我が家の家庭内順位は姫、犬、おっさんの順の様だがおかしい俺は家主だぞそんなの絶対に認めないからそんな目で俺を見るな

ミドリ

文字の大きさ
11 / 100
第二章 二人目の居候

11.犬の毛は何気に気持ちがいい

しおりを挟む
 その頃、亮太はスーパーDにいた。

 合鍵の作成を入り口側にある合鍵作成コーナーで頼むと、その間に一階の食品売り場に行く。十分程度で終わるそうなので、その隙に惣菜を買ってしまおうという時短作戦である。自分を入れて人間二人と犬一匹の面倒を見るには、今後はこうやって時間を効率よく使っていくしかなさそうだった。

 気ままな独り暮らし生活とはしばしのお別れ。まだそれがいいのか悪いのかは判断がつかない。

 下北沢はまるで迷路の様にごちゃごちゃとしている。住んでいればその内慣れるだろうが、一日二日過ごした程度で把握出来る程簡単な作りにはなってはいない。都会に住んでいた人間ならともかく、マックもピザ屋もない山奥から出てきたばかりのアキラには、目的地に辿り着くことも、その後亮太の家に帰ることもままならないだろうことは容易に想像が出来た。であれば、慣れるまではこうやって亮太が面倒を見てやる他はない。

 まずは南口をマスターし、北口はその後だ。南口から北口に抜けるルートは複数あるが、それも混乱の元となる。

 それまでは根気よく同じルートを叩き込んでいくしかないだろう、亮太はそう思っていた。

 何故か。

 亮太も散々迷った経験があるからだ。今はもう歩いて京王線の笹塚にだって行けるが、下北沢に住み始めた当初は位置関係が全く分からずとても苦労したのを覚えている。一ヶ月程経ち、ようやく迷わず南口から北口駅前の銀行に行けた時は、我ながら達成感があったものだ。あの感動は今でも忘れられない。

 ただし環状七号線略して環七の先はまだまだ未知の世界。世田谷線、小田急線、京王線に囲まれた通称世田谷トライアングルに入り込むと抜け出せないなどという笑い話はよく聞くが、その地域に足を踏み入れたことはまだなかった。

 そんな下らないことをつらつらと考えながら、惣菜コーナーを彷徨く。いくら人間と同じものでいいと言っても、塩分過多なのは犬にはよくないと聞いたことがある。

 腕時計をちらりと見ると、出勤まではまだあと二時間半あった。

「作るか」

 ブロッコリーを軽く茹でてにんにくを入れたオリーブオイルでさっと炒めると美味い。それに、焼くだけの豚の味噌漬け、それからもう揚げてある唐揚げ。なめこを買って、なめこの味噌汁もつけよう。

 先程食べたばかりなので正直全く腹は減っていなかったが、まあアキラと狗神が腹いっぱいになれば今日はとりあえずはよかった。

 結局暇つぶしグッズも何も買えなかったので、食後はのんびりとテレビでも見ててもらうしか他はなかったが、それも今日はもういい。後は明日明日、全部一日でやろうとするとパンクする。

 亮太は母親を見てそれを痛い程学んでいた。

 会計を済まし、合鍵作成コーナーに行くともう終わっていた。仕事が早い。

 スーパーの外に出る。まだ雨は止んではいないが、大分小雨に変わってきていた。もう傘は必要なさそうだった。

 亮太は軽く礼を言うと駆け足で帰路についた。



「ただいま」
「おかえりなさいませ」
「お、おお」

 犬に物凄く丁寧な出迎えをされた。こんな経験がある人間は、恐らく世の中に殆どいない。そもそも普通の犬は喋らない。

 亮太はスーパーの袋を台所にガサ、と置くと、早速調理をスタートする事にした。

 横に行儀よくお座りしている狗神に、一応聞いてみる。

「えーと、白飯は食べるか?」
「ええ、普通程度には。アキラ様はおかしな程食べますので、三合は必要かと」

 いいアドバイスをもらった。やはり犬から見てもアキラの食欲は異常らしかった。

「サンキュ」

 まずは米をさっと研ぎ、炊飯器にセット完了。次に味噌汁用にお湯を沸かし、ブロッコリー用にもう一つ鍋を用意する。

 二口ふたくちコンロではあるが、調理した料理を鍋に入れておけば温め直しも簡単だ。明日は鍋をもう一つ買おう、亮太は頭の中のメモに「鍋」と書いた。書いてもどこに行ったかすぐに見失ってしまうのだが。

