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雷都と家族と
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「『雪をいじめるな~!』って言いながら、いつも虐めてくるあやかしたちを追い払ってくれたんだよ。それがすっごくかっこよかったんだ」
「大変でしたね……」
「でもこのことがなかったら、わたしも兄さんを誤解したままだったかも。兄さんは本当は優しくて、頼りになって、わたしたち家族のことを誰よりも大切に想ってくれていて。この家に住んでいいって言われた時だって、自分から住むって言ったんだよ。その頃のこの家って、屋根は傾いてあちこち雨漏りもしていて、壁も崩れて隙間風が絶えなくて、どう見たって住めるような家じゃなかったのに。私たち家族のために無理して……」
雪起は顔を綻ばせながら、話しを続ける。
「父さんや母さん、弟妹、他の犬神やあやかしたちが兄さんを嫌っても、わたしは兄さんが好き。大好きな兄さんが幸せになるのなら、わたしもなんだってする。いつか兄さんが皆に認めてもらえるように……」
「お兄さん想いなんですね。雪さん」
「でもね、睡蓮が来てからの兄さんは毎日がとても楽しそうだった。笑うことが増えたし、明日が待ち遠しいって幸せそうな顔をしていた。今までは滅多に笑わなかったし、一日中土いじりばっかりしていて、話しかけても相手をしてくれなかったんだよ! 全部睡蓮のおかげ。わたしからもお礼を言わせて。ありがとう、睡蓮」
雪起に両手を握られる。華蓮の手を包む大きな手は、雪起が男性であることを表していた。
「私は何もしていません……。泣いて甘えてばかりいて……」
「わたしも泣いて甘えてばかりいたよ。結婚して子供が産まれてからもずっと……。父親としての自覚を持ちなさいって、周りから怒られてばかりいるよ」
笑わせようとしているのか、いたずらっぽく笑う雪起に華蓮も笑みを浮かべる。
「本当は睡蓮にもここに残って欲しいけど、人間は人間の世界に帰らないといけないんだよね……。子供のことはわたしや兄さんに任せて。睡蓮も元気でね」
「ありがとうございます。ところで、春雷と子供はどうしているんですか?」
「兄さんが面倒を見ているよ。呼ぼうか?」
「お願いしてもいいですか。二人に会いたいので」
「分かった。実はさっきまで兄さん泣いてたんだ。余程嬉しかったみたい。睡蓮との子供が産まれて」
「そうなんですか?」
「兄さんは誰よりも睡蓮との子供に会いたがっていたから……。あっ、この話は内緒にしていてね。兄さんの代わりに様子を見に来たのだって、泣き腫らした目を睡蓮に見られたくないって恥ずかしがったからなんだよ」
「分かりました」
立ち上がりかけた雪起だったが、腰を浮かせたところで何かを思い出したかのように顔を上げる。
「これはまだ兄さんにも言ってなかったんだけど……。睡蓮のお産の間、父さんもここで待っていたんだよ」
「春雷たちのお父さんが……?」
「心配だったみたい。三人のことが」
「心配って……。殺されそうになったんですよ。私たち!」
春雷の父親に首を絞められた時、もし春雷が助けに来てくれなければ、華蓮は危うく絞殺されるところだった。
華蓮の身に何かあれば、お腹の子供も無事では済まなかっただろう。春雷の父親は本気でお腹にいた子供ごと華蓮を殺そうとしていた。
今でも華蓮に向けられたあの殺意に満ちた目を思い出すと、本当に首を絞められているかのように息が出来なくなる。
「そうかもしれないけど、でも父さんは二人が仲睦まじい関係だって認めたんだと思う。子供が生まれた時にはもう何も言わなかったよ。ただ安心していただけで」
「安心……」
「これはわたしの考えだけど、父さんは眩しかったんじゃないかな。犬神と人間、生まれや種族が違っても二人は心から通じ合っているから。お互いに愛し合って子供を想って、本当の家族みたいで」
