可愛がっても美形吸血鬼には懐きません!~だからペットじゃないってば!

ミドリ

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第43話 家出の理由

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 窓の外から、時折ドゴン! という破壊音や、「うわあ!」といった叫び声が聞こえてくる。多分あれはシスの声だ。

 観客がいるのか、「頑張れ兄ちゃん!」とか「姉ちゃん格好いいぜ!」とかいう野次も同時に聞こえてきた。どうやらサーシャさんの優勢らしいな、とその声から分かる。飛べるのはかなり有利なんだろう。

 まあ、基本亜人は丈夫だし、お互い死ぬまでは喧嘩しないだろう。今はとにかく説明だと、私が済世区サイセイ・ディストリクトから出た理由をタロウさんに話し始めた。

「私、まだマッチング前なんです」
「ああ、やっぱり? そんな気はしてたよ」

 くすりと笑うタロウさん。

「私って子供っぽいですかね?」
「いや? 見た目はもう大人にも見えるけどね、吸血鬼のシスくんだっけ? 彼に対する態度が、マッチング済みな感じがしなかったから」

 どういうことだろう。私が小さく首を傾げると、タロウさんは目元を緩ませながら教えてくれた。

「男に慣れてない感じって言えばいいのかな、あはは。照れ方とか可愛いよね。純粋過ぎておじさんの俺が見てるとドキドキしちゃうよ」
「や、やだなあタロウさんてば……っ」

 大人の男性、しかもこんなそこそこ格好いい人に可愛いとか言われちゃうと、照れる。やっぱり少し年上が私の好みなのかもしれない。

「ふふ、ごめんごめん。話を続けて」
「あ、はい……! ええと、私は長女で、すぐ下に妹の小桃と、その下に弟の小夏がいるんですけど、この小夏が、生まれつき身体が弱くて」
「うん」

 タロウさんは、話を遮らない形で相槌を打ってくれる。シスとの会話ではあり得ないなあ、とちょっと可笑しくなった。

 アイツはとにかくひたすら話しては、自分の話を聞いてくれ! だから。子供みたいで可愛いと思ったりもしなくはないけど、真面目な話をするのには向いていない。

 それに、シスが真面目な亜人になってしまったら、もしかして私の心臓はいよいよ耐えられなくなって爆発する可能性だってある。

 超絶美形の中身が限りなくアホだから、こうして安心して傍にいられるんじゃないか。そう思った後、あれ? 安心してるの私? と疑問を覚えて、慌てて頭の片隅へ考えを追いやった。

 意識を目の前に向け直す。

「医者の見立てでは、小夏は、ある遺伝子に欠陥があるんだそうです」
「遺伝子……?」
「はい。空気中に含まれるηイータ因子を、普通のヒトは取り込んで排出出来る。だけど小夏は、ηイータ因子を体内で処理出来る機能が足りなくて、取り込めば取り込むほど毒になるらしいんです」

 初めは、ちょっと身体の弱い子、程度の認識だった。だけど、年を重ねるごとに弱く細くなっていく。そんな小夏を、両親は心配して大勢の医者に診せた。

 でも結局、町医者では原因が判明しなくて、探しに探して最終的に辿り着いたのが、済世区サイセイ・ディストリクトの環境研究施設だった。

 そこで判明したのが、ηイータ因子処理不良という病名。

 ηイータ因子は、亜人が出没する前に突如として地球上に現れたものだ。環境汚染による生態変化から生まれたとか、隕石が落ちてきてそれに付着していたとか、様々な説がある。だけど、どれも確証を得られるほどの根拠はないらしい。

 このηイータ因子が地球上に蔓延し、免疫のなかったヒトの先祖は、バタバタと倒れていった。多すぎた人口が見る間に激減していく中、か弱いヒトは空調管理が整った町を作り、選ばれた者だけがそこに入ることを許された。

 亜人の祖先、多分いわゆる平民のヒトは、入れなかった。やがてその中から、ηイータ因子に対抗出来る個体が生まれ始める。過酷な環境を生き延びる為、己の姿かたちだけでなく特性も変化させていき、彼らは地球上一番栄える亜人となっていった。

