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第50話 地図屋
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支度を終えて部屋の外に出ると、シスがハッとした顔で私を見た。シスから視線をフイッと逸らすと、近くにいたサーシャさんとタロウさんの元へ駆け寄る。
ぺこりと頭を下げた。彼らの行動は、完全な好意だ。シスがちゃんとやらなくても、私はちゃんとしたい。
「今日はよろしくお願いします」
「いやいや。こんなことくらいしか俺たちには出来ないしね」
タロウさんは無精髭を手で擦ると、ニヤリと笑った。視線が背後のシスに一瞬移動する。サーシャさんの後に続いて歩き出した私の横に並ぶと、屈みながら小声で尋ねた。
「物凄く暗いよ、シスくん。声、掛けてあげたら?」
「必要ないです」
「うわお。こりゃシスくん、ショックだろうなあ……」
顎を撫で回すタロウさんを横目で見る。どうもサーシャさんとタロウさんと見ていると、私とシスをくっつけようとしている様に見えて仕方なかった。シスにはその気なんてないのに。
「ペットに手を噛まれてへこんでるだけだと思いますから」
「ペットって」
呆れた口調で言われても、事実なんだから仕方ない。
「……シスに悪気がないのは分かってます。面倒を見てやろうと思ったんでしょ。私が納得すればいいだけの話だし」
「納得したい様には聞こえないけど?」
相変わらずニヤニヤしているタロウさんを、軽く睨んだ。
「私は小夏を助ける為に旅をしてるんですよ」
「そりゃそうだけど」
タロウさんが片眉を下げる。
「ネクロポリスで情報を得られてもやっぱり何もなくても、どっちにしろ済世区に戻って小夏に会いたいし」
「そりゃまあね」
「どうせネクロポリスまでの縁だし」
「……嫌そうに聞こえるけど?」
もう一度睨みつけると、タロウさんは口角を上げたまま肩を竦めた。
前を向いて、サーシャさんの白い翼を見つめる。堂々としていて格好いいな。私もああなれたらよかったのに。シスにしてみたら、どうでもいいヒトが裸を見られたって大騒ぎして、さぞや呆れたことだろう。
何言ってんだよっていう戸惑ったシスの態度を見たら、一目瞭然だ。全く意識してないのにギャーギャー騒がれて、単純に何が問題なのか理解出来てないんだろう。
階下に行き、カウンターの前を通りかかる。すると、ヤギ亜人の店主が私を見て笑いかけた。
「昨夜は大喧嘩してましたが、仲直りしたんですね。いやあよかったよかった」
「へ?」
何言ってるんだろうと思ったら、店主が続けた言葉に、私は言葉を失った。
「また随分と沢山匂いが付いて、いやあ、あはは」
「は?」
思わず後ろから付いてきているシスを振り返ると、シスはビクッとした後、遠慮がちな笑みを浮かべた。再び前を向く。宿屋の外に先に出て待っているサーシャさんが、口元を押さえて頬を緩ませていた。
「サーシャさん! ちょっと、匂いのことは教えて下さいよ!」
サーシャさんの元に駆け寄ると、サーシャさんが可笑しそうにクスクスと笑う。
「あのねえ小町ちゃん。このままじゃシスくんがちょっと可哀想だから、ひとつだけ教えてあげる」
「え? 何をです?」
私の耳に顔を近付けると、囁いた。
「ただ擦りつけたって、そこまでの匂いは付かないわよ」
「へ?」
どういうこと? と首を傾げると、サーシャさんはやれやれといった表情で続ける。
「それだけ匂いが濃くなるのには理由があるってこと」
「理由? 何なんです、それ」
「それはシスくんに聞いてみなさいな。私は昨日ちゃんと話したわよ。それについては彼も納得した様だったけど」
「ええー……」
こんな状態でシスに聞ける訳がないじゃない。下唇を出してブスッとすると、サーシャさんが笑いながら後ろを振り返った。
私たちの後から、シスとタロウさんが並んで歩いてきている。タロウさんが楽しそうにシスに話しかけているけど、シスはにこりともせず時折何かを短く答えているだけだ。もう少し私といる時みたいにアホみたいに明るくしなさいよね、と呆れた。
再び前に向き直ると、サーシャさんはうふふと笑う。
「シスくんにはね、自覚がなかったのよ。だからちょっと呑み込むまでに時間がかかるかもしれないから、小町ちゃんは仕方ないなあと思ってドンと構えていればいいわよ」
「はい? 自覚?」
「そこはシスくんと話してね」
またさらりと躱されてしまった。でもまあ、この二人は本当にただの親切心でここまでしてくれているんだから、私たち二人のことで迷惑をかけるのもな。
