20 / 24
雷都と家族と
20
しおりを挟む
「身体の具合はもういいのか?」
「うん。大丈夫だよ」
産まれたばかりの子供を腕に抱きながら部屋に入ってきた春雷は、華蓮の側に来るとゆっくり腰を下ろす。
「雪起に聞いた。俺たちを呼んでいるんだって?」
「二人に会いたかっただけなの。さっきは赤ちゃんの顔もよく見れなかったし、ずっと付き添ってくれた春雷にもお礼を言ってなかったから」
「礼は不用だ。それに礼を言わなきゃいけないのは俺の方だ。俺たちの子供を産んでくれてありがとう。睡蓮」
「ううん。私も春雷の子供に会ってみたかったから……。抱っこしていい?」
「ああ。抱いてくれ。コイツもきっと喜ぶ」
春雷に抱き方を教えてもらいながら子供を受け取ると胸元で抱く。薄水色のおくるみの中では春雷とよく似た顔立ちの赤ん坊が瞳を閉じていた。
抜けるような白い肌と小さな手、濡羽色の髪が薄らと生えた頭からは春雷と同じ形をした黒毛の耳が生えていたのだった。
「さっき眠ったばかりなんだ。抱いていないと泣き出すようで、眠るまでずっと抱いてた」
「こんなに小さいのに、春雷と同じ立派な耳が生えているのね」
「耳だけじゃない。尻尾も生えているぞ」
春雷がおくるみを緩くすると、赤ん坊の背中からは黒毛が生えた小さな尻尾が見えた。子犬のような大きさの耳と尻尾は、この子が間違いなく犬神の春雷との間に産まれた子供なのだと現していたのだった。
興味本位で華蓮が尻尾に触れると赤ん坊が泣き出しそうに顔を歪めたので、慌てておくるみを直す。身体を軽く揺らせば、赤ん坊は落ち着いたようだった。
「男の子だっけ。春雷にそっくりな顔をしている」
「そうか。俺には睡蓮に似ているように見えるが……。男は母親に似ると言われているからな」
「それでも全ての男の子が母親似とは限らないでしょう。この子は大きくなったら、春雷と瓜二つの男の子になると思う」
「俺が二人になるのも困るな。妖力を持っていないあやかしもどきが増えたって、何も良いことはない」
腕の中の我が子と愛おしそうに見つめてくる春雷から離れがたくて、華蓮は子供の話をすることで、少しでも近づいて来る別れの時間を先延ばしにしようとしていた。
それは華蓮だけではなく春雷も同じようで、一向に別れの話を切り出さずに、華蓮の話に耳を傾けているようだった。
「睡蓮、君がこの子の名前を決めてくれ」
「私が決めていいの?」
「ああ。決めてやってくれ。俺たちの子供の名前だ」
俺たちの子供、という言葉に胸がくすぐったくなる。白い柔肌をほんのり赤く染めて、華蓮の腕の中に収まる姿を眺めていると、閃いた名前があったのだった。
「春雷から一字もらって、雷都はどうかな。雷の都って書くの」
「雷都か……良い名前だな。それにしよう」
二人の子供――雷都は返事をするように鼻の穴を大きく広げたので、春雷と顔を見合わせると華蓮は小さく声を上げて笑ったのだった。
「睡蓮。雷都が産まれた以上、約束通りに明日には全て元の状態に戻して人間界に帰そうと思う」
「どうしても明日じゃないとダメなの? だって雷都が産まれたのに、まだほとんど一緒に過ごしていないんだよ! 身体も元の調子に戻って、食欲も出てきたの。春雷が作る野菜をこれからたくさん食べたいのに!」
「駄目なんだ。明日じゃないと……」
「春雷とも気持ちが通じ合って、これからもっと知りたいのにっ……!」
「明日じゃないと駄目なんだ!」
声を荒げた春雷に華蓮は飛び上がりそうになる。不快そうな顔をした雷都をあやしていると、春雷は苦しそうに話し出す。
「早く別れないと……あまり別れを延ばすと、それだけ別れが辛くなるから……」
「春雷……」
俯いた春雷に手を伸ばすが、顔に触れる直前で春雷に手を払われてしまう。
「止めてくれ。君があまりに別れを惜しむから、俺まで辛い気持ちになってしまう。君が悲しむと縁で結ばれた俺にまで伝わってくるんだ。俺まで別れたくない気持ちになって、今すぐに君の何もかもを奪ってしまいたくなる……」
「春雷、私たちにはもう縁が無いんだよ。私たちの縁は雷都が産まれるまでの一時的なもので、雷都が産まれたら縁は切れるんだったよね」
春雷に名前を名乗ろうとした時、華蓮と春雷はお腹の子供を通じて縁が出来ていると教えられた。
縁がある間は華蓮の声がよく聞こえて、華蓮の感情が春雷に伝わるが、子供が産まれたら切れてしまう、仮初めの物であるとも。
