忘却の檻 〜あなたは誰〜

ぐう

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 身体が痛い。頭も痛い。意識の向こうに美しい男と可愛らしい女が仲睦まじげに手を握り合っている。それを誰かが見て泣いている。泣かないで。あの男は泣く価値のない男。もう見切りをつけなさい。
 そう言ってるのに、その女は未練げにまだ美しい男を見つめている。

 ああ身体が痛い。頭も痛い。誰か呼んでる。うるさいぐらい。お願い静かに逝かせて。もう誰とも関わりあいたくないの。


 
 うっすらと目を開けると知らない場所だった。思わず腕を上げると

「お嬢様!目が覚めたのですね!今お医者様呼んできます!」

 なんだか聞き覚えのある声がばたばたと扉の向こうに消えていった。いきなり扉が開き男の人が入ってきた。

「ユリア!大丈夫か。今医師が来るからな。」

 誰なんだろう。夢の中で見た美しい男に似ているような気もする。でも名前がわからない。

「あなたは誰ですか?」

 掠れた声で聞いてみる。聞こえなかったようで

「どうした、水か。」

 と水を飲ませてくれた。今度ははっきりと声が出た。

「あなたは誰ですか?そしてここはどこですか?」

 なんだか呆然として美しい男はわたしをみて、怒ったように言った。

「怒っているのか。あんなことをされて怒っても仕方ないが、悪い冗談はやめてくれ。私はユリアの夫のレオンハルトじゃないか。」

 夫?私は結婚しているの?おかしい私の中では結婚なんて文字はどこにもない。この人は何を言ってるのだろうと思っていたら、医師が入ってきて診察を始めた。

「あなたの名前は?」

「わからない。」

「ここはどこですか?」

「わからない。」

「あなたのご両親は?」

「わからない。」

「あなたの夫は?」

「わからない。」

「あなたの生まれ故郷は?」

「わからない。」

 何を聞かれても、かけらも名前が出てこない。私を心配そうに見ている人達の名前も関係性も全く出てこない。

「頭を打った衝撃で記憶がなくなっています。怪我は良くなってきますが、記憶は戻るかもしれないし、戻らないかもしれない。戻らずに一生を終えるケースもあります。」

 医師が重々しく言うが、ピンとこない。そうか私は頭を打ったのか。側に立っている夫だと名乗ったレオンハルトと言う人が喰い殺すように私を見つめてる。そんなに私が死ななくて残念なのか。


 私に最初に声をかけた女の人の目からとめどなく涙が溢れてお嬢様と呟いてる。直感だが、あの人は信用できそうだ。あの人にいろいろ聞いてみようと思ったが、また眠くなってきた。目を瞑ると薔薇の咲き誇る庭園で、綺麗な男の子が何か言っている。何を言ってるのだろう。言われた女の子は嬉しげに微笑んでいる。何を言われたのだろうと思ったらまた眠りの中に引きずりこまれた。

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