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5,火傷
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数日が経った昼休みのこと。私は先生から雑用を頼まれて、校舎裏の方へと向かっていた。校舎裏へ行くことはあまりなく、日直がごみを捨てに行くとか先生から頼まれ事をされた時ぐらい。
耀くんがいじめられていたことを忘れられず、近くを通りかかるたびに覗きこむようにはしていたが、あれ以来いじめられている現場を目撃することはなかった。
校舎裏を確認するが――今日もいない。安心したような耀くんに会えなくて残念なような、複雑な気持ちを抱きながら踵を返そうとした時だった。
「穂別!」
少し離れたところから、怒声。
瞬間に私は理解した。あれから一度もいじめられていないのではなく、彼らは場所を変えたのだ。それは私に見つかってしまったからだろう。
恐怖はあれど足を進める。どうせ地球は終わるんだから、みんな死ぬんだから。白猫との約束を呪文のように心中で唱え、声がした方へと向かった。
そこは校庭の端、運動部の部室裏で行われていた。校庭には昼休みにも部活の練習に励む生徒がちらほらといたが、皆気づいているのか気づいていないふりをしているのか、上級生たちが部室裏で騒がしくしていても誰もこちらを見ていないようだった。
「たまには言い訳でもしてみろよ。やめてくださいって言ってみろよ」
足音を消して近づく。先生を呼びにいくことよりもそこに耀くんがいるのかを確認したかった。
やはり耀くんがいた。四人ほどの上級生が地面にうずくまった耀くんを囲んでいる。耀くんの体は痛みを堪えるように震えていた。
「助けてって言えば、お前のオヤジが来てくれるかもしれねーぞ? 言ってみろよ、おい」
「……っ」
「言ってもこねーよな? 来ても意味がねーもんな?」
「来たところで、お前のオヤジは誰も助けられねーだろ」
一発。うずくまった耀くんの腹部に蹴りが入る。苦しげに顔を歪めたのが切なくて、咄嗟に顔を背けてしまった。だがそれでも耀くんは何も言わない。
上級生の一人が耀くんの腕を掴み、制服の袖をまくった。それから仲間に下卑た笑みで提案をする。
「もう一発、ヤキいれてやれよ」
「パパ助けてー、ぼくの腕が火事でちゅよー! ってか。ウケるわ」
そしてポケットから取り出したのはたばことライター。その使い道を示すように、耀くんの腕には赤い痕のようなものがいくつか残っていた。少し離れたここから見てもわかる異質な痕。周囲はピンク色に腫れあがり、その中央に丸く焼けただれて変色したものがある。まだ新しい火傷の痕のように見えた。
これ以上黙って見ていられない。助けなきゃ。飛び出そうとした私だったが、その体を止めたのは上級生の一人が発した言葉だった。
「芽室の代わりに、お前が死ねばよかったのにな」
芽室、芽室。その名前は簡単に記憶を呼び起こす。図書委員で会った芽室先輩の顔まではっきりと。
でもそれは異なるのだとすぐに気づいた。芽室先輩は死んでいない、生きている、のに。
じゃあ誰が死んだの?