けれどもお腹にいた雷都が産まれた以上、二人を繋ぐ縁は消えてしまった。
春雷に華蓮の声や感情が伝わることは無くなってしまった。
「じゃあ、これは……」
「もし春雷が私との別れが悲しい、辛いと感じているのなら、それは春雷自身の感情なんだよ」
華蓮の言葉に春雷が顔を上げると、春雷の黒い両目から涙が溢れて頬を伝い落ちる。華蓮は春雷の頬に触れると、そっと涙を指で掬ったのだった。
「うん。大丈夫だよ」
産まれたばかりの子供を腕に抱きながら部屋に入ってきた春雷は、華蓮の側に来るとゆっくり腰を下ろす。
「雪起に聞いた。俺たちを呼んでいるんだって?」
「二人に会いたかっただけなの。さっきは赤ちゃんの顔もよく見れなかったし、ずっと付き添ってくれた春雷にもお礼を言ってなかったから」
「礼は不用だ。それに礼を言わなきゃいけないのは俺の方だ。俺たちの子供を産んでくれてありがとう。睡蓮」
「ううん。私も春雷の子供に会ってみたかったから……。抱っこしていい?」
「ああ。抱いてくれ。コイツもきっと喜ぶ」
春雷に抱き方を教えてもらいながら子供を受け取ると胸元で抱く。薄水色のおくるみの中では春雷とよく似た顔立ちの赤ん坊が瞳を閉じていた。
抜けるような白い肌と小さな手、濡羽色の髪が薄らと生えた頭からは春雷と同じ形をした黒毛の耳が生えていたのだった。
「さっき眠ったばかりなんだ。抱いていないと泣き出すようで、眠るまでずっと抱いてた」
「こんなに小さいのに、春雷と同じ立派な耳が生えているのね」
「耳だけじゃない。尻尾も生えているぞ」
春雷がおくるみを緩くすると、赤ん坊の背中からは黒毛が生えた小さな尻尾が見えた。子犬のような大きさの耳と尻尾は、この子が間違いなく犬神の春雷との間に産まれた子供なのだと現していたのだった。
興味本位で華蓮が尻尾に触れると赤ん坊が泣き出しそうに顔を歪めたので、慌てておくるみを直す。身体を軽く揺らせば、赤ん坊は落ち着いたようだった。
「男の子だっけ。春雷にそっくりな顔をしている」
「そうか。俺には睡蓮に似ているように見えるが……。男は母親に似ると言われているからな」
「それでも全ての男の子が母親似とは限らないでしょう。この子は大きくなったら、春雷と瓜二つの男の子になると思う」
「俺が二人になるのも困るな。妖力を持っていないあやかしもどきが増えたって、何も良いことはない」
腕の中の我が子と愛おしそうに見つめてくる春雷から離れがたくて、華蓮は子供の話をすることで、少しでも近づいて来る別れの時間を先延ばしにしようとしていた。
それは華蓮だけではなく春雷も同じようで、一向に別れの話を切り出さずに、華蓮の話に耳を傾けているようだった。
「睡蓮、君がこの子の名前を決めてくれ」
「私が決めていいの?」
「ああ。決めてやってくれ。俺たちの子供の名前だ」
俺たちの子供、という言葉に胸がくすぐったくなる。白い柔肌をほんのり赤く染めて、華蓮の腕の中に収まる姿を眺めていると、閃いた名前があったのだった。
「春雷から一字もらって、雷都はどうかな。雷の都って書くの」
「雷都か……良い名前だな。それにしよう」
二人の子供――雷都は返事をするように鼻の穴を大きく広げたので、春雷と顔を見合わせると華蓮は小さく声を上げて笑ったのだった。
「睡蓮。雷都が産まれた以上、約束通りに明日には全て元の状態に戻して人間界に帰そうと思う」
「どうしても明日じゃないとダメなの? だって雷都が産まれたのに、まだほとんど一緒に過ごしていないんだよ! 身体も元の調子に戻って、食欲も出てきたの。春雷が作る野菜をこれからたくさん食べたいのに!」
「駄目なんだ。明日じゃないと……」
「春雷とも気持ちが通じ合って、これからもっと知りたいのにっ……!」
「明日じゃないと駄目なんだ!」
声を荒げた春雷に華蓮は飛び上がりそうになる。不快そうな顔をした雷都をあやしていると、春雷は苦しそうに話し出す。
「早く別れないと……あまり別れを延ばすと、それだけ別れが辛くなるから……」
「春雷……」
俯いた春雷に手を伸ばすが、顔に触れる直前で春雷に手を払われてしまう。
「止めてくれ。君があまりに別れを惜しむから、俺まで辛い気持ちになってしまう。君が悲しむと縁で結ばれた俺にまで伝わってくるんだ。俺まで別れたくない気持ちになって、今すぐに君の何もかもを奪ってしまいたくなる……」
