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裏切る人、裏切らない人
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バサッと羽ばたく音がして、真っ白な翼が視界に広がった。
夕暮れの金の光が、黄色い目に溜まって光る。人ならざる目。美しい白いフクロウだ。
「わ……! 凄い、やっぱり綺麗だわ」
私の洩らした賛辞が気に入ったのか、私の腕に舞い降りたりは……しなかった。ジェスエルがさっと腕を伸ばして、慣れた様子でフクロウを止まらせる。
「こいつの足の爪はナイフみたいなものだからな」
ジェスエルの言葉には納得できる。獲物を引き裂くのに長けた、凶器のような両脚だ。
それで引き裂かれる側、獲物にされがちな鼠は、フクロウを怖がらないのかというと……ジェスエルの使い魔の鼠は、私の背後にそそくさと身を隠していた。キラキラした宝石のような目をしたはつかねずみだ。
そして、狼たち。
二匹の狼は戯れるようにやってきて、私の前でごろんと横たわった。そのまま、固い敷石の上で、犬同士がじゃれるようにくんずほぐれつしているのだけれど、流石に猛獣というのか、迫力があり過ぎる。遊びじゃなくて、本気の闘争なのでは……? と不安になってきたところで、飽きたのか体を離して、今度は私の膝の近くへやってきた。
ふんふんと匂いを嗅がれる。
「ふふ、見た目は強そうなのに、仔犬みたいね」
「まだ子供なんだ。それに、ずっと俺の手元で育てたから、人間を信用している」
ジェスエルの口調が、「私」から「俺」に変化している。
やっぱり、使い魔に囲まれていると緊張がほぐれるのかもしれない。
「可愛がっているのね」
「特別に甘やかした覚えはないのだが。こいつらの求めることは一つ、裏切らないことだけだ」
「裏切らない……」
手を伸ばして、柔らかい毛並みを撫でた。極上のふんわり感。
好奇心に満ちた黒い目が、疑いもせずに私をじっと見ている。
「羨ましいわ」
信頼で結ばれた関係が。
(これまで、私が心から信じた相手なんていたかしら)
私はずっと、王家の駒、フローズニクの駒として生きてきた。駒ではないという振りもしていたけれど。それは半ば本当で、もう半分は虚勢を張るためだ。自分が自分の人生を歩んでいないなんて思いたくなかったし、同時に何一つ自由に選べないということも理解していた。
王子なんて好きではなかった、それは心からそう言える。でも、同じテリトリーにいる人間を憎むことなんて出来なかった。利害が深く結ばれ過ぎていた。だから頑張って、支え合えるように近付こうとしていたのに……要らないものを打ち捨てるように放り出された。
「信頼があれば、……突然放り捨てたりしないわよね」
「……」
「私だって、フローズニクだわ。傷付いたりしない。そんなことで私の価値が揺らいだりしないもの。王子だって、好きじゃなかったから、結婚しなくて済んでむしろホッとしてるわ。だから……だから、これでいいのに」
悔しいのだ。
人なんて簡単に傷付く。
それを理解しない人とは永遠に分かり合えない。そして、ささやかでも、小さくなっても傷は残る。それだけのことだ。
「ニアナ」
ジェスエルの手が伸びて、そっと、いたわるように私の髪を撫でた。
動物を宥めることに慣れた手だ。突然伸びてきて、相手を驚かしたりしない。ふと、この人はとても優しいのではないかという、期待の淡い光が、私の中に生まれた。
駄目よ、私。簡単に人を信じてはいけない。獣ではないのだから。
(まあ、この人はフローズニクで、同族だから、他よりはずっとマシだけれど)
ある意味、フローズニクだからこそ危険なのだけれど、昔から良く知っている危険さだ、という安心材料はある。国を火の海に沈めたり海賊行為を働いたり悪魔と契約したりするかもしれないが、同族同士で裏切ることは滅多にない、という安心感。
