我が家の家庭内順位は姫、犬、おっさんの順の様だがおかしい俺は家主だぞそんなの絶対に認めないからそんな目で俺を見るな

ミドリ

文字の大きさ
10 / 100
第二章 二人目の居候

10.何がどうしてこうなった

しおりを挟む
 亮太は、目の前にシャキッと立つ犬を見た。汚れていて、何犬なのかは分からないが、スッとして形のいい犬だ。洗えば更に凛として見えるに違いなかった。

 とりあえず、この喋る犬をこのままここに放っていく訳にもいくまい。

 後ろで視線を逸らして突っ立っているアキラは助けになりそうにもなかったので、傘を預けることにした。

「持っててくれ」
「……ん」

 アキラは素直にビニール傘を二本共受け取った。

 何だかよく分からないしドッキリでも仕掛けられている気分しかないが、とりあえず亮太は考えるのは後にすることにして、犬に向き直り両手を出した。

「ほれ、こい」

 すると犬は素直に亮太に抱かれた。亮太は膝をきちんと曲げて立ち上がる。腰にでもきたら生活に支障をきたす。幸いぎっくり腰はこの年までやったことはないが、周りからちょいちょいヘルニアだぎっくりだ、と聞くので、コツは膝をきちんと曲げることだとも知っていた。

 ぐん、と力を入れて立ち上がる。案外重い。

 犬の脇に片腕を入れて、もう片方の腕でお尻を支える。喋る犬のお尻を触って文句を言われないか少しだけ不安になったが、犬は何も言わなかった。

 亮太の服は、Tシャツもジーンズも犬に付着していた泥と雨であっという間に汚れてしまった。正直嫌だったが、だからといって怪我をしている犬を歩かせて平然な顔が出来る程、亮太は冷酷な人間にはなれない。

 どんなに虚勢を張っていても、所詮は小心者。

 自分で勝手にそう考えて、ズン、と凹んだ。

「アキラ、一回家に戻るぞ」
「……ん」

 アキラは静かに亮太の後ろをついてくる。チラ、チラ、と視線を感じるが、まあとりあえず話は家に入ってからだ。

 亮太は犬を抱えたまま次の角を右に曲がり、茶沢通りに出る。左右を見て車が来ていないことを確認すると、駆け足で道路を横断した。アキラもすぐ後ろをついてきている。坂道を登り、ボロアパートへと向かう。

 少し息が切れてきた。原因はこの犬だ。まだ歳のせいとは思いたくなかった。きっと、まだ疲れも残っているに違いない。

「アキラ、俺のケツポケに入ってる鍵を出してくれ」

 あ、合鍵作るのをまた忘れた。仕事前に作らないと、いざという時にアキラが外に出れなくなる。ああ、アキラは携帯も持ってない。勿論、家電いえでんなど引いていない。

 まだまだ、足りない物は多そうだった。

 アキラがポケットから取り出した鍵で玄関のドアを開ける。

 たたきで無理矢理靴を脱いだ。踵を踏んでしまったが、まあ今回は仕方がない。

 風呂場はびるので、基本ドアは開けて換気をしてある。亮太は犬を抱いたまま風呂場に直行した。空っぽの風呂釜の中に犬を降ろすと、給湯器に火を点し、犬に当たらない様シャワーの水を出し始める。

 お湯になるまで時間がかかる。亮太はしばらくの間待ちつつ、風呂釜の中でじっと待つ犬に声をかけた。

「洗うぞ、文句言うなよ」
「……分かりました」

 犬が返事をした。やはりこいつ、普通に喋っている。

 段々とシャワーの水がお湯になってきた。犬の足元からゆっくりとシャワーをかけ、こびりついた泥を少しずつ落としていく。

「痛かったら言えよ」
「はい」

 しかし随分とお上品な口を聞く犬だ。まあ他の犬が喋ったことなど聞いたこともないので、比較のしようがないが。

 犬に人間のシャンプーを使うのも気が引けたので、みかんの赤い網の袋に入れた固形石鹸を手で泡立てて、それをしっかりと毛の奥まで吸い込ませて洗い始めた。泡がどんどん灰色に染まっていく。この泥を落とし切るには、根気がいりそうだった。

