77 / 156
料理用語71
しおりを挟む
獣医師国家試験。
それは、二月の中頃の火曜日と水曜日。二日間の日程で行われる。
二月の中頃……つまり、それは、バレンタインデーがつぶれることを意味する。
きっと、この日程で国家試験を行うことを取り決めた過去の重鎮は、本気でリア充の爆発を願ったに違いない。このやろう。
ということで、私と柏木は、当日は会うことを諦めて、国家試験が終わった後に少しだけ会おうと約束している。
国家試験が終わっても、まだ研究は終わらない。むしろ最後の詰めの時期に入ってしまうからだ。本当に、院試、国家試験、普段の研究、授業、卒論・・・と、獣医学部の六年生ってハードなんだと身を持って知る。
きっと、世の人間の医師や弁護士、看護師などその他の専門職の方々も、とんでもない苦労をして頑張っておられるのだろう。その努力に支えられて世の中は回っているのだから、頭の下がる思いだ。
その獣医師国家試験の当日。私は、柏木とその友人たちの健闘を祈りつつ、平和に柿崎と幸恵と私の三人で、昼食を取っていた。
私はいつものパン。柿崎は自作弁当。そして、料理勉強中の幸恵も、自作の弁当を広げる。
柿崎の弁当を見て、幸恵が必死でメモを取っている。
料理上手な柿崎の弁当、料理を猛勉強中だという幸恵には、参考になる点も多いのだろう。勉強しているのは、偉いと思う。だが、柿崎は食べ辛らそうだ。
「ねえ、そろそろ唐揚げ食べちゃっていい?」
使った調味料の説明を終えた柿崎がぼやく。
「一個、私の作った唐揚げと交換して下さるなら」
「ええ~。あんたの唐揚げ怖いんだけど。この間生焼けだったでしょ? 死ぬかと思った」
鶏肉を生焼け……しかも弁当。
食中毒を引き起こす細菌達が、懇親会を開く勢いで増殖していそうだ。
「だって、柿崎さんが、二度揚げするって教えてくれなかったから」
出たな、幸恵お得意の責任転嫁。
お金を払って先生として柿崎が指導しているなら、百歩譲ってその責任は柿崎にもあるかもしれないが、厚意で柿崎は料理の仕方を教えているのだ。
料理の失敗を柿崎のせいにするのは、いかがな物かと思う。
「今度は大丈夫です。たぶん」
たぶん……。人に食べさせるのに、たぶんってどうよ?
幸恵が、勝手に柿崎の弁当箱から唐揚げを一個強奪して、空いたスペースに自分の唐揚げを突っ込んでくる。
柿崎が、恐る恐る唐揚げを箸で割ってみる。
今回は、ちゃんと火が通ってそうだ。柿崎は、幸恵の唐揚げを口に運ぶ。
「カライ……。ねえ、塩入れ過ぎ」
「あれ、お弁当は少し濃いめの味付けの方が美味しいのでは?」
「少しだってば。これは濃すぎ。そうね……塩だけに頼らず、お弁当の時は、胡椒やレモンで味を少し足したら?」
柿崎は、親切だ。
性格上合わないと言っていた幸恵にも、頼られれば、ちゃんと教えてあげる。
だが、柿崎よ。料理下手を舐めてはいけない。
私もそうだから分かる。「少し」「もったり」「心持ち」「ひたひた」「綺麗な焼き色」……料理が得意な人が常識として使う用語が、料理の出来ない人間には、さっぱり分からないのだ。
どの程度を「少し」と言い、生クリームは、どの状態が「もったり」で、山椒はどんな「心持ち」で振りかけて、煮物は何がどう「ひたひた」したら正解で、どんな色が「綺麗な焼き色」というのか。想像も出来ないのだ。自慢じゃないが。
きっと、次は酸っぱい唐揚げか、胡椒まみれの唐揚げを柿崎は食べることになるだろう。
「分かりました。レモンと胡椒ですね」
幸恵は、上機嫌でメモを取っていた。
「少しだからね、少し!!」
柿崎の心からの願いは、果たして聞き届けられるのだろうか?