春雷の話によれば、春雷の両親は最後まで理解し合えないまま別れたという。
恋人がいながら子供を産むためだけに犬神に攫われた人間の母親と、犬神の仕来りとはいえ、人間界から「犬神使い」の血を引く女性を攫わざるを得なかった犬神の父親。
それぞれ事情があったとはいえ、もしどこかで分かり合えたのなら、華蓮たちのように親密な関係を築けたかもしれない。
春雷を含めた家族三人、心に傷を負うこともなかっただろう――。
「この『犬神使い』の女性を攫って子供を産ませるっている仕来りで、良い関係を築けた犬神と人間はほとんどいないんだ。だいたいは父さんと同じような状況で……。そもそも今の人間界では犬神を始めとするあやかしは空想上の生き物として思われているんでしょう? あやかしを信じる人も減って、『犬神使い』もほとんどいない。睡蓮のように自分が『犬神使い』の血を引いていることすら知らないって聞いているよ」
「そうですね。春雷たちと出会うまであやかし自体信じていませんでした」
「今まで作り話だと思っていたあやかしに攫われて、よく知らないまま子供を産めって言われても納得するのは難しいよね。それもあって、人間と犬神は上手くいかないものだと思っていたけれども……。でも二人は違った。父さんは二人に希望を見出したのかも。犬神と人間、何もかも違う二人でも分かり合えるって」
今度こそ雪起は立ち上がると、屈託の無い笑みを浮かべる。
「つまり父さんは二人の仲と二人の子供を認めたってことだよ。兄さんは睡蓮と子供を、睡蓮は兄さんと子供を大切にするから、産まれてきた子供が辛い目にあったり、これ以上兄さんが傷ついたりしないって分かってくれたんだよ」
「そうでしょうか……?」
「父さんも兄さんには冷たいように見えて、本当は兄さんのことを気にかけているんだよ。時々兄さんの様子を聞いてくるんだから……。意地張ってないで、自分で様子を見に行けばいいのにね」
苦笑しながら雪起が去って行くと、部屋の中が再び静寂に包まれる。しばらくしてゆっくりとした足音が近づいて来たかと思うと、ようやく目的の二人が華蓮の部屋の入り口に姿を現したのだった。
「大変でしたね……」
「でもこのことがなかったら、わたしも兄さんを誤解したままだったかも。兄さんは本当は優しくて、頼りになって、わたしたち家族のことを誰よりも大切に想ってくれていて。この家に住んでいいって言われた時だって、自分から住むって言ったんだよ。その頃のこの家って、屋根は傾いてあちこち雨漏りもしていて、壁も崩れて隙間風が絶えなくて、どう見たって住めるような家じゃなかったのに。私たち家族のために無理して……」
雪起は顔を綻ばせながら、話しを続ける。
「父さんや母さん、弟妹、他の犬神やあやかしたちが兄さんを嫌っても、わたしは兄さんが好き。大好きな兄さんが幸せになるのなら、わたしもなんだってする。いつか兄さんが皆に認めてもらえるように……」
「お兄さん想いなんですね。雪さん」
「でもね、睡蓮が来てからの兄さんは毎日がとても楽しそうだった。笑うことが増えたし、明日が待ち遠しいって幸せそうな顔をしていた。今までは滅多に笑わなかったし、一日中土いじりばっかりしていて、話しかけても相手をしてくれなかったんだよ! 全部睡蓮のおかげ。わたしからもお礼を言わせて。ありがとう、睡蓮」
雪起に両手を握られる。華蓮の手を包む大きな手は、雪起が男性であることを表していた。
「私は何もしていません……。泣いて甘えてばかりいて……」
「わたしも泣いて甘えてばかりいたよ。結婚して子供が産まれてからもずっと……。父親としての自覚を持ちなさいって、周りから怒られてばかりいるよ」
笑わせようとしているのか、いたずらっぽく笑う雪起に華蓮も笑みを浮かべる。
「本当は睡蓮にもここに残って欲しいけど、人間は人間の世界に帰らないといけないんだよね……。子供のことはわたしや兄さんに任せて。睡蓮も元気でね」
「ありがとうございます。ところで、春雷と子供はどうしているんですか?」
