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祝いの言葉56

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「チクショー」

 今日も元気に小梅が叫ぶゼミ室。
 賽の河原で石を積み続ける亡者のように、今日もパソコンに向かうゼミ生達。その中で、一人お花畑にいるようにウキウキと作業を柏木はすすめていた。

「柏木、幸せオーラはみ出てるから。ちょっと自粛して」

 西島が、ヘニョヘニョの笑顔の柏木に注意する。
 落ち込んで、バーバモジャ化されても困るが、この幸せオーラは、すさんだ身には危険だ。まるで日光を浴びせかけられた吸血鬼のように灰塵と化してしまいそうだ。

「あ、すみません。気を引き締めます」

 柏木は、気合を入れ直してパソコンに向かう。
 駄目だ。集中しないと。もし、気が緩んで失敗したら、それこそ、薫さんに顔向けできない。がっかりさせてしまう。……でも、薫さんも、僕とのことを考えてくれていたなんて。嬉しすぎる。……だんだんと、また頬が緩んできてしまう。

 柏木のスマホに、着信が入る。本田薫からだ。

 見れば、「誕生日プレゼントです。遅れてごめんなさい」というメッセージと共に数分の動画。これは、音声に注意しないと……。イヤフォンをつけて再生してみる。

 画面は、モドキとマロンとラクシュが映っている。
 実家の柏木の使っていた子供部屋。ラクシュとモドキとマロンが、並んでそこに座っている。可愛い。もうその絵面だけで、満足してしまいそうだ。これから、何をやってくれるのだろうと観ていると、薫の声。

「ええっと。せっかくだから、モドキにラクシュの言葉を通訳してもらってお伝えします。お祝いの言葉をもらいたいと、ラクシュに頼んでみました」

 ラクシュの言葉? 確かにそれは興味ある。
 長年一緒にいて、こう考えているのではと、感じてはいるが、人間の言葉にして聞けるのは、とても嬉しい。

 モドキは、ラクシュを見て語り出す。

「……誕生日の祝いということ。おめでとう優一」

 モドキが語る言葉、ラクシュの言葉なのだと思うとドキドキする。

「こんな女まで連れてくるとは、大きくなったものだ。いじめられっ子で、よく泣いていたのが、昨日のことのようなのに……。覚えておるか? 私のしっぽを引っ張ろうとしたいじめっ子を優一が突き飛ばして、いじめっ子が優一を殴ってきたのを私が思い切り引っ掻いて。いじめっ子は、大泣きで家に帰った。後で、親同士が揉めたが、あれは愉快だった」

 待って、これから黒歴史の暴露? 撮影は、薫さんだよ。薫さんが聞いているんだよ? ラクシュ。押さえて。

「何をするにも一緒で、優一を守るのは私だと、ずっと思っていた。なのに、いつの間にか、大きくなって大人になっていたのだな。誕生日を重ねるごとに、お前は、世界を広げた。お前が、獣医になりたいと言った時、園子婆は、反対した。動物好き過ぎる優一には、命に向き合うのは辛すぎるだろうと思ったからだ。だが、私は、信じていた。お前なら大丈夫だと」

 微笑んでいるようなラクシュ。
 言葉は、優しい。
 信じてくれていたんだ。ラクシュが病気になった時、何もできないで、園子婆ちゃんに頼るしかない自分が不甲斐なくて嫌だった。だから、自分も獣医になりたいと決意した。

「獣医になるには、金がかかる。だから、国公立だけ、下宿するなら自分でバイトして費用を稼げと制約を入れられて、それでも頑張った。それから二回。二回も受験に失敗しても、くじけなかったお前を、ずっと見ていた」

 ラクシュが傍にいてくれたから、頑張れた。くじけそうな時には、傍に来て寄り添ってくれた。言葉は分からなくても、ラクシュが励ましてくれているのは、分かった。

「五年ほど前。少しでも学校の傍に住まないと体がもたないと、下宿して家を出て行った時も、優一が頑張るためだと、私は快く見送った。……信じていたからだ。動物を扱う辛い実験のあった時、くじけそうになった時。時々弱音を吐きに帰ってはきたが、それでもまた立ち向かっていく優一。その姿を頼もしく見ていた。……そして、今、やっと夢までもう一歩のところまで来たのであろう? ……私は、待っている。お前が夢に全力で挑んでいるのだと信じて、この部屋で。当たって砕けてもいい。全力を尽くせ。砕けた時は、私が、この部屋でお前をまた、支えてやるから。……優一。お前の相棒になれて、私は幸せな猫だった」

 モドキを通じて伝えられるラクシュの言葉が、心の底に温かく溜まっていく。
 ポロポロと目から零れ落ちる涙が、止められない。
 五年も、五年も傍にいられなくて、自分の都合のいい時にしか、家に帰っていなかったのに、そんな風に思ってくれていたんだ。

 ラクシュ、頑張る。頑張るから。待っていて。
 
 ボロボロと泣きながら作業に向かう柏木の様子に、「チクショー」と、小梅が温かいエールを送ってくれていた。
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