 沸騰した味噌汁用の鍋には出汁の素、ブロッコリー用の鍋には塩。犬にも食べさせるならと思い、少しだけにした。ブロッコリーは硬めに茹でると噛みごたえがある。アキラみたいに呑み込むように食べる奴には、沢山噛む様になるのでいいかもしれない。タイマーを二分にセットした。

 亮太は小さな紙袋に入れられた鍵を取り出した。

「アキラー?」
「んー?」
「合鍵作った。キーホルダーはテレビの横の籠の中にあるから、好きなやつ付けとけ」
「分かった」

 店をやっていると、客が旅行に行くとお土産をくれたりすることも多い。食べ物なら食べたらなくなるのでいいのだが、物を貰うとなかなかに辛いものがある。いただき物を簡単に捨てる訳にもいかず、身に付ける物は多少気に食わずともしばらくは使用してから捨てたり外したりしている。

 キーホルダーがその一番いい例で、亮太はそんなに山の様に鍵は持っていないのに次から次へと貰うので、テレビの横の籠に山積みされている、というのが現状だった。

 アキラがガサゴソやっている姿がチラリと見える。亮太は狗神にお願いした。

「イヌガミ、これアキラに渡してくれるか?」
「かしこまりました」

 狗神は差し出された鍵をぱくりと口に加えると、とっとこと軽やかにアキラの元へと向かった。

 言葉が通じる犬。思った以上に便利かもしれない。狗神には悪いが、ついそう感じてしまった。

 お湯が沸騰してきたのでブロッコリーを入れ、もう一つの鍋に洗ったなめこも入れた。タイマーが鳴るまでしばし待機。

 タイマーが鳴るとブロッコリーをザルに上げた。一旦味噌汁の火も止めた。

「亮太」
「何だ」

 戻ってきた犬に呼び捨てされた。まあ別に構わないのだが。

「少し休まれた方がいいかと。お疲れの様ですので」
「イヌガミ……」

 亮太は胸がジンと熱くなった。なんて優しい言葉だろうか。もうしばらくの間、思いやりの言葉などかけられた記憶がない亮太は、素直に感動し、狗神の前にしゃがむと狗神の首に抱きついた。石鹸のいい香りがするふわふわの毛が頬に触れた。癖になりそうだった。

「お前はいい奴だなあ」
「そうですか? それは光栄です」

 亮太は顔を上げると、狗神の首をわしゃわしゃしてから立ち上がった。

「そうしたら一時間位寝させてもらおうかな」
「それがいいかと思います」

 そう言うと、狗神は亮太を先導して亮太の布団に先に寝転がった。

「私は腕枕が好きです」
「腕枕しろってことね。分かった分かった」

 アキラがチラリとこちらを見たが、何も言わずにテレビを消した。手には『下北沢グルメ』と書いてある貰い物の本を持っていた。籠の下に置いておいたのを発見したらしい。

 亮太は布団に横になると、腕を横に投げ出した。そこに当然の様に狗神が顎を乗せる。

 肌に直に触れる犬の毛はサラサラで何とも言えない感覚だったが、不快ではない。むしろ気持ちよかった。


 これは癖になるかもしれない。


 そんなことを思いながら目を瞑ると、狗神が体をピッタリと寄せてきた。何だろう、触れている部分が清らかになっていく様な、不思議な感覚だった。

 遠くなっていく意識の中で、ぼんやりと考える。イヌガミ、犬神、狗神。あれだ、犬の姿をした神様のことだ。島根の婆ちゃんちの方ではたまに祀ってあるのを見かけたが、そういえばこちらの方では見たことがない。関東はどちらかというと狐の方が多い気がする。
 

