我が家の家庭内順位は姫、犬、おっさんの順の様だがおかしい俺は家主だぞそんなの絶対に認めないからそんな目で俺を見るな

ミドリ

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第十四章 狗神と蛟

90.見つけたら説教してやる

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 神使のみずちにはアキラの神気を感じ取ることが出来る。今のメンバーで蓮こと狗神を追える者はいなかったが、亮太の予想ではアキラを見つければ狗神を追うことが出来る筈だった。

 嫌な予想ではあったが。

 みずちがふわふわと地面すれすれを浮きながら、寺の裏側にある丘の方を向く。恐らくこれも寺の敷地なのだろう、手入れなど全くされていない森は密集して隣接する木の幹の奥に見える空間は昼間だというのに昏い。

「あっちなの」
「コウ、小さくなっておくか?」
「草薙剣をしまわないと小さくなれないの」
「……そうか、これはちょっと今はしまえないな」

 どこから何が襲ってくるか分からない。出し入れをしている暇がない可能性もある。そんな亮太を、コウが訝しげに見た。

「亮太、一体何を考えているんだ?」
「一応、最悪の場合を考えている。俺が先頭を行くから、みずちのコウは方向を教えてくれ。人間のコウは、少し俺から離れて歩いて」
「分かったのー。とりあえず真っ直ぐ、ちょっと上の方」
「了解」

 草薙剣を前方に構えたまま、亮太は踏むと弾力で跳ね返る様な感覚がある落ち葉の上を一歩一歩踏みしめていく。しかし暗い。

「コウ、悪いけど八咫鏡で照らせるか?」
「分かった」

 コウがガサゴソとポケットから八咫鏡を取り出すと小さく口の中で唱え始め、するとすぐに鏡から光りが溢れ出した。

「あまり長時間は私もきついから、早く見つかるといいんだけど」
「え、そういうものだったのか?」
「ああ。言ってなかったか?」
「聞いてない」

 コウのその言葉に、蓮の結界と同様八咫鏡を光らせるのにも勿論神がかった力を要することにようやく思い至った。そりゃそうだ、何の神力もない亮太が唱えたところで反応などする訳もない。これは高天原の神の現身であるコウだからこそ使える代物なのだろう。

 本当はコウの手を引っ張ってあげたかったが、手を繋いでいる時に何かあったら咄嗟に庇える自信がない。コウのすぐ近くで草薙剣を振り回す様なことが起こらなければいいのだが、こればかりは亮太にも分からなかった。

 みずちは成獣となり身体が太くなった分小回りが利かなくなり、木の間は通りにくそうである。

 ガサガサと音を立てて森の緩やかな傾斜を登って行く。どれ位経っただろうか、後ろからついてくるコウの息が段々荒くなってきたので亮太は一旦足を止めた。

「コウ、休憩しよう。光は消していいから」
「済まない、こんなに消耗するなんて。まだ大して時間も経ってないのに」

 八咫鏡から出されていた光が消えると辺りはすっと暗くなったが、時折上空の葉の隙間から覗く日光でコウの顔色を確認することが出来た。亮太は慌ててコウに駆け寄る。

「顔が真っ白じゃないか!」
「何かやたらと力が抜けて、本当にどうしたんだろう」

 草薙剣の出番は今の所ない。みずちも進みにくそうだし、コウをこの場に置いていくなど絶対御免だった。ならば剣をしまってコウをおぶっていくか。

「コウ、剣をしまうから口を開けてくれ」

 すると、コウが珍しく反対意見を述べた。

「亮太、しまわない方がいいの。コウ様が疲れてるのは、瘴気を晴らすのにいつもより神力がいるからなの」
「え? どういうことだ?」

 亮太は進行方向の鬱蒼と茂る森を凝視する。暗い。そうだ、暗すぎるのだ。いくら木々が生い茂るからといって、日光が時折照らしているというのにこの暗さは異常だった。

「これは……まさか瘴気か?」
「そうなの」

 コウを手伝い地面に座らせつつ亮太は辺りを改めて見回した。来た方は明るい。進行方向は真っ暗闇だった。亮太もその場に座り込み、手で顔を覆う。原因は一つだった。

「……出ちまってるんだな、最後の八岐大蛇が」
「そうか、それでこんな異様な暗さだったのか……暗すぎて気が付かなかった」

 コウが納得した様に頷いた。

「でも亮太。先程のお寺の首が出していた瘴気といい、この広範囲の瘴気といい、何かおかしくないか」

 亮太の予想は多分間違っていない。でもそれは最悪な予想だった。口に出したらその時点で現実になってしまうのではないか、そう思うと怖かった。でも、言っても言わなくても結果は一緒だ。