それは、二月の中頃の火曜日と水曜日。二日間の日程で行われる。
二月の中頃……つまり、それは、バレンタインデーがつぶれることを意味する。
きっと、この日程で国家試験を行うことを取り決めた過去の重鎮は、本気でリア充の爆発を願ったに違いない。このやろう。
ということで、私と柏木は、当日は会うことを諦めて、国家試験が終わった後に少しだけ会おうと約束している。
国家試験が終わっても、まだ研究は終わらない。むしろ最後の詰めの時期に入ってしまうからだ。本当に、院試、国家試験、普段の研究、授業、卒論・・・と、獣医学部の六年生ってハードなんだと身を持って知る。
きっと、世の人間の医師や弁護士、看護師などその他の専門職の方々も、とんでもない苦労をして頑張っておられるのだろう。その努力に支えられて世の中は回っているのだから、頭の下がる思いだ。
その獣医師国家試験の当日。私は、柏木とその友人たちの健闘を祈りつつ、平和に柿崎と幸恵と私の三人で、昼食を取っていた。
私はいつものパン。柿崎は自作弁当。そして、料理勉強中の幸恵も、自作の弁当を広げる。
柿崎の弁当を見て、幸恵が必死でメモを取っている。
料理上手な柿崎の弁当、料理を猛勉強中だという幸恵には、参考になる点も多いのだろう。勉強しているのは、偉いと思う。だが、柿崎は食べ辛らそうだ。
「ねえ、そろそろ唐揚げ食べちゃっていい?」
使った調味料の説明を終えた柿崎がぼやく。
「一個、私の作った唐揚げと交換して下さるなら」
「ええ~。あんたの唐揚げ怖いんだけど。この間生焼けだったでしょ? 死ぬかと思った」
鶏肉を生焼け……しかも弁当。
食中毒を引き起こす細菌達が、懇親会を開く勢いで増殖していそうだ。
「だって、柿崎さんが、二度揚げするって教えてくれなかったから」
出たな、幸恵お得意の責任転嫁。
お金を払って先生として柿崎が指導しているなら、百歩譲ってその責任は柿崎にもあるかもしれないが、厚意で柿崎は料理の仕方を教えているのだ。
料理の失敗を柿崎のせいにするのは、いかがな物かと思う。
「今度は大丈夫です。たぶん」
たぶん……。人に食べさせるのに、たぶんってどうよ?
幸恵が、勝手に柿崎の弁当箱から唐揚げを一個強奪して、空いたスペースに自分の唐揚げを突っ込んでくる。
柿崎が、恐る恐る唐揚げを箸で割ってみる。
今回は、ちゃんと火が通ってそうだ。柿崎は、幸恵の唐揚げを口に運ぶ。
「カライ……。ねえ、塩入れ過ぎ」
「あれ、お弁当は少し濃いめの味付けの方が美味しいのでは?」
「少しだってば。これは濃すぎ。そうね……塩だけに頼らず、お弁当の時は、胡椒やレモンで味を少し足したら?」
柿崎は、親切だ。
性格上合わないと言っていた幸恵にも、頼られれば、ちゃんと教えてあげる。
だが、柿崎よ。料理下手を舐めてはいけない。
私もそうだから分かる。「少し」「もったり」「心持ち」「ひたひた」「綺麗な焼き色」……料理が得意な人が常識として使う用語が、料理の出来ない人間には、さっぱり分からないのだ。
どの程度を「少し」と言い、生クリームは、どの状態が「もったり」で、山椒はどんな「心持ち」で振りかけて、煮物は何がどう「ひたひた」したら正解で、どんな色が「綺麗な焼き色」というのか。想像も出来ないのだ。自慢じゃないが。
きっと、次は酸っぱい唐揚げか、胡椒まみれの唐揚げを柿崎は食べることになるだろう。
「分かりました。レモンと胡椒ですね」
幸恵は、上機嫌でメモを取っていた。
「少しだからね、少し!!」
柿崎の心からの願いは、果たして聞き届けられるのだろうか?
応援ありがとうございます!
4
お気に入りに追加
299
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる