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毛布33

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 三月十四日。ホワイトデーにも、研究室にこもる日々。今のゼミの研究が、野生動物の観察である以上、毎日のように研究室のメンバーと入れ替わりで研究個体の観察を続けることは、仕方ないこと。それが嫌なら、獣医学部なんてやっていられない。

 松本幸恵に襲われてから、怖くて柏木は、バイトを辞めていた。どうせ六年になれば、卒論と院試、国家試験の勉強で、今以上に忙しくなってバイトどころでは無くなる。いっそ丁度良い機会だったと思うから、それに後悔はない。

 だが、せっかく付き合い出したというのに、ほとんど会えていないのは、本田薫に申し訳ないと思う。

 自分の部屋の明かりをつければ、何か大きな包みがあることに気づく。

「なんだろう?」

 開けてみれば、毛布が一枚入っている。

 こ、これは……。

 最近とある企業で開発された、猫の手触りを猫好きの手で再現したという毛布。開発者が猫好きであるにも関わらず猫を飼えないという自身の苦しみから生み出した一品。
 さわれば、モフモフの触感に感動する。開発者の猫愛が、これでもかと伝わってくる。
 添えられたメッセージカードは、本田薫から。

「お疲れ様です。バレンタインデーのお返しです」と書かれている。
 メッセージカードの下に、QRコードが付いていることに気づく。

 スマホをかざしてみれば、動画につながっている。

 明るいラテン系のリズム。以前に流行ったその曲は、柏木も聞いた事がある。
 モドキの好きな『暴れすぎ将軍』の役者が歌う陽気な曲。

 か、可愛い……。

 曲に合わせてサンバを歌って踊るモドキとマロン。モフモフの体が楽しげに弾む。
 毛布を抱きしめながら動画を見れば、そこにモドキたちがいるような錯覚に陥る。

 最高だ。

 毛布にスリスリとしながら、柏木は動画を堪能した。



 ホワイトデーの翌朝、起きた私は、柏木からのメッセージを確認する。

「ありがとうございます。動画も毛布も最高にモフモフでした」と、満足そうに毛布にうずもれる写真付きのメッセージ。
 良かった。喜んでもらえたようだ。

「喜んだようだな。まあ、儂とマロンの完璧な舞を柏木が喜ばないわけない」
モドキが偉そうに言う。

「しかし、あれだな」

「何よ」

「サンバ、サンバ……い、サンバイ、三倍という発想は、如何なものかと」

「だって、思い浮かばなかったんだもの」

 そう、三倍返しなんて、言われても困る。
 もはや、ダジャレでクリアーする以外の道は私には無い。

 マロンが、こちらを見ている。

「マロンが……」

 モドキがマロンの言葉を翻訳しようとする。

「発想がオヤジ臭いと言いたいんでしょ?」

 ええ、あのクリクリお目々の視線がそう言っているようにしか思えない。

「なんじゃ、薫もずいぶん動物語に長けてきたな」

 正解だったらしい。
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