。それなら、案内所まで僕たちが連れて行きます。……すみません、そういうわけだから、あとで食事会の会場で会いましょう」
天藍はそう女性に言ってから、客人たちに断りを入れる。
そして、女の子を抱き抱え、蝶に自分についてくるよう目配せをした。
「お兄さんは、りょかんのえらい人?」
「ふふ、まあそうだね」
天藍は、迷子の女の子とほのぼのと会話をしている。
その横で、蝶は太腿をさすりながら、強い排泄欲求を必死に耐えていた。
蝶の下腹は、未だ少しだって出すことを許可されない、一リットルを超える大量の液体でぷっくりと膨らんでいる。許容量など、とっくに超えていた。
しかし、こんなところで漏らしてはいけない。旅館まで我慢だ、我慢しないと……!
結果的に、迷子を預けに旅館の建物内に戻っているのだから、何ら問題はない。
ないのだが、出来ればもう少し、足を早く……。
「蝶、そんなに急がないでよ」
先を急ぎ、無意識に早く進んでしまい、天藍に呼び止められる。
「っ、すみません……っ」
蝶は慌てて立ち止まり、その場で何度も足踏みをした。
正直、迷子の面倒を見ている余裕など蝶にはない。おしっこがしたくて仕方がない。もう人を待てる余裕などない。
しかし、上司にだけ仕事を押し付けて自分は休憩を取る……しかもそれがおしっこを我慢できないから、なんてことはとても言えないし、できなかった。
蝶は前を振り返る。
旅館は、もう目の前なのに。ああ、今すぐトイレに行きたい。早く、早く……!
「おしっこ」
その単語が耳に飛び込み、びくりと蝶は顔を上げた。
声の主は、その迷子の女の子だった。
「おしっこしたい」
天藍はそれを聞いて困ったように微笑み、
「ああ、トイレへ行きたいんだね。すぐ横に仮設トイレがあるけど、どうしようかな……僕が連れて行くのも……」
「わ、私も連れていけませんよ」
蝶は咄嗟にそう口にした。
こんな状態で人の排泄を見守るなど、自殺行為だ。確実に自分が漏らしてしまう……!
天藍は、蝶の言葉の意図を知らず頷き、
「そうだね、蝶も男だし……あ、柳、ちょっといいかな?」
偶然、前を通った中居の女性の柳を呼び止め、天藍は状況を説明をする。
柳は了解し、そのまま四人で屋台の通りを少し外れ、客人用の仮設トイレの前に着いた。
周囲には大勢の一般客の姿があった。
「蝶様、あのおもちゃ等はいかがです?」
「いかが、とは? よくできたぬいぐるみですね」
未だ蝶の隣に着き話しかけてくる客人の男に、蝶は冷たく答える。
しかしその内心は、人知れず切羽詰まっていた。
天藍は、自分の前で再び鳳梨と話を続けていた。
時刻は二十二時。先程から三十分が過ぎたが、蝶は変わらずトイレへ立つタイミングをつかめず、一度も用を足せていない。
その間も尿の量は増え続け、蝶の膀胱はパンパンに膨れあがっていた。
一見、何事もなく普通に歩いているように見えるが、その歩幅はいつもより狭く、人目を忍んで何度も下腹をさすっている。
しかし、天藍の会話をわざわざ止め、そして隣に嫌いな男が話を聞いているこの状況で「トイレへ行きたい」など、自分が我慢ができないことを皆に公表しているようなもの。そんなことなら、もう少し様子を見て待とうと考えていた。
けれど蝶はいよいよそうも強がっていられない状態になる程、切迫してきていた。
「ではあの飴細工などはいかがです? 漫画の絵が彫ってありますよ」
「はあ。ご年齢の割に随分と、」
男に答えようとしたそのとき、横を通り過ぎた人の鞄が、蝶のその下腹にぶつかった。
「ッ……!!!」
膀胱が圧迫され、蝶の頭が真っ白になる。
「あっ、すみません!」
一般客は謝り、再び人混みに紛れる。
しかし先ほどの刺激で、蝶に強い尿意が残されてしまった。
「っ、は、んっ……!」
小さく呼吸を乱しながら、無意識に前屈みになる。
前を抑えたい気持ちを押さえ込み、何度も太腿を摩る。
しかしそれでも尿意は収まってくれず、その液体は堰き止めている括約筋を強く圧迫し続け、今にも溢れてしまいそうだった。
……もう、無理だ、我慢できない……!