「春雷、私たちにはもう縁が無いんだよ。私たちの縁は雷都が産まれるまでの一時的なもので、雷都が産まれたら縁は切れるんだったよね」
春雷に名前を名乗ろうとした時、華蓮と春雷はお腹の子供を通じて縁が出来ていると教えられた。
縁がある間は華蓮の声がよく聞こえて、華蓮の感情が春雷に伝わるが、子供が産まれたら切れてしまう、仮初めの物であるとも。
けれどもお腹にいた雷都が産まれた以上、二人を繋ぐ縁は消えてしまった。
春雷に華蓮の声や感情が伝わることは無くなってしまった。
「じゃあ、これは……」
「もし春雷が私との別れが悲しい、辛いと感じているのなら、それは春雷自身の感情なんだよ」
華蓮の言葉に春雷が顔を上げると、春雷の黒い両目から涙が溢れて頬を伝い落ちる。華蓮は春雷の頬に触れると、そっと涙を指で掬ったのだった。
0
お気に入りに追加
45
あなたにおすすめの小説
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
式鬼のはくは格下を蹴散らす
森羅秋
キャラ文芸
陰陽師と式鬼がタッグを組んだバトル対決。レベルの差がありすぎて大丈夫じゃないよね挑戦者。バトルを通して絆を深めるタイプのおはなしですが、カテゴリタイプとちょっとズレてるかな!っていう事に気づいたのは投稿後でした。それでも宜しければぜひに。
時は現代日本。生活の中に妖怪やあやかしや妖魔が蔓延り人々を影から脅かしていた。
陰陽師の末裔『鷹尾』は、鬼の末裔『魄』を従え、妖魔を倒す生業をしている。
とある日、鷹尾は分家であり従妹の雪絵から決闘を申し込まれた。
勝者が本家となり式鬼を得るための決闘、すなわち下剋上である。
この度は陰陽師ではなく式鬼の決闘にしようと提案され、鷹尾は承諾した。
分家の下剋上を阻止するため、魄は決闘に挑むことになる。
あなたのためなら
天海月
恋愛
エルランド国の王であるセルヴィスは、禁忌魔術を使って偽の番を騙った女レクシアと婚約したが、嘘は露見し婚約破棄後に彼女は処刑となった。
その後、セルヴィスの真の番だという侯爵令嬢アメリアが現れ、二人は婚姻を結んだ。
アメリアは心からセルヴィスを愛し、彼からの愛を求めた。
しかし、今のセルヴィスは彼女に愛を返すことが出来なくなっていた。
理由も分からないアメリアは、セルヴィスが愛してくれないのは自分の行いが悪いからに違いないと自らを責めはじめ、次第に歯車が狂っていく。
全ては偽の番に過度のショックを受けたセルヴィスが、衝動的に行ってしまった或ることが原因だった・・・。
後宮の偽物~冷遇妃は皇宮の秘密を暴く~
山咲黒
キャラ文芸
偽物妃×偽物皇帝
大切な人のため、最強の二人が後宮で華麗に暗躍する!
「娘娘(でんか)! どうかお許しください!」
今日もまた、苑祺宮(えんきぐう)で女官の懇願の声が響いた。
苑祺宮の主人の名は、貴妃・高良嫣。皇帝の寵愛を失いながらも皇宮から畏れられる彼女には、何に代えても守りたい存在と一つの秘密があった。
守りたい存在は、息子である第二皇子啓轅だ。
そして秘密とは、本物の貴妃は既に亡くなっている、ということ。
ある時彼女は、忘れ去られた宮で一人の男に遭遇する。目を見張るほど美しい顔立ちを持ったその男は、傲慢なまでの強引さで、後宮に渦巻く陰謀の中に貴妃を引き摺り込もうとする——。
「この二年間、私は啓轅を守る盾でした」
「お前という剣を、俺が、折れて砕けて鉄屑になるまで使い倒してやろう」
3月4日まで随時に3章まで更新、それ以降は毎日8時と18時に更新します。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】
後宮の裏絵師〜しんねりの美術師〜
あきゅう
キャラ文芸
【女絵師×理系官吏が、後宮に隠された謎を解く!】
姫棋(キキ)は、小さな頃から絵師になることを夢みてきた。彼女は絵さえ描けるなら、たとえ後宮だろうと地獄だろうとどこへだって行くし、友人も恋人もいらないと、ずっとそう思って生きてきた。
だが人生とは、まったくもって何が起こるか分からないものである。
夏后国の後宮へ来たことで、姫棋の運命は百八十度変わってしまったのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる