忘却の檻 〜あなたは誰〜

ぐう

文字の大きさ
上 下
25 / 50

25

しおりを挟む
 そこにリリーが夕食の時間だと知らせに来た。

「話は夕食後にしましょう。今日はレオンハルトは戻らないから」

 そう言い置いて、リリーの給仕で夕食を済ませた。主寝室に戻ったら夕食を使用人の食堂で済ませたノンナがノックをして入ってきた。

「お湯は侍女がいれてくれたそうですので、湯あみのお手伝いをします」

 ノンナに浴室で髪を洗ってもらう。

「この香油はハーブを漬け込んだもので、ハーブの組み合わせで匂いも効能も違います。どれもお嬢様が現場の女性達と知恵を出し合って開発したものです」

 ノンナに匂いを嗅がせてもらう。ほーとした落ち着いた気分になる匂いだ。

「お嬢様は中でもこの香油が一番お好きです。髪にも身体にも湯上がりに塗られておられました。だからお嬢様は汗をかくとほんのり匂われて、周りの人間がいい匂いだと言うので香油もそう言う使い方を勧めてより一層よく売れてます」

「ノンナは商売に詳しいのね」

「そうです。お嬢様が公爵領に行ってからずっとご一緒させていただいてますから」

 お湯から上がって髪を乾かしてもらう。

「お嬢様のお世話は私の仕事ですから。それなのにお嬢様の過去をよく知ってる私を遠ざけた公爵様には怒りしかありません」

「レオンハルトからマリアに階段から突き落とされたところまで聞いたわ。ところで五年も別居していたのになぜユリアは急に王都の邸に出てきたの」

「お嬢様。何も覚えておられないのですね。では、これはお嬢様からお預かりしていた書類です」

 紙袋の中には離縁承諾書にユリア・アイレンベルクの署名がされ、もうひとつの欄は空欄だった。それとユリア名義になってるハーブティとハーブ香油の権利の譲渡書だ。これをみると財産を全てレオンハルトに譲って離縁して出て行くつもりだったようだ。なぜ譲る必要があるのだろう。自己犠牲が過ぎるだろう。公爵の領地の治水をし、橋をかけたのまではレオンハルトに譲ってもいいだろう。領地はレオンハルトのものだから。でもハーブ関係の開発はユリアのもの。ハーブなどレオンハルトの領地でもなくても、エーレンフェスト家の領地でもできる。そこでハーブティと香油を生産すればいいのだ。権利は開発したユリアにあるのだから。

 紙袋に書類を戻し、目の前でいい具合に火が立ってる暖炉にその紙袋を投げ入れた。あっという間にメラメラと燃え上がった。綺麗に燃えてしまうように火かき棒で紙と紙の間をほぐして、完全に燃えてしまうまでかき回した。

「お嬢様。譲渡されるのをやめるのですね。私はお嬢様が苦労して工夫してしたものを公爵様に渡すのは反対でした。よかった。お嬢様が気持ちを変えられて」

 確かにノンナの言う通りだ。ユリアはどれだけ自己犠牲を自分に強いていたのだろう。自分の権利は自分で守らないと良いように食い物にされるのだ。

「自分の権利を自分で捨てるなんて馬鹿なことと気が付いたわ」

「公爵様と離縁するのまでやめられるわけじゃないですよね?」

「そこはまだ決めてないわ。ユリアはレオンハルトと圧倒的に会話が足りないと思うの。もっと話してみて決めるつもり。ここまでコケにしてもらっていたのなら償っても欲しいしね」

「お嬢様……なんだかお嬢様ではないような。でもその方がいいです。前のお嬢様は能力も高いのに卑下されてばかりで、使用人達は口惜しく思ってました」

 なんだかそのユリアを想像できて苦笑いをした。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王太子殿下の執着が怖いので、とりあえず寝ます。【完結】

霙アルカ。
恋愛
王太子殿下がところ構わず愛を囁いてくるので困ってます。 辞めてと言っても辞めてくれないので、とりあえず寝ます。 王太子アスランは愛しいルディリアナに執着し、彼女を部屋に閉じ込めるが、アスランには他の女がいて、ルディリアナの心は壊れていく。 8月4日 完結しました。

溺愛される妻が記憶喪失になるとこうなる

田尾風香
恋愛
***2022/6/21、書き換えました。 お茶会で紅茶を飲んだ途端に頭に痛みを感じて倒れて、次に目を覚ましたら、目の前にイケメンがいました。 「あの、どちら様でしょうか?」 「俺と君は小さい頃からずっと一緒で、幼い頃からの婚約者で、例え死んでも一緒にいようと誓い合って……!」 「旦那様、奥様に記憶がないのをいいことに、嘘を教えませんように」 溺愛される妻は、果たして記憶を取り戻すことができるのか。 ギャグを書いたことはありませんが、ギャグっぽいお話しです。会話が多め。R18ではありませんが、行為後の話がありますので、ご注意下さい。

記憶がないなら私は……

しがと
恋愛
ずっと好きでようやく付き合えた彼が記憶を無くしてしまった。しかも私のことだけ。そして彼は以前好きだった女性に私の目の前で抱きついてしまう。もう諦めなければいけない、と彼のことを忘れる決意をしたが……。  *全4話

あなたの側にいられたら、それだけで

椎名さえら
恋愛
目を覚ましたとき、すべての記憶が失われていた。 私の名前は、どうやらアデルと言うらしい。 傍らにいた男性はエリオットと名乗り、甲斐甲斐しく面倒をみてくれる。 彼は一体誰? そして私は……? アデルの記憶が戻るとき、すべての真実がわかる。 _____________________________ 私らしい作品になっているかと思います。 ご都合主義ですが、雰囲気を楽しんでいただければ嬉しいです。 ※私の商業2周年記念にネップリで配布した短編小説になります ※表紙イラストは 由乃嶋 眞亊先生に有償依頼いたしました(投稿の許可を得ています)

夫が「愛していると言ってくれ」とうるさいのですが、残念ながら結婚した記憶がございません

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
【完結しました】 王立騎士団団長を務めるランスロットと事務官であるシャーリーの結婚式。 しかしその結婚式で、ランスロットに恨みを持つ賊が襲い掛かり、彼を庇ったシャーリーは階段から落ちて気を失ってしまった。 「君は俺と結婚したんだ」 「『愛している』と、言ってくれないだろうか……」 目を覚ましたシャーリーには、目の前の男と結婚した記憶が無かった。 どうやら、今から二年前までの記憶を失ってしまったらしい――。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

はずれのわたしで、ごめんなさい。

ふまさ
恋愛
 姉のベティは、学園でも有名になるほど綺麗で聡明な当たりのマイヤー伯爵令嬢。妹のアリシアは、ガリで陰気なはずれのマイヤー伯爵令嬢。そう学園のみなが陰であだ名していることは、アリシアも承知していた。傷付きはするが、もう慣れた。いちいち泣いてもいられない。  婚約者のマイクも、アリシアのことを幽霊のようだの暗いだのと陰口をたたいている。マイクは伯爵家の令息だが、家は没落の危機だと聞く。嫁の貰い手がないと家の名に傷がつくという理由で、アリシアの父親は持参金を多めに出すという条件でマイクとの婚約を成立させた。いわば政略結婚だ。  こんなわたしと結婚なんて、気の毒に。と、逆にマイクに同情するアリシア。  そんな諦めにも似たアリシアの日常を壊し、救ってくれたのは──。

処理中です...