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6,迷路(上)
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放課後、先生に指定されたのは生徒指導室だった。悪いことをしたわけではないのに、怒られている気になってしまうのはこの部屋の名前が原因かもしれない。
居心地の悪さを感じながら向かいの席に腰をおろすと、早々に本題がはじまった。
「一年の池田、だったな。穂別と仲がいいのか?」
「知り合い……です」
「そうか。知り合ったのは最近か? それとも去年からか?」
その質問に違和感を抱いたけれど、私は「最近、だと思います」と答えた。実際には去年のうちに出会っていたけれど、たった一度のそれもわずかな時間でしかないからノーカウントになりそうだと判断した。
私の返答に先生は「なるほど」と言って、ため息をついた。そこにどんな意味があるのかは探れそうにない。
「実はな……穂別がいじめられていることは、俺たちも把握しているんだ」
「じゃあどうして耀くんを守らないんですか? 耀くんを助けてあげてください」
先生は「耀くん、か」と苦笑しながら答える。
「守りたいし助けてやりたいよ。だから何度も穂別に聞いたんだ。でも返ってくるのはいつも同じでな、あいつはなかなか俺たちに話してくれない。だから教えてほしいんだ。見た通りのことを教えてくれるだけでいい」
先生に話したことで耀くんの立場が悪くなるのならば避けたいけれど、向き合った先生の瞳はまっすぐで、そこにあるのは耀くんへの心配だけ。
私は、耀くんがいじめられている時必ず駆けつけられるわけではない。だから、これで先生が耀くんのことを気にかけて守ってくれるのなら。そう考えてゆるゆると話す。
校舎裏で目撃したいじめの話、今日のこと。
一通り話し終えたところで、先生は長く息を吐くと共に頭を抱えた。先生の想像よりも事は深刻だったのかもしれない。
「他にも気になったことはないか? ささいなことでもいいから教えてほしいんだ」
「えっと、先輩たちが『芽室の代わりに、お前が死ねばよかったのにな』と言っていたのが聞こえて……」
それを聞いて先生ははっとしたかのように顔をあげた。それはゆるゆると苦しげな表情に移り変わり、その途中でひとり言のように小さな呟きが生徒指導室に溶けていった。
「……やっぱり、あの火事が原因か」
火事。その単語は私の鼓膜にこびりつく。上級生も口にしていた。そして耀くんの腕に残っていた火傷も。
火事って何のことですか、と先生に聞くことはできなかった。もっと耀くんのことを知りたいと暴れていた好奇心も火事という不穏なワードによって息をひそめている。耀くんの知らないところで聞いてしまえば後悔すると思った。
「あと。芽室先輩を見かけました。すぐにどこかへ行ってしまいましたが」
上級生の言葉から、あの場にいた芽室先輩のことを思いだす。あの時去っていった芽室先輩も関係があるのだろうか。
すると先生は「ああ、それは」と言って頷いた。
「あいつが俺を呼びにきてくれたんだ」
先生の言葉をすぐに飲みこむことはできなかった。芽室先輩は見捨てていったのだとばかり思って軽蔑していた、というのにまさか。
「校庭の部室裏で穂別がいじめられてるって芽室が教えてくれたんだよ。前に校舎裏に池田がいた時も、芽室が教えてくれて駆けつけたんだよ」
嘘だと認めたくない気持ちがある反面、どこか納得していた。そういえば前回も今回も、芽室先輩と目が合っている。私の知らないところで芽室先輩も耀くんのために動いていたのだ。何も知らずに私は『最低です』とまで言ってしまった。自らの言動を思い返し、罪悪感がこみあげる。
でもどうして先生を呼んだのは芽室先輩なのだと教えてくれなかったのだろう。私も芽室先輩も耀くんを守りたいという気持ちで動いている気がするのに。
「穂別はちょっと事情があってな。俺も芽室もかなり気にしているんだ。でもあいつは自分から助けてって言わないやつだから困っててな。これからも何かあったら教えてほしい」
「はい……わかりました」
「もちろん。池田も、何かあればすぐに先生を呼んでくれ。今回みたいに飛びこむ前に報せてほしいんだ」
私は頷いた。でも頭の奥にはたくさんの疑問があって、心がざわざわとしている。
火事。芽室先輩。色々なものが絡み合っている。答えを知りたいような、でも知ってはいけない気さえするのだ。
学校が終わってから隠れ場所に行くと、耀くんが待っていた。私が来るのを待っていたと話し、学校のことには触れず、たわいもない話をして国道を眺める。
耀くんは誰にも助けを求めない。それは先生であっても、私であっても。学校にいる時と違ってきらきら輝く楽しそうな顔をしているのに、どうしてか胸が苦しい。寂しくて、苦しくて。