 狗神は神様っぽくはないが、近いものはあるのかもしれない。例えば猫又みたいに長生きしたとか。ならまあ喋るのも納得だ。


 我ながらもう少し疑ったりすべきだとは思えたが、だって喋る犬だ。

 亮太があれこれ考えていると。

「寝ましょう」

 狗神が囁いた。

 すると、睡魔は一瞬で襲ってきた。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

王命って何ですか? 虐げられ才女は理不尽な我慢をやめることにした

まるまる⭐️
恋愛
【第18回恋愛小説大賞において優秀賞を頂戴致しました。応援頂いた読者の皆様に心よりの感謝を申し上げます。本当にありがとうございました】 その日、貴族裁判所前には多くの貴族達が傍聴券を求め、所狭しと行列を作っていた。 貴族達にとって注目すべき裁判が開かれるからだ。 現国王の妹王女の嫁ぎ先である建国以来の名門侯爵家が、新興貴族である伯爵家から訴えを起こされたこの裁判。 人々の関心を集めないはずがない。 裁判の冒頭、証言台に立った伯爵家長女は涙ながらに訴えた。 「私には婚約者がいました…。 彼を愛していました。でも、私とその方の婚約は破棄され、私は意に沿わぬ男性の元へと嫁ぎ、侯爵夫人となったのです。 そう…。誰も覆す事の出来ない王命と言う理不尽な制度によって…。 ですが、理不尽な制度には理不尽な扱いが待っていました…」 裁判開始早々、王命を理不尽だと公衆の面前で公言した彼女。裁判での証言でなければ不敬罪に問われても可笑しくはない発言だ。 だが、彼女はそんな事は全て承知の上であえてこの言葉を発した。   彼女はこれより少し前、嫁ぎ先の侯爵家から彼女の有責で離縁されている。原因は彼女の不貞行為だ。彼女はそれを否定し、この裁判に於いて自身の無実を証明しようとしているのだ。 次々に積み重ねられていく証言に次第に追い込まれていく侯爵家。明らかになっていく真実を傍聴席の貴族達は息を飲んで見守る。 裁判の最後、彼女は傍聴席に向かって訴えかけた。 「王命って何ですか?」と。 ✳︎不定期更新、設定ゆるゆるです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

不貞の子を身籠ったと夫に追い出されました。生まれた子供は『精霊のいとし子』のようです。

桧山 紗綺
恋愛
【完結】嫁いで5年。子供を身籠ったら追い出されました。不貞なんてしていないと言っても聞く耳をもちません。生まれた子は間違いなく夫の子です。夫の子……ですが。 私、離婚された方が良いのではないでしょうか。 戻ってきた実家で子供たちと幸せに暮らしていきます。 『精霊のいとし子』と呼ばれる存在を授かった主人公の、可愛い子供たちとの暮らしと新しい恋とか愛とかのお話です。 ※※番外編も完結しました。番外編は色々な視点で書いてます。 時系列も結構バラバラに本編の間の話や本編後の色々な出来事を書きました。 一通り主人公の周りの視点で書けたかな、と。 番外編の方が本編よりも長いです。 気がついたら10万文字を超えていました。 随分と長くなりましたが、お付き合いくださってありがとうございました!

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

【完結】奇跡のおくすり~追放された薬師、実は王家の隠し子でした~

いっぺいちゃん
ファンタジー
薬草と静かな生活をこよなく愛する少女、レイナ=リーフィア。 地味で目立たぬ薬師だった彼女は、ある日貴族の陰謀で“冤罪”を着せられ、王都の冒険者ギルドを追放されてしまう。 「――もう、草とだけ暮らせればいい」 絶望の果てにたどり着いた辺境の村で、レイナはひっそりと薬を作り始める。だが、彼女の薬はどんな難病さえ癒す“奇跡の薬”だった。 やがて重病の王子を治したことで、彼女の正体が王家の“隠し子”だと判明し、王都からの使者が訪れる―― 「あなたの薬に、国を救ってほしい」 導かれるように再び王都へと向かうレイナ。 医療改革を志し、“薬師局”を創設して仲間たちと共に奔走する日々が始まる。 薬草にしか心を開けなかった少女が、やがて王国の未来を変える―― これは、一人の“草オタク”薬師が紡ぐ、やさしくてまっすぐな奇跡の物語。 ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

【完結】うだつが上がらない底辺冒険者だったオッサンは命を燃やして強くなる

邪代夜叉(ヤシロヤシャ)
ファンタジー
まだ遅くない。 オッサンにだって、未来がある。 底辺から這い上がる冒険譚?! 辺鄙の小さな村に生まれた少年トーマは、幼い頃にゴブリン退治で村に訪れていた冒険者に憧れ、いつか自らも偉大な冒険者となることを誓い、十五歳で村を飛び出した。 しかし現実は厳しかった。 十数年の時は流れてオッサンとなり、その間、大きな成果を残せず“とんまのトーマ”と不名誉なあだ名を陰で囁かれ、やがて採取や配達といった雑用依頼ばかりこなす、うだつの上がらない底辺冒険者生活を続けていた。 そんなある日、荷車の護衛の依頼を受けたトーマは――

処理中です...