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2章 ファナエル=???
宣戦布告
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「シンガン……超能力組織?ちょっと待て、いきなりそんな事言われてもー」
「簡単には飲み込めないなのですよね、気持ちは分かるのです」
氷雨と名乗った少女はうんうんと首を振りながら、一歩、また一歩とこちらに近づいてくる。
そんな彼女が何だか妙に恐ろしい。
理由なんて全く分からないけどとてつもなく嫌な予感がする。
急いで距離を取ろるために俺は立ち上がり、足に力を入れるのだが……足先が何かで抑えられたかのようにピクリとも動かない。
その違和感を確かめるために自分の足元を見ると、なんと足首に絡まっている髪の毛が地面に根を張っていたのだ。
これじゃあ彼女からは逃げられない。
「それでも、あなたは気づいているはずなのですよ。自分の体に起こっている異変を」
スッと差し伸ばされた彼女の手が握っていたのは俺の身体に巻き付いている髪の毛の一部だった。
その小さな右手で神秘的にも思える銀色の髪を丁寧に触る彼女の目は少し虚ろだ。
目の前の髪の毛を見ているのではなく、それを通して遠い何かを思い起こしていると感じさせるなにかが彼女の目には宿っている。
「夢は繊細なのです。酒を飲んでひどく酔った時は夢の世界は視界を覆う霧が充満している、残業続きで大変だった仕事を評価されてボーナスが出た日には晴天のリゾートになる、夢は体や感情の変化と密接につながっているのです」
氷雨は「上を見てほしいのです」と言って左手の指をピンと上げる。
その指の先にある壮大な夜空は激しく輝く無数の星々を浮かべながらこの夢の世界を覆い尽くす存在感を放っていた。
「この夜空もお兄さんの心情を表しているのですよ。満点の星空が現れるときはなにか目標を達成して幸せになっている時なのです……夢に映るものは全て何かの暗示や警告を孕んでいるのですよ」
「……それじゃあ、緑一杯のこの地面も?」
「ええ。もちろんお兄さんに巻き付いているこの髪の毛も」
そう言い切った氷雨の目が虚ろなものから覚悟と哀愁を宿したものに変化する。
彼女は短く鋭い呼吸に合わせて髪の毛を握っていた右手を動かし、引きちぎったのだ。
『アアアアアアア!!!』
「ちょ、いきなり何を」
「その髪の毛はお兄さんの身体が変質している事を表しているのです」
引きちぎられた髪の毛が声にならない悲鳴をあげている。
その悲鳴はまるで俺に助けを求めるようだった。
いまだに巻き付いている髪の毛達は俺の身体を抱きしめるように強く強く締め付けている。
「こいつらがかわいそうじゃないか。いきなり引きちぎる事無かっただろ!!」
「……私は夢を操る超能力者なのです。その力を使ってあなたの身体を治療しているのですよ」
「さっきから体を治すとか俺の身体が変質してるとか、一体何の話をしてるんだよ!!」
俺は思わず鼻息を荒くしながら彼女に声をかけてしまう。
こんなに興奮しているのはさっきから聞こえてくる悲鳴のせいだ。
この髪の毛達がならす悲鳴が聞こえるたび、何故かファナエルが泣いている姿が思い浮んでしまう。
ファナエルがボロボロに傷つけられて泣いている姿を何度も何度も思い浮かべてしまうのが俺には耐えられなかった。
「貴方の身体は今何者かによって変質させられているのです。最近変な物を食べさせられたりしませんでしたか?」
「……それがどうした」
「心当たりがあるならその人と距離を取るべきなのです。その人はあなたの人生を大きく狂わせます」
髪の毛達が俺の身体を締め付けるたび、頭にジジジとノイズが響く。
そのノイズは説得を試みている氷雨の言葉を塗りつぶしていく。
『行かないで』
『捨てないで!』
『私を受け入れて!!』
『ここから切り離されるのは嫌!!!』
『もうあんな思いはしたくないの!!!!』
「大丈夫、大丈夫だよ。俺はどこにも行かないから」
髪の毛達を優しく撫で、離れない様にぎゅっと握りしめる。
気づけば夢の世界はひどく歪み始めていた。
そんな状況であるというのに氷雨は顔色一つ変えずにこちらを見つめている。
彼女が何を抱えて夢の中に侵入してきたのかは分からない、でも彼女の要求をのむ気は毛頭なかった。
「俺はファナエルと距離を取るつもりはない。たとえ彼女がどんな存在だったとしても」
「……お兄さんの気持ちを悪いとは言わないのです。でもその選択は間違ってる、だから私達はあらゆる手を尽くします」
グニャリ、グシャリと世界の輪郭が歪む。
バリン、ガシャンと空や地面が割れてゆく。
俺と氷雨の身体は形を変えて流動する世界の波に飲み込まれ、それぞれ別の場所に沈んでゆく。
崩壊していく夢の世界の隙間からは見覚えのある部屋の天井が姿を現していた。
『よかった、熱は無いみたい。キルちゃん部屋に案内してくれてありがとう』
『どういたしまして。にしてもこの寝顔ヤバすぎるでしょ、秋にぃどんな悪夢見てる訳?』
