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第28話 ペットに昇格

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 血を吸われた所為で身体は怠く、私はその重みに身を任せて眠りへと落ちる。

 済世区サイセイ・ディストリクトから飛び出してきて、はや半月。目新しいことの連続だし、毎日歩き通しで心身ともに疲れ切っていたのもあるんだろう。

 夢の中に登場したのは、何故かタキシードを着たシス。いつもみたいににこやかだけど、何故か表情はいつもよりちょっと緊張気味に見える。

 シスが私をヒョイと抱き上げると、私が着ているのは純白のドレスだ。私は穏やかに私を見下ろすシスの金色の目に釘付けで、周りの景色なんて何も見えない。

 シスが、そんな私を熱っぽい目で見つめながら、「綺麗だよ、小町」と澄んだ低い声で囁いた。

 そのことで、ああ、これは夢なんだなと気付く。あの鈍感でデリカシーゼロの吸血鬼が、私を家畜以上に思っている訳がないからだ。だから綺麗なんて単語が出てくる筈がない。

 ヒトと亜人は種族が違う。普通なら、捕食者と被食者が両者の関係にしかならない。シスは特殊だから私の護衛を買って出てくれているけど、それだってネクロポリスへ着いたらもう終わる関係なんだろう。

 ネクロポリスで目標を達成することが出来たら、私はまた済世区サイセイ・ディストリクトに戻らなければならない。だからシスにまた護衛を頼みたいところだけど、話をどう持っていけばいいのか私にはまだ分からない。

 そんな先の話をしても、シスも答えられないだろう。いつ里心がつくかもしれないし。

 夢の中のシスは、幸せそうに目を細めると私に顔を近付けてくる。夢の中の私は、それを緊張しながらも待つのだ。

「――小町」

 シスが私の名前を呟く。愛おしげに。

 いつもにこやかに私に話しかける青い髪の吸血鬼は、私の亜人に対する印象をガラリと変えた。いい方に。

 それでも、私がデザート扱いされていることに変わりはない。

 だから、夢の中でくらい、いいじゃないの。

 私は目を閉じると、夢の中の格好いいシスと唇を重ね合わせるキスをした。

 キスなんてしたことは実際はないから、夢の中でのそこの部分の感触は空白になっている。でもシスが私を抱き締める腕の力はよく知っていて、私は――。

「小町ー? 起きてるのかー?」

 額に指が触れる感覚があって、私は急激に現実に引き戻される。

「ん……?」

 薄っすら瞼を開けると、少し心配そうな表情のシスの顔が目の前にあった。

 服装は、タキシードじゃなくていつもの露出がやたらと多い革の服だ。

 腹が立つくらい端正な顔をぼんやりと見つめていると、緩く握られたシスの手が私の顔に伸びてきて、頬を軽く撫でる。

「いい夢みてたのかー? 小町、笑ってたぞ」
「えっ」

 マジか。あの小っ恥ずかしい夢を見てこの私が笑ってたって、嘘でしょ。

 一瞬どういった表情をしたらいいのか分からなくなって固まっていると、シスの目が優しい弧を描いた。

「よかったなー、小町」

 そう言って、指で頬を撫で続ける。ちょ、ちょっとちょっと。

「今起きるからっ」
「起きられるかー?」

 私が起き上がろうとすると、ベッドに腰掛けていたシスは私の背中に腕を差し込み支える。急に起き上がったからか、ドッと血が身体の下に落ちていく感覚に襲われくらりとすると、シスが「おっと」と言ってシスの胸に私を引き寄せた。

「大丈夫かー?」
「す、少し待てば平気だから!」
「急がなくていいぞ、ちゃんと確認してきたからな」

 シスの穏やかな声が降ってくるけど、待て待て待て。何故この亜人は私の頭を撫でているのか。

 先程道ですれ違った亜人とヒトの姿を思い出す。ヒトが付けていた首輪と、亜人が握っていたヒモ。……家畜じゃなくて、ペットか? 私はペットに昇格したのか? という疑問が湧き起こった。いずれにしろ、ろくなもんじゃない。

「ちょっと、何やってんのよ」

 シスの胸に手を当てて身体を起こし、頭にあったシスの手を退ける。シスは相変わらず謎の笑みを浮かべたままだ。さっきからどうしたんだろう。

「……何?」

 訝しげにシスを見上げると、シスはゴソゴソとズボンの後ろポケットを弄り始めた。なに、何なの一体。

 怪しいなあと思いながら様子を見守っていると、シスの手に握られていたのは黒い革製の細長いベルトのようだ。端には細い革紐が伸びている。……これはまさか。

 シスが、瞳をキラキラさせながらのたまった。

「風呂は男女分かれてるからな、俺は一緒に付いていってやれねえだろ? そしたら浴場の受付の人がさ、首輪付けさせときゃ他の奴は襲わないって教えてくれたんだ!」
「は」

 私の呆れ返った冷たい返答にも、シスはめげない。首輪を顔の前に掲げながら、笑顔で力説を始めた。

「だからさっき、これを買ってきた! 小町に似合いそうなデザインなんだぞ! ほら、ここにキラキラの石が入ってるだろー!」

 シスはそう言うと、首輪の線にそってぐるりと配置された小さい石を指差す。そういう問題じゃない。

「小町……これ付けよう?」

 可愛らしく、ちょっと興奮した様子で子首を傾げるシス。さっきからニヤニヤしていたのは、これが原因か。

 私はベッドの上で後退る。

「い……いやよそんなの。だったらお風呂行かないし」

 シスが、ベッドに膝を乗せてきた。首輪を手に持ったまま。

「なあ小町。小町のさっきの笑顔、すげえ可愛かったぞ」
「は……」

 ジリジリと、シスが迫ってくる。背中が壁に付いた。シスは物欲しげな表情でどんどん近付いてくる。ちょ、ちょっとちょっと、可愛いとか言って、なに人をその気にさせようとしてるのコイツ。

 そんなのになんか、騙されないんだから!

「これを付けて笑う小町、見てみたい。絶対可愛いから」

 物凄く切なそうに言われた私は、シスのおねだりにあっさりと屈してしまったのだった。
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