その時、背後から土を踏みしめるざらついた音が聞こえた。振り返れば、そこにいたのは息を切らしている芽室先輩だった。
どうしてここにいるのだろう。また見てみぬふりをするのではないか。疑うように睨みつけていると、芽室先輩は私を見つめてふっと笑った。
背を向けて、離れていく。芽室先輩を追いかける間はなかった。それよりも芽室先輩がこの状況を知っても見ぬふりをして離れていったことに怒りが沸いていた。こんなにも耀くんがひどい目にあっているのに、どうして。
私は芽室先輩のことを忘れて耀くんの元へ駆けていく。「やめてください!」と叫びながら。
恐怖はもうなくなっていた。芽室先輩への怒りだけで動いている。あの人は見てみぬふりをしたけれど、私は違うのだと示したくて。
「あ? お前、この間の一年――」
「先生、呼びました! ここに先生来ますから!」
前回と同じ嘘をついて、上級生たちの間に割りこむ。そして力なくぐったりとしている耀くんを守るように手を広げて立った。
「ひどいことしないで! こんなことするなんて、最低です!」
思いつくままに叫ぶが上級生たちは首を傾げたり、笑ったりとしていてなかなか響かない。それどころか、その手が私へと向けられた。
「邪魔すんじゃねーよクソ一年!」
襟を掴まれ、喉が苦しくなる。上級生は私よりも背が高く、間近で見上げれば自分がとても小さな人間のように感じた。これなら簡単に殴られて、殺されたっておかしくない。そう感じるほどの威圧感が私の首を締めあげている。
「や、めてくだ……」
言いかけた時、ずるりと耀くんの腕が動いた。辛そうな顔をして、泣きそうな瞳に私を映す。それから震えた声で呟いた。
「そいつは……関係な、い」
「うるせーな!」
上級生の注目は私から耀くんへと移る。他の上級生が耀くんの腹部を蹴りあげようとして――そこで、先生の声が聞こえた。
「お前ら!」
誰かが呼んだのか、先生は走ってこちらへとやってくる。それに気づいた上級生たちは私を解放し、散り散りに去っていった。
前回も今回も。こうして先生がきたのは――どうしてなのだろう。息苦しさから解放されてむせながら地面に座りこむ。その間、頭に浮かんだのは誰が先生を呼んだのかという疑問だった。
「穂別……お前、」
駆けつけた先生は私たちの間に座りこみ、特にうずくまって体を震わせている耀くんを気にかけているようだった。しかし耀くんは前回と同じく、何も語らない。
「……転んだだけです」
「嘘だろ。俺は見てたんだ」
「あいつらと……喧嘩して」
「穂別。本当のことを言ってくれ、お前の力になる。だから――」
どれだけ先生が歩み寄ろうとしてもその手を取らなかった。耀くんは「先生には関係ありません」とそっけない一言を残して、よろよろと立ち上がる。
その背を見送ってから、先生は私に向き直った。
「お前はこの間もいた生徒だな。詳しく聞きたいんだが、教えてくれるか?」
私は頷いた。先生ならば耀くんを助けられるのかもしれない。私じゃ上級生たちを止めることができないのだから。
耀くんがいじめられていたことを忘れられず、近くを通りかかるたびに覗きこむようにはしていたが、あれ以来いじめられている現場を目撃することはなかった。
校舎裏を確認するが――今日もいない。安心したような耀くんに会えなくて残念なような、複雑な気持ちを抱きながら踵を返そうとした時だった。
「穂別!」
少し離れたところから、怒声。
瞬間に私は理解した。あれから一度もいじめられていないのではなく、彼らは場所を変えたのだ。それは私に見つかってしまったからだろう。
恐怖はあれど足を進める。どうせ地球は終わるんだから、みんな死ぬんだから。白猫との約束を呪文のように心中で唱え、声がした方へと向かった。
そこは校庭の端、運動部の部室裏で行われていた。校庭には昼休みにも部活の練習に励む生徒がちらほらといたが、皆気づいているのか気づいていないふりをしているのか、上級生たちが部室裏で騒がしくしていても誰もこちらを見ていないようだった。
「たまには言い訳でもしてみろよ。やめてくださいって言ってみろよ」
足音を消して近づく。先生を呼びにいくことよりもそこに耀くんがいるのかを確認したかった。
やはり耀くんがいた。四人ほどの上級生が地面にうずくまった耀くんを囲んでいる。耀くんの体は痛みを堪えるように震えていた。
「助けてって言えば、お前のオヤジが来てくれるかもしれねーぞ? 言ってみろよ、おい」
「……っ」
「言ってもこねーよな? 来ても意味がねーもんな?」
「来たところで、お前のオヤジは誰も助けられねーだろ」
一発。うずくまった耀くんの腹部に蹴りが入る。苦しげに顔を歪めたのが切なくて、咄嗟に顔を背けてしまった。だがそれでも耀くんは何も言わない。
上級生の一人が耀くんの腕を掴み、制服の袖をまくった。それから仲間に下卑た笑みで提案をする。
「もう一発、ヤキいれてやれよ」
「パパ助けてー、ぼくの腕が火事でちゅよー! ってか。ウケるわ」
そしてポケットから取り出したのはたばことライター。その使い道を示すように、耀くんの腕には赤い痕のようなものがいくつか残っていた。少し離れたここから見てもわかる異質な痕。周囲はピンク色に腫れあがり、その中央に丸く焼けただれて変色したものがある。まだ新しい火傷の痕のように見えた。
これ以上黙って見ていられない。助けなきゃ。飛び出そうとした私だったが、その体を止めたのは上級生の一人が発した言葉だった。
「芽室の代わりに、お前が死ねばよかったのにな」
芽室、芽室。その名前は簡単に記憶を呼び起こす。図書委員で会った芽室先輩の顔まではっきりと。
でもそれは異なるのだとすぐに気づいた。芽室先輩は死んでいない、生きている、のに。
じゃあ誰が死んだの?
