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忘れ物を届けに

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「さっきはごめんなさい。興奮すると早口になってしまうの」
「い、いえ……。気にしてないので……」
「わたしの名前はジェニファー。ジェニファー・ロングよ。この法律事務所で受付兼パラリーガルをしているの」
「私は若佐小春です。普段は日本に住んでいて、今は楓さんの家にいます」
「あ~! それでカエデのマンション近くのスーパーマーケットにいたのね! わたし達、この間、ホットドッグの移動ワゴン車の前で会ってるの。覚えてる?」
「あ! あの時助けてくれた人! あの時はありがとうございました。英語が苦手なので助かりました」
「今、カエデから英語が苦手だって聞いたわ。ニューヨークは日本からの観光客が多いのに、日本語が通じない事が多いの。それなのに、ここの人達は気が短いから……。怖かったでしょう。ごめんね」
「だ、大丈夫です。ジェニファーさん。いざとなったら、スマホで翻訳するので……」
「遠慮しないで、わたしの事は気軽にジェニファーって呼んで。ねぇねぇ、コハルってどういう漢字を書くの?」
「えっと、小さい春って書いて……」
「スモールスプリング! 可愛い名前ね……!」

 私達が長話をしそうになったので、楓さんはわざとらしく咳払いをすると「もういいだろう」と話し出す。

「お互いに自己紹介も済んだ事だし、小春を自宅まで送ってくる。丁度、昼休憩中だからな」
「え~! せっかくだし、私もコハルともっと話したい! 連絡先だって交換したいのに! それにコハルだって、カエデの職場、見たいでしょ!」
「わ、私はその……」
「コハルはこの後、用事でもあるの?」
「ううん。無いけど……」

 楓さんの顔色を伺いつつ、言葉を濁したが、ジェニファーは「じゃあ、決まりね!」と勝手に話しを続ける。

「ほらほら、カエデは応接室にコハルを連れて行って。わたしはコーヒーを持って行くから。コハル、コーヒーは飲める?」
「はい。飲めます……」
「オッケー! すぐに持って行くわ!」
「待て! 勝手に決めるな!!」

 楓さんが止めるが、ジェニファーは一足先にエレベーターに乗ると上昇したのだった。

「全く、ジェニファーの奴……」

 額を押さえて、大きな溜め息を吐いた楓さんを見つめる。

(珍しい、楓さんが押されてる……〕

 家では滅多に見られない楓さんの姿に驚いていると、不意に目が合ってしまい、反射的に下を向いてしまう。
 胸が激しく鼓動を立てて、息が苦しくなる。
 どうしたんだろう。楓さんと目が合っただけなのに、妙に意識して――。
 それに気づいているのかいないのか、楓さんは「じゃあ、行くか」とエレベーターを示す。

「せっかく来たんだ。少し中で話さないか」
「いいんですか? お仕事の邪魔になるんじゃ……」
「心配しなくていい。今日はもうクライアントと会う予定は無い。それにジェニファーも話したがっていたからな」

 楓さんは「少し待ってくれ」と言うと、受付に座っていたジェニファーとは別のアジア系の女性に何か言葉を掛けていた。その様子をじっと見ていると、戻って来た楓さんに「小春が来ている事を内線で知らせてくれたんだ」と教えてくれる。どうやら、ジェニファーに振り回されている間に、楓さんを呼んでくれたらしい。
 私も感謝の意を込めて、受付の女性に軽く頭を下げたのだった。

「ここまで来る間に何もなかったか? 誰かに話しかけられなかったか……?」
「大丈夫です。昼休憩に取りに来るなら自宅に居た方が良かったですね」
「いや。手間が省けて助かった。今度何か礼をしよう」
「礼だなんて、そこまで大した事でも……」

 その時。エレベーターが到着したので、二人で乗り込む。楓さんが三階のボタンを押すと、エレベーターの扉が閉まり、ゆっくりと上昇していく。
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