そう思ってしまって、それ以上聞くのはやめた。
「――あ、あそこよ」
地図屋と言っていた店は、そこまで大きな店構えじゃなかった。馬の四肢を持った上半身がヒトと同じ馬の亜人が、店の入り口でパタパタと埃を叩いている。ケンタウロスっていうんだってサーシャさんが小声で教えてくれた。
「すみません。死都までの地図と、できれば内部の地図も欲しいんですけど」
「へいらっしゃい! 死都? まさかあんたたち、トレジャーハンターかい?」
「私じゃないけど、あそこの青髪さんがね」
サーシャさんがにこやかに応対すると、店員はペラペラと喋り始めた。暇なんだろう。薄暗い店の奥には人影がない。
「あそこは広いからねえ! 奥に行けばまだお宝も残ってるって噂だけど、如何せんここのところ建物の崩壊が酷くてね」
「崩壊? それって結構危険なんです?」
頬に手を当ててサーシャさんが尋ねると、店員は上から私たちを見下ろしながら後ろのシスをジロジロと見た。
「彼は吸血鬼かな? だったら身軽だから大丈夫かもねえ。俺なんかこの図体だから、足は早いけど重みで地盤が沈んだりして、入り口で挫折しちゃったよ、あはは」
「え、行ったことあるんですか?」
店員は、私の首を見て、それからシスを見て何かを納得した様だ。多分違うと思うけど。
「あるよ、ヒトのお嬢ちゃん。一攫千金を狙うにはいい目の付け所だよ。金が入用なのかな?」
なんと答えようか分からずに微妙な笑みを浮かべると、店員は勝手に納得してくれた様だ。
「確かにすんごい匂いだもんなあ。他の亜人がいない安全な場所へ逃避行ってところかな……いいねえ、ロマンがあって。僕はそういうのいいと思うなあ」
何かを勝手に想像してうっとりしているけど、全く違う。そもそも目的は私にあるし、シスの辞書にはロマンなんて言葉は存在しないと思う。
店員さんはお尻を向けると、尻尾を振りながら本棚の上の方にある箱を取り出した。
「死都の地図、地図、と……あった、これかな!」
店員に手渡されて見てみると、この亜人街を中心として、ネクロポリスまでのルートが詳細に記されたものだった。これすごい! 完璧じゃない!
私ってやっぱりツイてる。殆ど何も分からない状態で出てきたのに、もうここまで辿り着いたんだから。
嬉しくなって笑顔で店員さんを見上げると、店員さんも嬉しそうに笑い返してくれた。なんだ、亜人っていい人多いじゃない。これまで無差別に襲ってきた奴らが野蛮だっただけなのかも。
「内部は手前の情報ばっかりで、奥のはないんだけど」
そう言って渡されたのは、ネクロポリスの市街図だった。上からの俯瞰図だ。街の外側は詳細に記載されているけど、内側は歯抜けどころかほぼ空白になっている。
「これじゃあちっとも役に立たないかねえ」
店主が申し訳なさそうに首を傾げたけど、私は首を横に振った。
「いえ、これもください」
ネクロポリスの市街図には、既視感があった。
そう、作りが済世区と同じだったのだ。
ぺこりと頭を下げた。彼らの行動は、完全な好意だ。シスがちゃんとやらなくても、私はちゃんとしたい。
「今日はよろしくお願いします」
「いやいや。こんなことくらいしか俺たちには出来ないしね」
タロウさんは無精髭を手で擦ると、ニヤリと笑った。視線が背後のシスに一瞬移動する。サーシャさんの後に続いて歩き出した私の横に並ぶと、屈みながら小声で尋ねた。
「物凄く暗いよ、シスくん。声、掛けてあげたら?」
「必要ないです」
「うわお。こりゃシスくん、ショックだろうなあ……」
顎を撫で回すタロウさんを横目で見る。どうもサーシャさんとタロウさんと見ていると、私とシスをくっつけようとしている様に見えて仕方なかった。シスにはその気なんてないのに。
「ペットに手を噛まれてへこんでるだけだと思いますから」
「ペットって」
呆れた口調で言われても、事実なんだから仕方ない。
「……シスに悪気がないのは分かってます。面倒を見てやろうと思ったんでしょ。私が納得すればいいだけの話だし」
「納得したい様には聞こえないけど?」
相変わらずニヤニヤしているタロウさんを、軽く睨んだ。
「私は小夏を助ける為に旅をしてるんですよ」
「そりゃそうだけど」
タロウさんが片眉を下げる。
「ネクロポリスで情報を得られてもやっぱり何もなくても、どっちにしろ済世区に戻って小夏に会いたいし」
「そりゃまあね」
「どうせネクロポリスまでの縁だし」
「……嫌そうに聞こえるけど?」
もう一度睨みつけると、タロウさんは口角を上げたまま肩を竦めた。