蝶は観念して、天藍の背中を叩いた。
天藍は話をやめ、蝶を振り返る。
「ん? どうしんだい?」
「旦那様、私、」
「すみませーん!」
言いかけたとき、誰かが急に蝶たちを呼び止めた。
天藍は足を止め、蝶も足を止めて声の主を見る。
しかし停止したことで蝶は一層尿意が強まり、それを誤魔化すためにその場でもじもじと落ち着きなく足をすり合わせた。
そこには、若い女性の一般客が数人と、彼女らに囲まれた三歳くらいの小さな女の子の姿があった。
天藍は微笑む。
「どうかしましたか?」
「あの、旅館の方ですよね? この子、親と逸れちゃったみたいで、どうしたらいいか分からなくて……」
女性の一人が天藍を見ながらそう言って、不安そうな顔で蝶たちを見つめる女の子を示す。
「なるほど。それなら、案内所まで僕たちが連れて行きます。……すみません、そういうわけだから、あとで食事会の会場で会いましょう」
天藍はそう女性に言ってから、客人たちに断りを入れる。
そして、女の子を抱き抱え、蝶に自分についてくるよう目配せをした。
「お兄さんは、りょかんのえらい人?」
「ふふ、まあそうだね」
天藍は、迷子の女の子とほのぼのと会話をしている。
その横で、蝶は太腿をさすりながら、強い排泄欲求を必死に耐えていた。
蝶の下腹は、未だ少しだって出すことを許可されない、一リットルを超える大量の液体でぷっくりと膨らんでいる。許容量など、とっくに超えていた。
しかし、こんなところで漏らしてはいけない。旅館まで我慢だ、我慢しないと……!
結果的に、迷子を預けに旅館の建物内に戻っているのだから、何ら問題はない。
ないのだが、出来ればもう少し、足を早く……。
「蝶、そんなに急がないでよ」
先を急ぎ、無意識に早く進んでしまい、天藍に呼び止められる。
「っ、すみません……っ」
蝶は慌てて立ち止まり、その場で何度も足踏みをした。
正直、迷子の面倒を見ている余裕など蝶にはない。おしっこがしたくて仕方がない。もう人を待てる余裕などない。
しかし、上司にだけ仕事を押し付けて自分は休憩を取る……しかもそれがおしっこを我慢できないから、なんてことはとても言えないし、できなかった。
蝶は前を振り返る。
旅館は、もう目の前なのに。ああ、今すぐトイレに行きたい。早く、早く……!
「おしっこ」
その単語が耳に飛び込み、びくりと蝶は顔を上げた。
声の主は、その迷子の女の子だった。
「おしっこしたい」
天藍はそれを聞いて困ったように微笑み、
「ああ、トイレへ行きたいんだね。すぐ横に仮設トイレがあるけど、どうしようかな……僕が連れて行くのも……」
「わ、私も連れていけませんよ」
蝶は咄嗟にそう口にした。
こんな状態で人の排泄を見守るなど、自殺行為だ。確実に自分が漏らしてしまう……!
天藍は、蝶の言葉の意図を知らず頷き、
「そうだね、蝶も男だし……あ、柳、ちょっといいかな?」
偶然、前を通った中居の女性の柳を呼び止め、天藍は状況を説明をする。
柳は了解し、そのまま四人で屋台の通りを少し外れ、客人用の仮設トイレの前に着いた。
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