その時、背後から土を踏みしめるざらついた音が聞こえた。振り返れば、そこにいたのは息を切らしている芽室先輩だった。
どうしてここにいるのだろう。また見てみぬふりをするのではないか。疑うように睨みつけていると、芽室先輩は私を見つめてふっと笑った。
背を向けて、離れていく。芽室先輩を追いかける間はなかった。それよりも芽室先輩がこの状況を知っても見ぬふりをして離れていったことに怒りが沸いていた。こんなにも耀くんがひどい目にあっているのに、どうして。
私は芽室先輩のことを忘れて耀くんの元へ駆けていく。「やめてください!」と叫びながら。
恐怖はもうなくなっていた。芽室先輩への怒りだけで動いている。あの人は見てみぬふりをしたけれど、私は違うのだと示したくて。
「あ? お前、この間の一年――」
「先生、呼びました! ここに先生来ますから!」
前回と同じ嘘をついて、上級生たちの間に割りこむ。そして力なくぐったりとしている耀くんを守るように手を広げて立った。
「ひどいことしないで! こんなことするなんて、最低です!」
思いつくままに叫ぶが上級生たちは首を傾げたり、笑ったりとしていてなかなか響かない。それどころか、その手が私へと向けられた。
「邪魔すんじゃねーよクソ一年!」
襟を掴まれ、喉が苦しくなる。上級生は私よりも背が高く、間近で見上げれば自分がとても小さな人間のように感じた。これなら簡単に殴られて、殺されたっておかしくない。そう感じるほどの威圧感が私の首を締めあげている。
「や、めてくだ……」
言いかけた時、ずるりと耀くんの腕が動いた。辛そうな顔をして、泣きそうな瞳に私を映す。それから震えた声で呟いた。
「そいつは……関係な、い」
「うるせーな!」
上級生の注目は私から耀くんへと移る。他の上級生が耀くんの腹部を蹴りあげようとして――そこで、先生の声が聞こえた。
「お前ら!」
誰かが呼んだのか、先生は走ってこちらへとやってくる。それに気づいた上級生たちは私を解放し、散り散りに去っていった。
前回も今回も。こうして先生がきたのは――どうしてなのだろう。息苦しさから解放されてむせながら地面に座りこむ。その間、頭に浮かんだのは誰が先生を呼んだのかという疑問だった。
「穂別……お前、」
駆けつけた先生は私たちの間に座りこみ、特にうずくまって体を震わせている耀くんを気にかけているようだった。しかし耀くんは前回と同じく、何も語らない。
「……転んだだけです」
「嘘だろ。俺は見てたんだ」
「あいつらと……喧嘩して」
「穂別。本当のことを言ってくれ、お前の力になる。だから――」
どれだけ先生が歩み寄ろうとしてもその手を取らなかった。耀くんは「先生には関係ありません」とそっけない一言を残して、よろよろと立ち上がる。
その背を見送ってから、先生は私に向き直った。
「お前はこの間もいた生徒だな。詳しく聞きたいんだが、教えてくれるか?」
私は頷いた。先生ならば耀くんを助けられるのかもしれない。私じゃ上級生たちを止めることができないのだから。
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