 ごしごしと指の腹で洗っていく。亮太もこんな風に頭を洗ってもらいてえなあ、と思う。絶対に気持ちいい。やってやるから亮太にもやってもらいたい。

 結婚はもうほぼ諦めている。ならばせめて一緒にいてくれる相手だけでもそろそろ本腰を入れて探さないとな、と考え、いやアキラが同居して犬まで来た今の状況では無理だろう、と更に凹んだ。いやそもそもここのところしばらくそんな相手もいなかった、アキラを理由にするのはアキラとて心外だろう。

 そんなことをつらつらと考えながらも手は動いていく。もう大丈夫だろう、そう思ってゆっくりとシャワーで毛の奥までお湯を含ませ石鹸を洗い流していく。よし、完了。

 犬が、身体をブルブルと震わせて、水を払った。後ろを向くと、アキラがバスタオルを持って立っていた。亮太は無言でそれを受け取ると、犬を拭き始めた。あっという間にバスタオルが水を吸ってずっしりと重くなったので、絞ってまた拭くを繰り返す。しばらくしてほぼ水分が取れてきたので、犬を風呂釜から出した。今度はドライヤーのスイッチをオンにした。

 朝から掃除洗濯をしてからのこれ。まだ仕事前だというのにぐったりと疲れてきた。

「ああ、合鍵……。あ、晩飯の用意も……やべえ終わんねえ……」

 時刻を見ると、もう二時。あと三時間もしたら出勤である。

 合鍵の作成をタケルに頼むか? いや、あいつはどうもイマイチ信用出来なくなってきた。ああ、でも犬がいることも言っておかないと大家にちくる可能性は捨てがたい。

 気持ちばかりが焦る。圧倒的に人手が足りなかった。

 そういえば、犬って何を食うんだろう。

「お前、何食うんだ?」

 亮太は犬に尋ねた。

「普通の人間の食事と一緒で大丈夫ですよ。見ての通り普通の犬とは違いますから」
「そりゃ助かる」

 ちなみに、亮太は喋る犬の存在を受け入れているのかというと、どちらかと言えば問題を先延ばしにしている方が感覚としては近かった。

 よし、もう今夜は米だけ炊いて、後はお惣菜にしよう。合鍵を作ってもらっている間に、惣菜購入。アキラと犬については、話は後回し。

 でないと仕事に間に合わない。

「アキラ! 俺とりあえず合鍵作って惣菜買ってくるから、留守番しててくれ。犬と二人きりにして大丈夫だよな?」
「ん、問題ない」

 亮太は粗方乾いた犬の尻を軽く押して部屋に「ほれ行け」と言った後、念の為聞いた。

「おい、犬!」
狗神いぬがみです」

 ちゃんと名前があるらしい。立派な名前だが、まあ喋れる犬だ、それ位は当然なのかもしれなかった。

「じゃあイヌガミ。トイレはいつもどうしてるんだ?」
「人間用で」
「そりゃよかった」

 室内でビシャビシャやって匂いでも付いたら大事だ。

 それだけ確認すると、涼太はほんのり湿ったコンバースをきちっと履いて、「いってくるぞ」と言い捨てて家を出て行った。

 バタン、とドアが噛み合わせの悪い音を立てた。ガチャ、と外から鍵を掛ける音がする。

 パタパタ、と走っていく足音が遠のき聞こえなくなった辺りで、アキラはテーブルに肘をついて不機嫌そうに狗神と名乗った犬を睨みつけた。

「アキラ様、どうかしましたか」

 てとてと、とアキラの横まで来るとお座りをする狗神。

 アキラははあー、と大袈裟な溜息をついてみせた。

「どうかしたの、じゃないでしょ」
「何がですか。私をこんな遠くまで呼んだのはアキラ様、貴女でしょう」
「それは悪いと思ってるけど。にしても早かったね」
「はい。走り続けましたから。お陰でこの足です」

 狗神はそう言うと血が固まっている前脚を見せた。嫌味たらしく続ける。

「なんせどういう状況か分かりませんでしたので。まさかこんな呑気に過ごされているとは思いませんでしたよ」
「呑気とは失礼ね」
「あの人間はどういった者なんです? まあ随分とお人好しの世話焼きの様ですが」
「それ、多分亮太は気にするから言っちゃ駄目だよ」
「つまりお人好しで世話好きなんですね」
「否定はしない」

