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それからの生活
部屋と鍋と私 2
しおりを挟む本日のメニューは鍋。
私、本田薫が会社帰りに買ってきた材料を、優一さんが手際よく刻んでいく。
我が家の鍋にネギは存在しない。
それは、モドキとマロンがうっかり食べてしまう事故を防ぐため。
まあ、あれだけ減らず口を叩けるモドキが、うっかり口にするとは思えないが。マロンも、モドキに口を酸っぱくして言い含められているし。
念のためという奴だ。
それでも、鱈や鶏肉がメインの鍋は美味しそうに煮えている。
豆腐も大根も、きっと肉の風味が移って美味しい。
優一さんが、大根に唐辛子を刺して削って作ってくれた紅葉おろしは、きっとポン酢の中で良い仕事をしてくれるはずだ。
「西島さんと小松さんがそんなことを……」
「ええ。まあ、放っておいても良いんですが、一応、相談します」
「しかし、別居って言っても隣同志だし」
「そうなんですよね。今更、何が同居と違うというのか」
院生の柏木優一の学費は、そのまま柏木の両親が払ってくれているし、生活費は、祖母であるおソノの獣医師診療所の給与で賄っている。
だからこそ、今の別居生活の方が、お互い気兼ねなく快適な気はするのだが。
部屋を別にして、でも時々こんな風に鍋をかこんで。私は、自由に居させてもらっている。
「うーん。でも、やっぱり一緒に住んだ方がいいのかな?」
私は悩む。
確かに、引っ越しの手続きや作業が面倒で、そのままの生活を続けていたが、不自然と言えば不自然だ。
西島達の意見も分からなくもない。
「何を迷うことがある? お互いに快適ならそれでいいだろう?」
最近ドはまりしている『猫将軍様専用煮干しデラックス』をポリポリとかじりながらモドキが笑う。「ワン」とマロンが一声鳴いたのは、その通りだと言っているのだろう。
「まあ、動物界では、もっと結婚は多彩ですから。知っていますか? 『オシドリ夫婦』なんて言いますが、オシドリは、繁殖期を過ぎれば、一度ペアを解消するんです」
「それ、離婚でしょうが」
「そう……ともいいましょうか……」
柏木優一よ。それは例が悪すぎる。
もっとこう、なるほどという例はないのか。
「そんな無駄なことを考えていないで、早くビールをよこせ!」
缶ビールを前にうずうずしているモドキ。
モドキ専用のお猪口に注いであげれば、目を輝かす。
「まだ飲んじゃ駄目よ。一緒に食べるんだから」
「薫、てめえ! 意地が悪いな!! ビールは泡が消える前に飲むのが美味いのだろうが!!」
コタツをバンバンと叩いてモドキが抗議する。
見た目は、モフモフ長毛種の猫そのものなのに、ビールのお預けを喰らっている姿は親父そのものだ。
「私の人生の問題を無駄と一蹴するのが悪い」
「くっ! しかし、薫。いいのか? そのまま同居なぞしてみろ。薫の普段の悪行が、そのまま柏木にバレてしまうぞ?」
「悪行? はあ?」
濡れ衣も良いところだ。
私にやましいところなんてない。
「え、何かあるんでしょうか?」
不安そうな表情を浮かべる優一。
待って、大丈夫だから。モドキの口車に乗らないで。
「ティミー様とやらのビデオを観ながら、『キャアア』と絶叫して……」
「待て! 悪行とはそのことか!!」
推しを前にした人間の所業なんて、それはとても他人様に見せられた物ではない。
推し活というものに理解のある優一さんでもドン引きするかもしれない。
まあ、猫ガチ勢で、猫を吸うという珍しい趣味のある優一さんなら、平気かも知れないとも思わなくもないが。
「それだけではない。ビールを飲みながら胡坐をかいて、『かぁ~!』っと……」
「モ、モドキ? すこ~し黙ろうか?」
同居している動物。それは、私の生活の全てをつぶさに見ている存在。
それがこんな風に、減らず口を人間語でつぶやけば、とんでもない事になる。
おのれ、モドキ。
人の弱みを!!
「ワン!」
マロンが一言。普段、だらしないのが悪いんでしょ? とおっしゃっているようだ。
ええ、反省します。
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