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第73話 女は度胸

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 ライトを点けようかどうか、一瞬だけ迷った。

 だけど、距離を稼ぐならロウが悶絶している今しかない。

 私はホルスターからペンライトを取り出すと、前方を照らした。一度通ってきた道だから、大体は覚えている。そこまで障害物はなかった筈だから、一気に大通りまで走ろう。

 その後は――その後は、どうする?

 はあ、はあ、と息荒く走りながらも、私は必死で考え続けた。私の身体には、今はロウの匂いが塗りつけられている。ロウはかなり鼻が利くから、私がこの匂いをさせている限り、どんなに遠くに行こうがきっと追いかけてくるだろう。

 街の外に逃げようか。そう思ったけど、あそこは一本道で逃げ場所はない。しかも、ここから出たら暫くは上り坂が続く。私の足だと、ロウに一瞬で追いつかれてしまう。

 だったら――街の中へ逃げる?

 大通りまで出ると、出口に向かうか街の中心に向かうかを即座に判断出来なくて、立ち止まった。ど、どうしよう――!

「そうだ――地図!」

 自分が今どこにいるかさえ分かれば、勝手知ったる済世区サイセイ・ディストリクトと同じ配置をしているネクロポリスの中も、きっと自由に動き回れる。

 果たして同じ位置に建てられた物が同じ役割を持っているかは謎だけど、きっとこれは何かの符牒だ。だったらきっと、済世区サイセイ・ディストリクトで重要な位置付けになっている建物は、同じ位置にある筈。

 完全に勘でしかなかったけど、『神の庭』へ旅立った神の子たちが、残された使徒に何もヒントを残さなかったとは思えない。

 神の子が使徒にヒントとしておとぎ話の『神の庭物語』を与えたのなら、そこに具体的な名称が何も示されていなかった以上、かつての楽園に訪れた使徒が見てすぐに分かる導きが用意されていたんじゃないか。

 ヒトの町が、神の子の残した遺産であったなら。その形が楽園、今のネクロポリスのミニチュア版ならば。どのヒトの町から使徒が訪れようが、使徒は迷わずに目指す筈だ。

 町の中心、管制塔がある場所を。一般市民は立ち入ることのない場所だけど、私たち家族はその隣にある環境研究施設によく出入りしていた。小夏の診察をする為に。だから私は今の居場所さえ分かれば、迷いがちな地図を見なくても辿り着ける筈。

 物理的にも政治的にも町の中心にあるその場所が、きっと『神の庭』にコンタクトを取れる場所だ。

「――よし! 確認確認……っ」

 ガサガサと紙の地図を取り出すと、地図にあるコンパスと自分のコンパスの向きを合わせた。管制塔の場所を確認する。――分かる! この位置は、私が町を出る時に使った出口の位置と一緒だから。

「いける……!」

 管制塔まで辿り着いて神の子と連絡がつけば、もしそこだけでも電力が生きていれば、ロウが入って来れない様にすることも可能かもしれない。

 電力が生きている可能性は、かなり高い。そうじゃないと、あのおとぎ話の辻褄が合わなくなってしまうから。

 頬をパン! と両手で叩いた。

「女は度胸よ、小町!」

 自分を鼓舞する。ちょっとどころじゃなくて大分頬が痛かったけど、お陰で迷いは吹っ切れた。

 僅かでも可能性が高い方に賭けたい。小夏のことだって、そう思ってここまで来たんだから。シスにはそうして出会えたんだから、きっと可能性が高い方を選べばなんとかなる!

 震えそうになる手で、ライトを消した。大通りでライトを使えばどうしても目立ってしまう。路地に入る時になって使おう。それまでは怖くても我慢だ。

 シスみたいに全速力だと、体力が保たない。駆け足で行きたい気持ちを必死で抑えつつ、軽いランニング程度の速さで走り始めた。目指すは管制塔だ。

「はあ……っはあ……っ」

 自分の息遣いだけが耳に届く。

 地図屋で入手したネクロポリスの地図を見た瞬間、気付いた。

 おとぎ話にある使徒はヒトのこと。悪魔とは、亜人のことだと。

 だったらヒトには、亜人を滅ぼすことの出来る何らかの因子を持っているんじゃないか。

 だから亜人はひ弱で無害にしか思えないヒトを食べる。食べて自分を滅する可能性を減らしているのではないかと。

 本当は泣きたい。縮こまって誰か助けてと、子供みたいに駄々をこねたい。

 でも、これが私の選んだ道だから。

「――負けないんだからっ!」

 唇を噛み締めると、決意新たに管制塔へと向かった。
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