見下ろす国道の先が夕日の赤に染められてよくみえない。きっと耀くんにも、出口は見えていないのだと思った。
居心地の悪さを感じながら向かいの席に腰をおろすと、早々に本題がはじまった。
「一年の池田、だったな。穂別と仲がいいのか?」
「知り合い……です」
「そうか。知り合ったのは最近か? それとも去年からか?」
その質問に違和感を抱いたけれど、私は「最近、だと思います」と答えた。実際には去年のうちに出会っていたけれど、たった一度のそれもわずかな時間でしかないからノーカウントになりそうだと判断した。
私の返答に先生は「なるほど」と言って、ため息をついた。そこにどんな意味があるのかは探れそうにない。
「実はな……穂別がいじめられていることは、俺たちも把握しているんだ」
「じゃあどうして耀くんを守らないんですか? 耀くんを助けてあげてください」
先生は「耀くん、か」と苦笑しながら答える。
「守りたいし助けてやりたいよ。だから何度も穂別に聞いたんだ。でも返ってくるのはいつも同じでな、あいつはなかなか俺たちに話してくれない。だから教えてほしいんだ。見た通りのことを教えてくれるだけでいい」
先生に話したことで耀くんの立場が悪くなるのならば避けたいけれど、向き合った先生の瞳はまっすぐで、そこにあるのは耀くんへの心配だけ。
私は、耀くんがいじめられている時必ず駆けつけられるわけではない。だから、これで先生が耀くんのことを気にかけて守ってくれるのなら。そう考えてゆるゆると話す。
校舎裏で目撃したいじめの話、今日のこと。
一通り話し終えたところで、先生は長く息を吐くと共に頭を抱えた。先生の想像よりも事は深刻だったのかもしれない。
「他にも気になったことはないか? ささいなことでもいいから教えてほしいんだ」
「えっと、先輩たちが『芽室の代わりに、お前が死ねばよかったのにな』と言っていたのが聞こえて……」
それを聞いて先生ははっとしたかのように顔をあげた。それはゆるゆると苦しげな表情に移り変わり、その途中でひとり言のように小さな呟きが生徒指導室に溶けていった。
「……やっぱり、あの火事が原因か」
火事。その単語は私の鼓膜にこびりつく。上級生も口にしていた。そして耀くんの腕に残っていた火傷も。
火事って何のことですか、と先生に聞くことはできなかった。もっと耀くんのことを知りたいと暴れていた好奇心も火事という不穏なワードによって息をひそめている。耀くんの知らないところで聞いてしまえば後悔すると思った。
「あと。芽室先輩を見かけました。すぐにどこかへ行ってしまいましたが」
上級生の言葉から、あの場にいた芽室先輩のことを思いだす。あの時去っていった芽室先輩も関係があるのだろうか。
すると先生は「ああ、それは」と言って頷いた。
「あいつが俺を呼びにきてくれたんだ」
先生の言葉をすぐに飲みこむことはできなかった。芽室先輩は見捨てていったのだとばかり思って軽蔑していた、というのにまさか。
「校庭の部室裏で穂別がいじめられてるって芽室が教えてくれたんだよ。前に校舎裏に池田がいた時も、芽室が教えてくれて駆けつけたんだよ」
嘘だと認めたくない気持ちがある反面、どこか納得していた。そういえば前回も今回も、芽室先輩と目が合っている。私の知らないところで芽室先輩も耀くんのために動いていたのだ。何も知らずに私は『最低です』とまで言ってしまった。自らの言動を思い返し、罪悪感がこみあげる。
でもどうして先生を呼んだのは芽室先輩なのだと教えてくれなかったのだろう。私も芽室先輩も耀くんを守りたいという気持ちで動いている気がするのに。
「穂別はちょっと事情があってな。俺も芽室もかなり気にしているんだ。でもあいつは自分から助けてって言わないやつだから困っててな。これからも何かあったら教えてほしい」
「はい……わかりました」
「もちろん。池田も、何かあればすぐに先生を呼んでくれ。今回みたいに飛びこむ前に報せてほしいんだ」
私は頷いた。でも頭の奥にはたくさんの疑問があって、心がざわざわとしている。
火事。芽室先輩。色々なものが絡み合っている。答えを知りたいような、でも知ってはいけない気さえするのだ。
学校が終わってから隠れ場所に行くと、耀くんが待っていた。私が来るのを待っていたと話し、学校のことには触れず、たわいもない話をして国道を眺める。
耀くんは誰にも助けを求めない。それは先生であっても、私であっても。学校にいる時と違ってきらきら輝く楽しそうな顔をしているのに、どうしてか胸が苦しい。寂しくて、苦しくて。
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