「レンに取り憑いたんじゃないかと、俺は思っている」
「え! ……でも確かに、私達の中では一番瘴気の影響を受けていたな」

 額に汗を浮かばせながらコウが言った。亮太がそれに頷く。

「昔は色々あったと言っていたことがあったんだ。あいつのことだから詳細なんてちっとも教えてくれなかったけど、それが原因なんじゃないかと思ってる」

 亮太は瘴気に取り憑かれたタケルを見ている。何の力もないただの人間のタケルは、それでも荒神の様に暴れ自我を失っていた。それが力を持つ神使の狗神だったらどうなる?

 もっと規模が大きな厄災と化すのではないか。そうなった時、一番心を痛めるのは狗神本人だろう。だったらそうなる前に止めなければならない。

「亮太、上を飛んで行こう」

 コウが提案してきた。

「見られてもいい。見られることを恐れるよりも、レンを失うことの方が亮太は怖いだろう?」
「コウ」

 まだ白い顔のまま、コウが笑いかけた。

「それで後で二人でレンに正座で怒られよう」

 亮太は言葉に詰まった。喉の奥がツンとして、目頭が熱くなる。そのまま無言で何度も何度も頷いた。コウが亮太の頬に手を触れる。

「大丈夫。ここには三種の神器が全て揃っているから、何とかなる」

 すると、みずちが呟いた。

「……僕、段々思い出して来たの」
「思い出した?」

 みずちは暗闇の方を見つめている。

「お約束の条件。こういう意味だったの……」
「意味? コウ、俺達にも分かる様に言ってくれ」
「うーん、うまく言えないの」

 みずちは本当に困った様子だった。

「多分その時になったらちゃんと説明出来るの」

 みずち自身もはっきりとは分かっていないのかもしれない。コウが立ち上がった。

「亮太、分からないことは仕方ない。だったらまずは進もう」
「うん……そうだな!」

 亮太は勢いよく立ち上がると、コウに手を貸しつつみずちに跨った。

「出来るだけ低めに飛んでくれよな」
「僕もイヌガミには怒られたくないから、分かったなのー」
「はは、皆一緒だな」

 二人を乗せたみずちがふわりと浮き、木々の上すれすれを泳いでいく。すると、下を歩いていた時には見えなかった濃い瘴気が亮太の目に入ってきた。丘の天辺あたり一面がまるで雷雨が集まっているかの様に暗い。

 みずちは真っ直ぐにその闇へと目指し進む。

「アキラ様はあそこにいるの!」
「あの感じだとレンも一緒だな」
「だと思うのー」

 いつも心配性で細かくて、アキラが一番大事な癖に、亮太にも何だかんだ甘くて実はすごく素直な蓮。冗談は通じないが、料理も美味いし結局はお人好しで、そうあいつこそが本当のお人好しだ。いつも人の心配ばかりして、自分のことは横に置いてしまう。あいつの悪い癖だ。

 何で相談しなかった。ただのおっさんだけど、でもその辺のただのおっさんとは違う。亮太は柏木家の家主で皆の庇護者のつもりでいる。例え家庭内順位が現在は最下位に落ちてようが、亮太は蓮とも家族みたいなものなのに。

 段々腹が立ってきた。いつもいつもいつもいつも人のことばっかりで、肝心な自分のことは何一つ話やしないんだあいつは。

「見つけたら説教してやる!」

 思わず口をついて出た。すると、亮太の前に座るコウがぷっと吹き出した。

「ふふっあのレンに説教しようなんて思える奴は亮太ぐらいだな!」
「だって腹立って仕方ねえんだよ! いーっつも一人で抱え込みやがって、肝心なことは直前か終わった後にしか言いやしねえし!」
「あれは昔からだな」
「にしても! 俺にだってレンを心配する権利はあると思うんだよ! それにあいつは気付きやしねえ! 腹も立つわ!」

 亮太は前方の闇を見据えた。

「だから分からせてやるんだ。俺だって心配してんだぞってことを」
「……そうだな」
「じゃあスピードあげるのー! しっかり捕まってて!」

 ぐん、と重力が掛かり、亮太達は深い闇の中へと向かった。
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