「兄さんが面倒を見ているよ。呼ぼうか?」
「お願いしてもいいですか。二人に会いたいので」
「分かった。実はさっきまで兄さん泣いてたんだ。余程嬉しかったみたい。睡蓮との子供が産まれて」
「そうなんですか?」
「兄さんは誰よりも睡蓮との子供に会いたがっていたから……。あっ、この話は内緒にしていてね。兄さんの代わりに様子を見に来たのだって、泣き腫らした目を睡蓮に見られたくないって恥ずかしがったからなんだよ」
「分かりました」
立ち上がりかけた雪起だったが、腰を浮かせたところで何かを思い出したかのように顔を上げる。
「これはまだ兄さんにも言ってなかったんだけど……。睡蓮のお産の間、父さんもここで待っていたんだよ」
「春雷たちのお父さんが……?」
「心配だったみたい。三人のことが」
「心配って……。殺されそうになったんですよ。私たち!」
春雷の父親に首を絞められた時、もし春雷が助けに来てくれなければ、華蓮は危うく絞殺されるところだった。
華蓮の身に何かあれば、お腹の子供も無事では済まなかっただろう。春雷の父親は本気でお腹にいた子供ごと華蓮を殺そうとしていた。
今でも華蓮に向けられたあの殺意に満ちた目を思い出すと、本当に首を絞められているかのように息が出来なくなる。
「そうかもしれないけど、でも父さんは二人が仲睦まじい関係だって認めたんだと思う。子供が生まれた時にはもう何も言わなかったよ。ただ安心していただけで」
「安心……」
「これはわたしの考えだけど、父さんは眩しかったんじゃないかな。犬神と人間、生まれや種族が違っても二人は心から通じ合っているから。お互いに愛し合って子供を想って、本当の家族みたいで」
春雷の話によれば、春雷の両親は最後まで理解し合えないまま別れたという。
恋人がいながら子供を産むためだけに犬神に攫われた人間の母親と、犬神の仕来りとはいえ、人間界から「犬神使い」の血を引く女性を攫わざるを得なかった犬神の父親。
それぞれ事情があったとはいえ、もしどこかで分かり合えたのなら、華蓮たちのように親密な関係を築けたかもしれない。
春雷を含めた家族三人、心に傷を負うこともなかっただろう――。
「この『犬神使い』の女性を攫って子供を産ませるっている仕来りで、良い関係を築けた犬神と人間はほとんどいないんだ。だいたいは父さんと同じような状況で……。そもそも今の人間界では犬神を始めとするあやかしは空想上の生き物として思われているんでしょう? あやかしを信じる人も減って、『犬神使い』もほとんどいない。睡蓮のように自分が『犬神使い』の血を引いていることすら知らないって聞いているよ」
「そうですね。春雷たちと出会うまであやかし自体信じていませんでした」
「今まで作り話だと思っていたあやかしに攫われて、よく知らないまま子供を産めって言われても納得するのは難しいよね。それもあって、人間と犬神は上手くいかないものだと思っていたけれども……。でも二人は違った。父さんは二人に希望を見出したのかも。犬神と人間、何もかも違う二人でも分かり合えるって」
今度こそ雪起は立ち上がると、屈託の無い笑みを浮かべる。
「つまり父さんは二人の仲と二人の子供を認めたってことだよ。兄さんは睡蓮と子供を、睡蓮は兄さんと子供を大切にするから、産まれてきた子供が辛い目にあったり、これ以上兄さんが傷ついたりしないって分かってくれたんだよ」
「そうでしょうか……?」
「父さんも兄さんには冷たいように見えて、本当は兄さんのことを気にかけているんだよ。時々兄さんの様子を聞いてくるんだから……。意地張ってないで、自分で様子を見に行けばいいのにね」
苦笑しながら雪起が去って行くと、部屋の中が再び静寂に包まれる。しばらくしてゆっくりとした足音が近づいて来たかと思うと、ようやく目的の二人が華蓮の部屋の入り口に姿を現したのだった。
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