前を向いて、サーシャさんの白い翼を見つめる。堂々としていて格好いいな。私もああなれたらよかったのに。シスにしてみたら、どうでもいいヒトが裸を見られたって大騒ぎして、さぞや呆れたことだろう。
何言ってんだよっていう戸惑ったシスの態度を見たら、一目瞭然だ。全く意識してないのにギャーギャー騒がれて、単純に何が問題なのか理解出来てないんだろう。
階下に行き、カウンターの前を通りかかる。すると、ヤギ亜人の店主が私を見て笑いかけた。
「昨夜は大喧嘩してましたが、仲直りしたんですね。いやあよかったよかった」
「へ?」
何言ってるんだろうと思ったら、店主が続けた言葉に、私は言葉を失った。
「また随分と沢山匂いが付いて、いやあ、あはは」
「は?」
思わず後ろから付いてきているシスを振り返ると、シスはビクッとした後、遠慮がちな笑みを浮かべた。再び前を向く。宿屋の外に先に出て待っているサーシャさんが、口元を押さえて頬を緩ませていた。
「サーシャさん! ちょっと、匂いのことは教えて下さいよ!」
サーシャさんの元に駆け寄ると、サーシャさんが可笑しそうにクスクスと笑う。
「あのねえ小町ちゃん。このままじゃシスくんがちょっと可哀想だから、ひとつだけ教えてあげる」
「え? 何をです?」
私の耳に顔を近付けると、囁いた。
「ただ擦りつけたって、そこまでの匂いは付かないわよ」
「へ?」
どういうこと? と首を傾げると、サーシャさんはやれやれといった表情で続ける。
「それだけ匂いが濃くなるのには理由があるってこと」
「理由? 何なんです、それ」
「それはシスくんに聞いてみなさいな。私は昨日ちゃんと話したわよ。それについては彼も納得した様だったけど」
「ええー……」
こんな状態でシスに聞ける訳がないじゃない。下唇を出してブスッとすると、サーシャさんが笑いながら後ろを振り返った。
私たちの後から、シスとタロウさんが並んで歩いてきている。タロウさんが楽しそうにシスに話しかけているけど、シスはにこりともせず時折何かを短く答えているだけだ。もう少し私といる時みたいにアホみたいに明るくしなさいよね、と呆れた。
再び前に向き直ると、サーシャさんはうふふと笑う。
「シスくんにはね、自覚がなかったのよ。だからちょっと呑み込むまでに時間がかかるかもしれないから、小町ちゃんは仕方ないなあと思ってドンと構えていればいいわよ」
「はい? 自覚?」
「そこはシスくんと話してね」
またさらりと躱されてしまった。でもまあ、この二人は本当にただの親切心でここまでしてくれているんだから、私たち二人のことで迷惑をかけるのもな。
そう思ってしまって、それ以上聞くのはやめた。
「――あ、あそこよ」
地図屋と言っていた店は、そこまで大きな店構えじゃなかった。馬の四肢を持った上半身がヒトと同じ馬の亜人が、店の入り口でパタパタと埃を叩いている。ケンタウロスっていうんだってサーシャさんが小声で教えてくれた。
「すみません。死都までの地図と、できれば内部の地図も欲しいんですけど」
「へいらっしゃい! 死都? まさかあんたたち、トレジャーハンターかい?」
「私じゃないけど、あそこの青髪さんがね」
サーシャさんがにこやかに応対すると、店員はペラペラと喋り始めた。暇なんだろう。薄暗い店の奥には人影がない。
「あそこは広いからねえ! 奥に行けばまだお宝も残ってるって噂だけど、如何せんここのところ建物の崩壊が酷くてね」
「崩壊? それって結構危険なんです?」
頬に手を当ててサーシャさんが尋ねると、店員は上から私たちを見下ろしながら後ろのシスをジロジロと見た。
「彼は吸血鬼かな? だったら身軽だから大丈夫かもねえ。俺なんかこの図体だから、足は早いけど重みで地盤が沈んだりして、入り口で挫折しちゃったよ、あはは」
「え、行ったことあるんですか?」
店員は、私の首を見て、それからシスを見て何かを納得した様だ。多分違うと思うけど。
「あるよ、ヒトのお嬢ちゃん。一攫千金を狙うにはいい目の付け所だよ。金が入用なのかな?」
なんと答えようか分からずに微妙な笑みを浮かべると、店員は勝手に納得してくれた様だ。
「確かにすんごい匂いだもんなあ。他の亜人がいない安全な場所へ逃避行ってところかな……いいねえ、ロマンがあって。僕はそういうのいいと思うなあ」
何かを勝手に想像してうっとりしているけど、全く違う。そもそも目的は私にあるし、シスの辞書にはロマンなんて言葉は存在しないと思う。
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