 町に閉じこもったヒトも、やがて少しずつηイータ因子と共存出来る身体に適応していった。だけど、亜人の様な姿にはならなかった。その理由は、未だ判明していない。

「そうなんだ……でも、そういった症例は、俺の町でも聞いたことがある」

 タロウさんの言葉に、私は頷いた。

「お医者さんが言うには、成人までは生きられないかもしれないって。ηイータ因子が身体の中に入り込まない様に、酸素マスクもしてるんですけど、完全とはいかないらしくて……」

 小夏は、今年で十二歳になった。身体の線は年々細くなって、もう自分の力じゃ立てない。緩やかに全身が機能低下していくηイータ因子処理不良という病は、時折隔世遺伝として起こると説明された。

 だから受け入れる他ないのだと。

「つまり、地球上にいる限り、小夏は長生きは出来ないんです」
「それで『神の庭』を探し始めたの?」

 タロウさんの言葉に、私は真剣な眼差しで頷いた。

「子供の頃に聞いたおとぎ話の『神の庭物語』が、まるきりの作り話ではないんじゃないかと、研究所から定期検査に来てくれるお姉さんが言ってたんです」

 多分、私や小桃があまりにも嘆いているから、慰めるつもりで言ったことなんだとは思う。だって、おとぎ話を信じるほどの子供じゃもうなかったんだから。

 白衣を着たお姉さんは、『神の庭』は、今は滅びたメガロポリスにあるんじゃないかと話してくれた。物語の中に出てくる街の様子がかなりの科学文明を保有していることが推測されるのよ、なんて言って。

 実在したとしたら、どこにあったんだろうね。見つかったらいいのにね。そう言っては、悲しそうに微笑んだ。

 ある場所が分かるなら、何年も小夏くんの診察をしてきたお姉さんだって小夏くんを連れて行ってあげられるのに、と。

 勿論、おとぎ話はあくまでおとぎ話。しかも一歩町の外に出れば、そこにはヒトに全く優しくない環境が広がっている。死に向かっている他人の子供の為に、亜人に食われるかもしれない危険なんて犯さないだろうことも分かっていた。

 お母さんは、そんな夢物語を子供に語って悲しませないで、とお姉さんを怒鳴った。お母さんの気持ちも、私は分かる。でも、夢物語を語りたい彼女の気持ちも、同時に分かった。

 だから、今ならまだ自由に動ける、小夏を大切に思う姉の私が探そう。そう決めて、小桃だけに相談して家を飛び出した。

「眉唾だって動かないでいたら、小夏はその内死んでしまう。それに、来年マッチングが始まったら、小夏といることも出来なくなる。もうこれが最後のチャンスだって思ったら、いても立ってもいられなくて」

 私の独白に、タロウさんは呆れることなく、優しく微笑んでくれた。

「……そっか。小町ちゃんにとって、小夏くんはとても大切な弟なんだね」

 頑張ったね、偉いよ。

 タロウさんの大きな手が、私の赤髪の天辺をぽんと撫でる。

「う……っうう……っ」

 ああ嫌だ。そんな風に言われちゃうと、シスのアホさ加減のお陰で深く考えずに済んでいた色んな思いが、どっと溢れてきてしまう。

「大変だったね」
「はい……っず、ずびばぜんっ」

 一旦溢れ出してしまった涙は、なかなか止まってくれない。嗚咽を繰り返しながら泣き続ける私を、タロウさんはヨシヨシと見守り続けてくれた。

「なるほどね、メガロポリス……てことは、亜人の間で死都って呼ばれてるあそこかも?」
「そう、なんです……! ぐすっ……だから、シスにそこまでの護衛をお願いする代わりに、着いたら血をあげるって、ヒック……」
「……あのさ、この話ってシスくんにはしてるの?」

 タロウさんの質問に、首をぶんぶんと横に振る。

「いえ……っ言っても、アイツはアホだからポカーンとしそうで……!」

 私の言葉に、タロウさんは驚いた顔をした後、ニヤリとした。

「理由も聞かずに護衛をしてくれてたのか……そうか、ふふ……」
「え?」
「ううん、こっちの話」

 よく分からないけど、タロウさんがおしぼりを渡してくれたので、私は大人しく涙を拭いて外の二人が戻ってくるのを待つことにしたのだった。
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