 亮太が聞いたら凹んでしばらく自分の殻に篭りそうなことを、アキラと狗神で言い合う。

「にしても、喋っちゃ駄目でしょ」
「駄目でしたか?」
「普通、犬って喋るっけ」
「喋りませんね」
「亮太はただの人間だよ」
「でも後ろのかたが大きくオッケー! てしてましたよ」
「後ろの方……あの明るそうなお婆さんね」
「随分お茶目な方ですよね。まあ、だから彼はあんな感じなんでしょうが」
「あんな感じ……一応恩人だからね」
「分かってますよ」

 二人はしばし黙り込んだ。狗神がアキラの首にある絆創膏に気が付いた。

「アキラ様、それは?」
「……あいつにやられた」

 あいつ、と聞いた途端、狗神の雰囲気が怒りを帯びたものとなった。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

王命って何ですか? 虐げられ才女は理不尽な我慢をやめることにした

まるまる⭐️
恋愛
【第18回恋愛小説大賞において優秀賞を頂戴致しました。応援頂いた読者の皆様に心よりの感謝を申し上げます。本当にありがとうございました】 その日、貴族裁判所前には多くの貴族達が傍聴券を求め、所狭しと行列を作っていた。 貴族達にとって注目すべき裁判が開かれるからだ。 現国王の妹王女の嫁ぎ先である建国以来の名門侯爵家が、新興貴族である伯爵家から訴えを起こされたこの裁判。 人々の関心を集めないはずがない。 裁判の冒頭、証言台に立った伯爵家長女は涙ながらに訴えた。 「私には婚約者がいました…。 彼を愛していました。でも、私とその方の婚約は破棄され、私は意に沿わぬ男性の元へと嫁ぎ、侯爵夫人となったのです。 そう…。誰も覆す事の出来ない王命と言う理不尽な制度によって…。 ですが、理不尽な制度には理不尽な扱いが待っていました…」 裁判開始早々、王命を理不尽だと公衆の面前で公言した彼女。裁判での証言でなければ不敬罪に問われても可笑しくはない発言だ。 だが、彼女はそんな事は全て承知の上であえてこの言葉を発した。   彼女はこれより少し前、嫁ぎ先の侯爵家から彼女の有責で離縁されている。原因は彼女の不貞行為だ。彼女はそれを否定し、この裁判に於いて自身の無実を証明しようとしているのだ。 次々に積み重ねられていく証言に次第に追い込まれていく侯爵家。明らかになっていく真実を傍聴席の貴族達は息を飲んで見守る。 裁判の最後、彼女は傍聴席に向かって訴えかけた。 「王命って何ですか?」と。 ✳︎不定期更新、設定ゆるゆるです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

不貞の子を身籠ったと夫に追い出されました。生まれた子供は『精霊のいとし子』のようです。

桧山 紗綺
恋愛
【完結】嫁いで5年。子供を身籠ったら追い出されました。不貞なんてしていないと言っても聞く耳をもちません。生まれた子は間違いなく夫の子です。夫の子……ですが。 私、離婚された方が良いのではないでしょうか。 戻ってきた実家で子供たちと幸せに暮らしていきます。 『精霊のいとし子』と呼ばれる存在を授かった主人公の、可愛い子供たちとの暮らしと新しい恋とか愛とかのお話です。 ※※番外編も完結しました。番外編は色々な視点で書いてます。 時系列も結構バラバラに本編の間の話や本編後の色々な出来事を書きました。 一通り主人公の周りの視点で書けたかな、と。 番外編の方が本編よりも長いです。 気がついたら10万文字を超えていました。 随分と長くなりましたが、お付き合いくださってありがとうございました!

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

後宮の手かざし皇后〜盲目のお飾り皇后が持つ波動の力〜

二位関りをん
キャラ文芸
龍の国の若き皇帝・浩明に5大名家の娘である美華が皇后として嫁いできた。しかし美華は病により目が見えなくなっていた。 そんな美華を冷たくあしらう浩明。婚儀の夜、美華の目の前で彼女付きの女官が心臓発作に倒れてしまう。 その時。美華は慌てること無く駆け寄り、女官に手をかざすと女官は元気になる。 どうも美華には不思議な力があるようで…?

処理中です...