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青龍さまの身代わり伴侶

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 その瞬間、何が起きたのか分からず、海音の思考が停止してしまう。時間の流れがゆっくりと感じられる中、何も答えられずにいると、蛍流はますます小刀をぐいと押し付けて「答えろ」と催促してくる。

「な、何を言って、いるんですか……。私は和華です。青龍……さまの伴侶に選ばれた」
「龍の伴侶に選ばれた娘の背中には、龍の形をした黒い痣があると聞く。だが、お前の背中に痣は無い。そして龍の伴侶は、自らを伴侶に選んだ龍の神気を帯びるが、お前からは青龍の神気が一切感じられない。出会った時からずっとな」
「あっ……」

 そんな話は誰からも聞かされていない。和華の背中に伴侶の証である龍の痣があることも、青龍の気を纏っていることさえも。ただ和華の振りをして蛍流の元に行けばいいと言われた。そうして夫婦の契さえ結んでしまいさえすれば、たとえ和華じゃないと後に知られたとしても、この地を統べる青龍の蛍流は海音を伴侶として迎え入れざるを得なくなると――。
 
「どこで成り代わったのかは知らんが、和華はどうした? 答えなければ命の保証は無い。龍の財宝を狙った盗人が」
「違います……。私は泥棒じゃなくて、ただ伴侶になりたくない和華ちゃんの代わりに来ただけで……」
「言い訳をするなっ!」

 蛍流が声を荒げたのと同時に喉元がピリッと痛んだ。おそらく小刀で切ってしまったのだろう。このままでは命が危ないと思うものの、激昂している蛍流に下手なことを言えば、それこそ海音に明日は無い。相手を刺激せずに事情を説明するにはどうしたらいいのか。早鐘を打つ心臓を抑えようと、海音は深く息を吸い込む。

「……和華ちゃんは青の地にいます。灰簾家の屋敷に今もなお」
「何だと?」
「騙して申し訳ありません。言い訳に聞こえるかもしれませんが、和華ちゃんは青龍さまの伴侶になりたくないそうです。ですので、私が代わりに来ました。どうか私を伴侶として迎えて下さい。夫婦になった後、私はどうなっても構いません。罪人として処罰されても、奴隷のように使われても、慰み者として扱われて生涯を終えたしても」

 どうにか震え声を隠して真っ直ぐに蛍流を見つめれば、何故か蛍流は面食らったように長い睫毛にふちどられた藍色の目を瞬かせる。
 
「そこまで和華に忠義を尽くす理由はなんだ? 金か、それとも主人への情か?」
「情かもしれません。私には灰簾家の皆さんに恩があります。それを返すために、こうして身代わりを申し出ました」
「恩?」
「信じてもらえないかもしれませんが、私は今から三日前にこことは違う世界――『日本』からやって来ました。当てもなくこの世界を彷徨っていた私を、和華ちゃんを始めとする灰簾家の人たちが屋敷に迎え入れてくれたんです」
 
 今度こそ斬り捨てられるかもしれないと覚悟を決めるが、蛍流はハッと息を呑んだだけであった。それを隠そうとしているのか、どこか焦点が定まらない顔を背けると「続けろ」と促してくる。

「何がきっかけでこの世界に来て灰簾家と出会い、そして和華の身代わりになったのか、全てを包み隠さず話せ。もし少しでも怪しいところがあれば……この場で切り捨てる」
 
 そこでようやく海音の喉元から小刀の鋭利な刃先が離れたので、咄嗟に蛍流から距離を取って窓辺まで行くと乱れた着物を着直す。その間も蛍流の疑いの眼は海音に向けられたままであった。

「三日前、子供の頃に参拝した神社を訪ねたら、どこか懐かしさと不思議な雰囲気を纏った男の子と出会ったんです。それがこの世界に来たきっかけでした……」
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