59 / 156
星空の下でした54
しおりを挟む
モドキが猫だってバレたら、面倒なことになる。
だって、ここに居るのは、皆、獣医のタマゴ、動物好き。しかも、しゃべる猫だなんてかっこうの研究材料だ。モドキがどんな目に合うか分からない。
柏木は電話を西島から奪い返して、慌てて廊下に走る。
「モドキちゃん……キャバクラ嬢の源氏名?」
「ないだろう。マニアックすぎ」
綾瀬が即答する。
そんなの聞いた事ない。どんなマニアな店なんだ。
「薫さんのあだ名?」
「どう変換してもそうはならないだろう? 近所の猫友とかじゃない?」
鴨川、綾瀬、小松、西島は、血相を変えて必死で電話を取り戻した柏木の態度に、あれこれ想像を膨らましていた。
柏木は、建物の屋上に出てきた。ここならば、誰かに聞かれることはないだろう。屋上の隅に座って、電話を続ける。
「もしもし、どうしたの?」
柏木が聞けば、
「薫が泣いている」
とモドキが答える。
薫さんが? どうして泣いているの?
「事前に柏木にちゃんと説明を入れなかったこと、許してやってくれまいか?」
「え、僕、何も怒っていませんよ」
僕が怒る理由なんて何もない。
僕のせいで薫さんが泣いているの? どうして?
「面倒だ。代わるぞ」
「わ、モドキ、約束が違う……。もしもし?」
薫の声に、心臓がキュッと締め付けられる気がする。
言葉を返さなければならないのに、言葉が空回りして出てこない。
「ごめんなさい。誤解するような行動して。それと・……ですね」
薫の後ろで、「ワン」というマロンの声がする。早く言えって急かされているのだろう。だけれども、よっぽど言い難いことを言おうとしているのか、薫の言葉、次につながらない。
柏木によぎるのは、
自分では、もう駄目なのかもしれない。
ということ。
「幸せですか?」
柏木は聞いてみる。
「薫さんは、僕と付き合っていて幸せでいてくれていましたか? たぶん、それが一番重要です」
「もちろん。優一さんと付き合って、幸せだった」
薫が即答してくれる。
良かった。幸せでいてくれたんだ。
非力で何にもしてあげられないし、お金もない。会う時間すら作ってあげられない。社会人の彼女からしたら、物足りなすぎる相手なのに。
「もし、薫さんが水島さんを好きになったのなら……。その時は、僕は諦めた方がいいと思うんです。あんなしっかりして爽やかなイケメンの方。僕では敵いません」
「え、ちょっとだからそれが誤解で……」
「諦めた方が、いいと思うんですけれども……駄目みたいです。ごめんなさい」
未練がましい自分に柏木は自己嫌悪する。
「前にも言いました通り、僕は、薫さんと、ずっと一緒にいたいと思っています。こんな事、僕のような先も分からない奴が言うのは、大変失礼かもしれませんが……。だけど……」
西島達の言う通りかもしれない。
ウジウジと考えているよりも、はっきり自分の考えを話して。それでフラれるのならば、仕方ない。いっそ、今の方が傷は浅いはずだ。
「大好きだから」
薫からの攻撃に、柏木は一瞬怯む。
「あ、愛してるでしたっけ?」
びっくりした。突然の合言葉の要求。モドキに教えてもらった言葉。以前に、この合言葉のお陰で、薫から、嬉しい言葉をもらえた。
「じゃなくって、本当に、優一さんが好きだから」
「私がこんなことを言うのは、重すぎかもしれないけれども、けれども……、私も一緒にずっといたいの。モドキとマロンと優一さんと。みんな一緒の未来しか、もう想像できないの。だから、信じて……ほしい……ん……です。で、だから……」
一気にまくしたてた薫の言葉が、だんだん減速する。
「しっかりせんか。あと一言。頑張るんだろう?」モドキが、薫を叱咤する声がする。「キャンキャン」とマロンが応援する声がする。モドキとマロンの声には、柏木も勇気が湧いてくる。
「「結婚のこと、考えてみませんか?」」
薫と柏木の二人の声は、電話越しに重なった。
だって、ここに居るのは、皆、獣医のタマゴ、動物好き。しかも、しゃべる猫だなんてかっこうの研究材料だ。モドキがどんな目に合うか分からない。
柏木は電話を西島から奪い返して、慌てて廊下に走る。
「モドキちゃん……キャバクラ嬢の源氏名?」
「ないだろう。マニアックすぎ」
綾瀬が即答する。
そんなの聞いた事ない。どんなマニアな店なんだ。
「薫さんのあだ名?」
「どう変換してもそうはならないだろう? 近所の猫友とかじゃない?」
鴨川、綾瀬、小松、西島は、血相を変えて必死で電話を取り戻した柏木の態度に、あれこれ想像を膨らましていた。
柏木は、建物の屋上に出てきた。ここならば、誰かに聞かれることはないだろう。屋上の隅に座って、電話を続ける。
「もしもし、どうしたの?」
柏木が聞けば、
「薫が泣いている」
とモドキが答える。
薫さんが? どうして泣いているの?
