【完】死にたがりの少年は、拾われて初めて愛される幸せを知る。

唯月漣

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第一章 常春と真冬編

1)死にたい世界。*【残酷な表現あり】

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「あーあ、アンタなんか産まなきゃ良かった!」
「アンタさえ居なければ、私は幸せになれるのに!」


 子供の頃から、俺の母さんは口癖のように俺にそう言っていた。
 子供の俺は素直に、自分は産まれてきちゃいけなかったんだ。
 自分が居るせいで、母さんに迷惑をかけているんだ。
 そう思って生きていた。

 だから中学高校はリストカットばかりしていたし、屋上に上がれば飛び降りたくなったし、紐を見たら首を吊る方法を考え、トラックがいれば轢かれてしまいたくなった。

 とにかく、あの頃の俺はとにかく毎日死にたかった。

 まぁ、今は違うのかと問われれば、今もそう大差はない。







「お兄さん、このあと空いてる? セックス……させてあげようか。その代わり、頭真っ白になるくらい良くしてくれる?」


 ゲイ専用のマッチングアプリで知り合った、中堅風のサラリーマン相手に、俺は不敵の笑みでそう言った。



 高校をなんとか卒業した俺は、すぐに母親のいるあの家を出た。
 昼間はカラオケ店、夜はバーでバイトをしている。

 俺は仕事が終わると家には帰らず、ゲイ専用のバーやマッチングアプリ、ハッテン場などで知り合った相手と一夜を共にし、宿を得ることを覚えた。


 猫っ毛の柔らかな髪と、長い睫毛に縁取られた切れ長の目。昼間の太陽をほとんど浴びない、白い肌。
 筋肉こそ人並みに付いてはいるが、二次性徴を迎え損なったような小柄な俺の体は、男達に喜ばれた。

 セックスさえしていれば、男たちは概ねみんな俺に優しかったし、必要とだってしてくれた。

 優しく抱きしめてもらい、唇を重ね、乳首を吸われる。ペニスを愛撫され、俺は喘ぎながら秘孔に男のモノをくわえ込む。
 ピストンに合わせて大げさに甘ったるい声で鳴いてやると、大抵の男は俺に夢中になった。

 俺も自ら腰を振って快楽を貪る。中には行為の最中に『愛してる』だなんて世迷言を宣う客もいた。


「……俺も」


 乱れた息で、俺は嘘ばかりの甘ったるい愛を囁く。
 愛ばかりではない。合わさる肌も、温もりも、快楽すらも。
 全ては、この地獄を生きるための嘘だ。


「なぁ、今夜はアンタの腕の中で眠らせてよ」


 情事が終わると、俺は決まってそうねだる。

 針のむしろみたいなこの世界で、唯一俺に許された"気休め"。
 誰かの腕の中にいる間だけは『生きていていいよ』と言われている気がした。





◇◆◇◆◇◆






「痛てて。ちっくしょ、派手にやりやがって……」


 空が白み始めた寝起きの繁華街を、近頃すっかり冷たくなった北風に背中を押されながら、俺はヨロヨロと歩いていた。
 枯れ落ち葉と共に吹き付ける風は、カサカサと乾燥していて、血の滲んでしまった掌の擦り傷をピリピリと乱暴に撫でた。

 あのサイトに来る男は大体顔見知りで、無体を働かれることは稀だったが、ときには"ハズレ"を引いてしまうこともある。
 昨夜の男は正にそれで、大ハズレも大ハズレ、クソハズレだった。

 擦り傷と鞭打ち跡だらけになってしまった顔や腕を隠すように、俺はパーカーの袖を引っ張る。寒々しい首元を隠すようにフードを被ると、頬の擦り傷がパーカーの生地に擦れて痛い。


 今夜の男は自称ドSだった。
 ホテルに着くなり俺を縛り付け、鞭を出してきたから、嫌な予感はしていたが。案の定奴は、とんだ三流ドSだった。
 俺は鞭で酷く叩かれ、散々ビンタやスパンキングを受けて、結局ろくな愛撫もされずに力で体を押さえつけられて、男根を無理やり挿入された。

 床に押さえつけられて乱暴にピストンされた際、あまりの痛みにジタバタと暴れたので、沢山の擦り傷が出来てしまったのだ。


「あんなん、俺じゃなかったら穴が裂けまくって流血惨事で死んでたぞ。クソッ!」


 そう悪態をついたが、さすがの俺も、体中の鈍痛に内心悲鳴を上げていた。
 特に、これでもかというほど鞭打たれた背中や尻、強姦に近いほど乱暴に扱われた秘孔は、もはや歩くのが限界な程にじんじんズキズキと酷く痛む。


「あ……、ヤバ……」


 傷をかばいながら歩いていたら、不意に視界がぐらりと歪んだ。
 やばい、早くバランスを取らなきゃ。
 そう思うのに、最早地面がどっちで空がどっちなのかすら、俺には分からなかった。

 コンマ、数秒。

 チカチカ光るラーメン屋の電飾看板の角が、あっという間に俺の顔面にどアップで迫った。

 ガツン! と頭蓋骨が看板の硬い角に当たる音と、その勢いで尻もちをつく痛み。そこから数秒遅れて、腹の上に勢いよく看板が倒れてめり込む衝撃までもが俺を襲う。


「ぐうっ……! ……いってぇ……」


 俺の意識が飛んだのは、恐らく数秒程度。
 顔面とみぞおち、右足首と右掌に、強い痛みが走る。俺は息を止めてその場にうずくまり、痛みが引くのを待った。


「え、うわっ! お前、大丈夫かよっ?!! 頭、血が出てるじゃねーか!」


 その時、物音に驚いた誰かが建物から出てきて、俺に声をかける。そいつは蹲ったままの俺を助け起こし、俺に倒れかかっていた重たい電飾看板を退けてくれた。


「血……?」


 はは。面倒臭い……。
 そんなのとっくに出てるよ、全身から。
 頼むからもう、ほっといてくれよ……。

 俺の視界は再びぐにゃりと歪み、視界の端には赤いものが映る。次第にそれは視界を真っ赤に染め上げ、不意にスイッチが切れるように視界が暗転した。



 ああ。俺、やっと死ねるのかなぁ…………。






◇◆◇◆◇◆






 俺は意識が溶けるかように深く深く眠っていた。

 眠っているのに瞼の裏側には意識はあって、そこはふわふわと温かくて、お日様のいい香りがする。

 痛いことも、悲しいことも、苦しいことも、きっとこの世界にはなくて、これがきっと天国なんだろうなぁと夢心地で思う。
 散々悪い事もしてきたし、恨みだって買って来た。だからきっと、俺は死んだら地獄に落ちるものと思っていたのに……。






 ガラガラガラ、シャッ!

 突然近くで聞き慣れた物音がして、俺の意識は一気に光の方へと引っ張られる。
 何がなんだかわからぬまま、深い湖の底に引っ込んでいた俺の意識は、深い深い場所で生まれた小さな泡のように、ゆっくりと水面に浮上していく。


「おはよう。起きられるか?」


 瞼の隙間から差し込む日の光が、眼球を溶かすように瞳に刺さる。
 じんわりと浮かび上がった景色と共に視界に飛び込んできたのは、逆光の中に立つ、笑顔の若い男だった。

 紺色の長袖Tシャツに、ダメージジーンズ。
 髪は短く刈り上げられ、体育会系の清潔感がある。鼻筋の通った男らしい顔立ちのその男は、窓際のカーテンの側から俺の方へ振り返り、しゃがみこんで俺に話しかけていた。
 
 あたりを見回せば、四畳半ほどの畳の部屋に敷かれた布団が見えた。どうやら俺は、この部屋に布団を敷かれ、寝かされていたようだった。


「覚えてるか? 今朝早くにお前がうちの店の前で倒れたのを、俺が拾ったんだよ。悪いなー、昨日に限ってバイトが店の看板を片付け忘れてたみたいで。とりあえず見えるところの応急処置はしといたけど、他に痛いとこは?」


 そう問われて、俺は上半身を恐る恐る起こす。案の定あちらこちらに鈍痛が走って、俺は顔を歪めた。


「あー、やっぱり。まだ痛い? てゆーかそれ、誰にやられたの。全身青あざと擦り傷だらけみたいだったけど、それ……殴られた傷じゃないよな?」


 "自称ドS男に拘束されて鞭打ちされ、プレイと称して強姦紛いのことをされたので、ヤバいと思って隙を見て逃げてきました"……だなんて答えられる訳もない。
 俺は言葉に詰まって、男の言葉を無視する形になる。

 よく見れば、痛みのある箇所には湿布や絆創膏が丁寧に貼られており、額の傷には清潔なガーゼが貼られていた。
 額の傷は恐らく、転倒したときに出来た物だろう。


「あー。言いたくないなら、まぁいいや。腹減ってないか? 朝ごはん、食べられるか? ……と言っても、もう昼過ぎだけど」


 そう言って男は部屋を出ると、階段を降りていく。


 少しして、男は盆を一つ持って部屋に戻ってきた。
 盆の上には丼が一つと味噌汁、箸とほうじ茶らしき湯呑みが一つ載っていた。
 狭い室内はあっという間に味噌汁の香りで満たされ、俺の腹の虫は思わずキュウッと音を立てた。
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