波に飲まれ、グラリグラリと流され、自分の姿も保てなくなって意識が朦朧とする中、ファナエルと斬琉の会話であろう声だけが妙にはっきりと聞こえてくるのだった。
「簡単には飲み込めないなのですよね、気持ちは分かるのです」
氷雨と名乗った少女はうんうんと首を振りながら、一歩、また一歩とこちらに近づいてくる。
そんな彼女が何だか妙に恐ろしい。
理由なんて全く分からないけどとてつもなく嫌な予感がする。
急いで距離を取ろるために俺は立ち上がり、足に力を入れるのだが……足先が何かで抑えられたかのようにピクリとも動かない。
その違和感を確かめるために自分の足元を見ると、なんと足首に絡まっている髪の毛が地面に根を張っていたのだ。
これじゃあ彼女からは逃げられない。
「それでも、あなたは気づいているはずなのですよ。自分の体に起こっている異変を」
スッと差し伸ばされた彼女の手が握っていたのは俺の身体に巻き付いている髪の毛の一部だった。
その小さな右手で神秘的にも思える銀色の髪を丁寧に触る彼女の目は少し虚ろだ。
目の前の髪の毛を見ているのではなく、それを通して遠い何かを思い起こしていると感じさせるなにかが彼女の目には宿っている。
「夢は繊細なのです。酒を飲んでひどく酔った時は夢の世界は視界を覆う霧が充満している、残業続きで大変だった仕事を評価されてボーナスが出た日には晴天のリゾートになる、夢は体や感情の変化と密接につながっているのです」
氷雨は「上を見てほしいのです」と言って左手の指をピンと上げる。
その指の先にある壮大な夜空は激しく輝く無数の星々を浮かべながらこの夢の世界を覆い尽くす存在感を放っていた。
「この夜空もお兄さんの心情を表しているのですよ。満点の星空が現れるときはなにか目標を達成して幸せになっている時なのです……夢に映るものは全て何かの暗示や警告を孕んでいるのですよ」
「……それじゃあ、緑一杯のこの地面も?」
「ええ。もちろんお兄さんに巻き付いているこの髪の毛も」
そう言い切った氷雨の目が虚ろなものから覚悟と哀愁を宿したものに変化する。
彼女は短く鋭い呼吸に合わせて髪の毛を握っていた右手を動かし、引きちぎったのだ。
『アアアアアアア!!!』
「ちょ、いきなり何を」
「その髪の毛はお兄さんの身体が変質している事を表しているのです」
引きちぎられた髪の毛が声にならない悲鳴をあげている。
その悲鳴はまるで俺に助けを求めるようだった。
いまだに巻き付いている髪の毛達は俺の身体を抱きしめるように強く強く締め付けている。
「こいつらがかわいそうじゃないか。いきなり引きちぎる事無かっただろ!!」
「……私は夢を操る超能力者なのです。その力を使ってあなたの身体を治療しているのですよ」
「さっきから体を治すとか俺の身体が変質してるとか、一体何の話をしてるんだよ!!」
俺は思わず鼻息を荒くしながら彼女に声をかけてしまう。
こんなに興奮しているのはさっきから聞こえてくる悲鳴のせいだ。
この髪の毛達がならす悲鳴が聞こえるたび、何故かファナエルが泣いている姿が思い浮んでしまう。
ファナエルがボロボロに傷つけられて泣いている姿を何度も何度も思い浮かべてしまうのが俺には耐えられなかった。
「貴方の身体は今何者かによって変質させられているのです。最近変な物を食べさせられたりしませんでしたか?」
「……それがどうした」
「心当たりがあるならその人と距離を取るべきなのです。その人はあなたの人生を大きく狂わせます」
髪の毛達が俺の身体を締め付けるたび、頭にジジジとノイズが響く。
そのノイズは説得を試みている氷雨の言葉を塗りつぶしていく。
『行かないで』
『捨てないで!』
『私を受け入れて!!』
『ここから切り離されるのは嫌!!!』
『もうあんな思いはしたくないの!!!!』
「大丈夫、大丈夫だよ。俺はどこにも行かないから」
髪の毛達を優しく撫で、離れない様にぎゅっと握りしめる。
気づけば夢の世界はひどく歪み始めていた。
そんな状況であるというのに氷雨は顔色一つ変えずにこちらを見つめている。
彼女が何を抱えて夢の中に侵入してきたのかは分からない、でも彼女の要求をのむ気は毛頭なかった。
「俺はファナエルと距離を取るつもりはない。たとえ彼女がどんな存在だったとしても」
「……お兄さんの気持ちを悪いとは言わないのです。でもその選択は間違ってる、だから私達はあらゆる手を尽くします」
グニャリ、グシャリと世界の輪郭が歪む。
バリン、ガシャンと空や地面が割れてゆく。
俺と氷雨の身体は形を変えて流動する世界の波に飲み込まれ、それぞれ別の場所に沈んでゆく。
崩壊していく夢の世界の隙間からは見覚えのある部屋の天井が姿を現していた。
『よかった、熱は無いみたい。キルちゃん部屋に案内してくれてありがとう』
『どういたしまして。にしてもこの寝顔ヤバすぎるでしょ、秋にぃどんな悪夢見てる訳?』
波に飲まれ、グラリグラリと流され、自分の姿も保てなくなって意識が朦朧とする中、ファナエルと斬琉の会話であろう声だけが妙にはっきりと聞こえてくるのだった。
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