「事前に柏木にちゃんと説明を入れなかったこと、許してやってくれまいか?」
「え、僕、何も怒っていませんよ」
僕が怒る理由なんて何もない。
僕のせいで薫さんが泣いているの? どうして?
「面倒だ。代わるぞ」
「わ、モドキ、約束が違う……。もしもし?」
薫の声に、心臓がキュッと締め付けられる気がする。
言葉を返さなければならないのに、言葉が空回りして出てこない。
「ごめんなさい。誤解するような行動して。それと・……ですね」
薫の後ろで、「ワン」というマロンの声がする。早く言えって急かされているのだろう。だけれども、よっぽど言い難いことを言おうとしているのか、薫の言葉、次につながらない。
柏木によぎるのは、
自分では、もう駄目なのかもしれない。
ということ。
「幸せですか?」
柏木は聞いてみる。
「薫さんは、僕と付き合っていて幸せでいてくれていましたか? たぶん、それが一番重要です」
「もちろん。優一さんと付き合って、幸せだった」
薫が即答してくれる。
良かった。幸せでいてくれたんだ。
非力で何にもしてあげられないし、お金もない。会う時間すら作ってあげられない。社会人の彼女からしたら、物足りなすぎる相手なのに。
「もし、薫さんが水島さんを好きになったのなら……。その時は、僕は諦めた方がいいと思うんです。あんなしっかりして爽やかなイケメンの方。僕では敵いません」
「え、ちょっとだからそれが誤解で……」
「諦めた方が、いいと思うんですけれども……駄目みたいです。ごめんなさい」
未練がましい自分に柏木は自己嫌悪する。
「前にも言いました通り、僕は、薫さんと、ずっと一緒にいたいと思っています。こんな事、僕のような先も分からない奴が言うのは、大変失礼かもしれませんが……。だけど……」
西島達の言う通りかもしれない。
ウジウジと考えているよりも、はっきり自分の考えを話して。それでフラれるのならば、仕方ない。いっそ、今の方が傷は浅いはずだ。
「大好きだから」
薫からの攻撃に、柏木は一瞬怯む。
「あ、愛してるでしたっけ?」
びっくりした。突然の合言葉の要求。モドキに教えてもらった言葉。以前に、この合言葉のお陰で、薫から、嬉しい言葉をもらえた。
「じゃなくって、本当に、優一さんが好きだから」
「私がこんなことを言うのは、重すぎかもしれないけれども、けれども……、私も一緒にずっといたいの。モドキとマロンと優一さんと。みんな一緒の未来しか、もう想像できないの。だから、信じて……ほしい……ん……です。で、だから……」
一気にまくしたてた薫の言葉が、だんだん減速する。
「しっかりせんか。あと一言。頑張るんだろう?」モドキが、薫を叱咤する声がする。「キャンキャン」とマロンが応援する声がする。モドキとマロンの声には、柏木も勇気が湧いてくる。
「「結婚のこと、考えてみませんか?」」
薫と柏木の二人の声は、電話越しに重なった。
応援ありがとうございます!
4
お気に入りに追加
299
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる