我が家の家庭内順位は姫、犬、おっさんの順の様だがおかしい俺は家主だぞそんなの絶対に認めないからそんな目で俺を見るな

ミドリ

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最終章 それから

99.三年後

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 窓に打ち付ける雨の音で亮太は目を覚ました。

 懐かしい夢を見ていて、今一瞬自分がどこにいるのか分からなくなった。みずちに跨りその腕の中にはコウがいた。見上げれば満天の星空、風は冷たかったがこれから家族になる二人のコウと居て亮太の心はほかほかだった、あの夢の様な時の夢を。

 ぼうっとしたまま、亮太の胸の前で小さくなっている亮太とコウの宝物を見る。むにゃむにゃと何かを言って、うふふ、と笑っているが完全に寝ている。反対側に寝転んでいた筈のコウはいなくなっていた。ふと見ると自分の上にタオルケットが掛けられている。どうやら寝かしつけをしている間にいつもの如く寝てしまい、コウが掛けてくれたらしい。

 これじゃ寝かしつけじゃなくて添い寝だといつもコウは呆れた様に笑って言うが、つい寝てしまうのだ。逆に女性は何故起きていられるのか亮太には不思議で仕方がなかった。

 亮太は自分に腕枕をすると、隣の小さな顔を覗き込んだ。コウによく似た、亮太とコウの大事な大事な娘だ。

 よく眠る幼い顔を眺めながら、亮太はコウの妊娠が分かったあの日のことを思い出していた。婚姻届を提出して名実共に夫婦となったその日に妊娠が分かるなど誰が想像しただろうか。コウ曰く、まだ医者にいっても分かるか分からないか位だったので、医者に診せてきちんと証明が出来たら亮太に言おうと思っていたそうだ。あわあわ慌てる亮太を見て、「落ち着いて」と笑うコウはすでに母親となる心の準備が出来ている様に見えた。自分もしっかりしないとな、と思ったものだ。

 猿田毘古神サルタビコノカミが来るなら人手がいるだろうということで、急遽蓮とアキラも一緒に秋葉原に行くことになった。その日はもうかなり移動をしている、コウが疲れないだろうか大丈夫だろうかと心配する亮太に、コウは平気だとまた笑ってみせた。多分、生まれてくるその日まで亮太はずっと心配しっぱなしになるのだろうと思った。それまで八岐大蛇退治が全て終わるまでずっと亮太を心配していたコウの様に。

 椿の家に着くと、間に合ってよかったと皆が出迎えてくれ、そして蓮とアキラを見たユウキとユウリがお疲れ様、と労った。

「僕達は大人なのに、リキやコウやアキラちゃんやレンだったら何とかなると思ってしまっていた。申し訳なかった」
「ユウキ様、顔を上げて下さい」

 蓮が慌てて土下座するユウキに駆け寄った。

「僕は、どうしても強く言えなかった。自分の子供達のことなのに、一番声の大きい人に流されてた。結局何も役に立てなかった。親として本当に情けないよ」
「園田家は、自分達にはあまり関わりがない分好き勝手仰ってましたからね」

 神をようするのは吉永家、岩倉家、そして園田家。いずれも古くからその土地に住まう一族だが、園田家は猿田毘古神サルタビコノカミの父親が市議会議員をやっており古くから権力者を輩出している家柄からか主張が強く、今回の八岐大蛇退治でも仕切っていたのは園田家だったそうだ。実際に戦う訳でもない家が勝手を言うのにそれにあらがえない。古くからその土地に住まう関係性からも難しかったのだろうと亮太は思った。

 許嫁の件もそうだったという。伝説通りにしないと何が起こるか分からないぞと半ば脅された形で許嫁となってしまった二組の男女。遥か昔であればそれでもまかり通ったのかもしれないが、巷でもてはやされる自由恋愛に当人達が憧れない訳もなく。猿田毘古神サルタビコノカミは従順でおしとやかな女性を好みとしそれをコウにも強要しようとしたが、コウは絶対自分の相手はこいつではないという確固たる自信があったそうだ。今ならその理由も分かる、と亮太の手を握って微笑んだ。

 園田家は土地を持つ吉永家の乗っ取りを以前から画策していたらしく、リキを跡取りとさせず一人娘のアキラしかいない岩倉家に婿養子とさせ厄介払いしてしまおうとしていたらしい。そうなれば猿田毘古神サルタビコノカミが吉永家の財産を手に入れることが出来る、という流れである。

 アキラがげんなりとした顔をしていた。

「だから、せめて今日はきちんと園田家の猿に言ってやるんだ!」
「あの、皆園田家の猿って呼んでるんですか?」
「うん、猿彦さるひこって名前だから猿」

 名前にも猿が入るのか。何がどうあって猿彦と名前を付けたのかは分からないが、まあ別に知りたくもない。亮太が苦笑いしていると、またユウキの携帯が鳴り始めた。

「あ、岩倉さんだ」

 アキラの親父だろう。ユウキが電話を取った。

「もしもし? うん、無事に入籍完了だよ! え? 猿が東京駅について、誰もいないって怒ってホームの自動販売機を蹴り壊した? 器物破損で現行犯逮捕? 更に暴れて公務執行妨害? 何で岩倉さん知ってるの? え? こっそり後をつけてた? 面白そうだから?」

 アキラが頭を抱えていた。気持ちはよく分かる。

「え? 捕まった時の映像を撮った? それをばら撒く? それ本気? 岩倉さんあんた曲がりなりにも神職にあるってのにいいの? え、まあさ、そしたらあの人達も大人しくなるだろうけど」

 神職? 亮太がコウを見ると、「アキラの家は神社だ」と教えてくれた。成程、それで狗神はいつも禰宜姿でアキラは禊の時は白装束だった訳か。というか誰か言えよ。

「え? もうヒロエさんに送った? 早速拡散した? え、SNSにも載せちゃってる? え、炎上始まった?」

 アキラの目は死んでいた。コウが「ヒロエさんはアキラの母親だ」とこっそり教えてくれた。なかなかにファンキーな母ちゃんらしい。

「あははって岩倉さんあんたねえ、え? アキラちゃんに会いたい? いるよ、まあ聞いてみるけどさ」

 ユウキがアキラをちらりと見ると、アキラが嫌そうな顔をした。だが横にいる蓮は頷いた。

「ユウキ様、私がお会いしたいとお伝えいただけますか。きちんとお話したい将来のお話がございますので」

 それを聞いた時のアキラの表情は、一生忘れられないと思う。真っ赤になってにへら、と今まで見せたことのない緩みきった顔をした。

 この顔もいつか絵に描きたい。亮太はそう思った。



 亮太はふ、と笑った。あれからもう三年、あっという間だった様なそうでもない様な。

 亮太の隣にいる小さなお姫様は少し眠りが浅くなってきた様で、寝返りを始めた。それを見て亮太はまたにこにこと笑う。

 亮太とコウの間で、生まれてくる子供は男の子の予定だった。みずちが男の子だったのだ、当然のことだと信じ切っていたので、名前はさすがにコウは無理だろうから龍が付く名前にしよう、と早々に決めていた。エコー検査でも性別判断が出来ないこともあると聞いたので、たまたま角度的におちんちんが見えていないと思っていたら、生まれてきたらまさかの女の子。

 出生届は生後七日の内に提出しなければならない。どうしようと二人悩み考えた名前が、幸と書いてサチだった。コウとも読めるし、亮太達に幸せを運んでくれたみずちに相応しい名前だと思った。

 サチはみずちの記憶は持っていなかった。まだ二歳だというのに恐ろしくよく喋るが、みずちだった頃の話は一度もしたことがない。そういうものなのかもな、と少し残念に思ったが、死の記憶がないならその方がいいとコウに諭された。それはそうだと納得し、改めて自分の妻の思慮深さに好きだなあと思った。

「亮太、起きてたの?」

 奥からコウがやって来た。ゆったりとしたワンピースを着ているが、大分お腹が目立つ様になってきている。

「悪い、また寝ちまった」
「まあいつものことだ」

 コウがくすりと笑うと、話し声がうるさかったのかサチがパチっと目を覚ました。亮太と目が合うと、うふふ、と笑った。

「りょーたとこう、お夢にいたよ」
「お夢? どんな夢だった?」

 亮太とコウは未だにお互い名前で呼び合っている。その所為か、サチもそう呼ぶ様になってしまっていた。行儀にうるさい蓮あたりに知られるとうるさそうだが、何だかみずちっぽくて直せないでいるのが現状だ。

 サチがむくりと起き上がるとその場にすっくと立ち、両手を大きく広げた。

「こおーんなすっごいお星様達がいっぱいだったの!」
「へえー。綺麗だったか?」

 この間星の王子様の本を読んだからだろうか? サチは本を読んでもらうのが大好きなのだ。

「うん! すっごい綺麗だったよ! りょーたとこうがサチの上に乗ってね、サチがお空をビュンビュン飛んでるの!」
「……え?」

 亮太は思わず聞き返した。

「みーんな仲良し家族だよってりょーたとこうが言ってた!」
「……そうか」
「うん! サチ嬉しくって踊っちゃったの!」

 サチはそう言うとフリフリと腰を振って踊りだした。そうか、あの時のあれはそういうイメージだったのか。亮太は笑顔になった。

 笑顔になって、次いで涙が溢れた。ぐし、と袖で拭うが次から次へと溢れてきて止まらない。年々涙腺が弱くなって参ってしまう。嗚咽も出てきた。ああもう嫌になっちまう。

 するとサチが踊るのを止めてしまった。ああ、そういうつもりじゃないのに。

「りょーた? 痛い痛いなの?」
「だ、大丈夫、い゛だぐな゛い゛」

 ずびっと鼻をすすると、ふふ、とコウがティッシュを箱ごと持ってきて渡してくれた。サチの隣にしゃがみ込むと、サチの頭を優しく撫でる。

「亮太は嬉しかったんだよ、サチ」
「嬉しい?」
「そう。そこにちゃんと大切なものがいたのがはっきりと分かって、嬉しくなったんだ」
「大切なもの? なあにそれ?」

 サチが可愛らしく首を傾げる。亮太は声を出そうとしたが、まだ喉がぎゅっとなっていて出そうにない。なので代わりに二人ごとまとめて抱き締めた。うふふ、とサチが抱きつき、コウの空いていた方の手が亮太の頭を撫でた。

 ちゃんと言おう。亮太は頑張って声を出した。

「俺の大切な家族だよ、サチ」
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