(基準がおかしいわ)
それは分かっているけれど。
私は人を信じたいのかもしれない。
心の中に飢えがある。王城の中で過ごしてきて、愛しても愛されてもいない人たちの間で愛想笑いして、少しずつ私の中で磨り減っていたものが、助けて、と叫んでいるような気がする。
「ニアナ、これまで一人で、良く頑張ったな」
そんな風に言われて、思わず泣きだしてしまうぐらいに。
夕暮れの金の光が、黄色い目に溜まって光る。人ならざる目。美しい白いフクロウだ。
「わ……! 凄い、やっぱり綺麗だわ」
私の洩らした賛辞が気に入ったのか、私の腕に舞い降りたりは……しなかった。ジェスエルがさっと腕を伸ばして、慣れた様子でフクロウを止まらせる。
「こいつの足の爪はナイフみたいなものだからな」
ジェスエルの言葉には納得できる。獲物を引き裂くのに長けた、凶器のような両脚だ。
それで引き裂かれる側、獲物にされがちな鼠は、フクロウを怖がらないのかというと……ジェスエルの使い魔の鼠は、私の背後にそそくさと身を隠していた。キラキラした宝石のような目をしたはつかねずみだ。
そして、狼たち。
二匹の狼は戯れるようにやってきて、私の前でごろんと横たわった。そのまま、固い敷石の上で、犬同士がじゃれるようにくんずほぐれつしているのだけれど、流石に猛獣というのか、迫力があり過ぎる。遊びじゃなくて、本気の闘争なのでは……? と不安になってきたところで、飽きたのか体を離して、今度は私の膝の近くへやってきた。
ふんふんと匂いを嗅がれる。
「ふふ、見た目は強そうなのに、仔犬みたいね」
「まだ子供なんだ。それに、ずっと俺の手元で育てたから、人間を信用している」
ジェスエルの口調が、「私」から「俺」に変化している。
やっぱり、使い魔に囲まれていると緊張がほぐれるのかもしれない。
「可愛がっているのね」
「特別に甘やかした覚えはないのだが。こいつらの求めることは一つ、裏切らないことだけだ」
「裏切らない……」
手を伸ばして、柔らかい毛並みを撫でた。極上のふんわり感。
好奇心に満ちた黒い目が、疑いもせずに私をじっと見ている。
「羨ましいわ」
信頼で結ばれた関係が。
(これまで、私が心から信じた相手なんていたかしら)
私はずっと、王家の駒、フローズニクの駒として生きてきた。駒ではないという振りもしていたけれど。それは半ば本当で、もう半分は虚勢を張るためだ。自分が自分の人生を歩んでいないなんて思いたくなかったし、同時に何一つ自由に選べないということも理解していた。
王子なんて好きではなかった、それは心からそう言える。でも、同じテリトリーにいる人間を憎むことなんて出来なかった。利害が深く結ばれ過ぎていた。だから頑張って、支え合えるように近付こうとしていたのに……要らないものを打ち捨てるように放り出された。
「信頼があれば、……突然放り捨てたりしないわよね」
「……」
「私だって、フローズニクだわ。傷付いたりしない。そんなことで私の価値が揺らいだりしないもの。王子だって、好きじゃなかったから、結婚しなくて済んでむしろホッとしてるわ。だから……だから、これでいいのに」
悔しいのだ。
人なんて簡単に傷付く。
それを理解しない人とは永遠に分かり合えない。そして、ささやかでも、小さくなっても傷は残る。それだけのことだ。
「ニアナ」
ジェスエルの手が伸びて、そっと、いたわるように私の髪を撫でた。
動物を宥めることに慣れた手だ。突然伸びてきて、相手を驚かしたりしない。ふと、この人はとても優しいのではないかという、期待の淡い光が、私の中に生まれた。
駄目よ、私。簡単に人を信じてはいけない。獣ではないのだから。
(まあ、この人はフローズニクで、同族だから、他よりはずっとマシだけれど)
ある意味、フローズニクだからこそ危険なのだけれど、昔から良く知っている危険さだ、という安心材料はある。国を火の海に沈めたり海賊行為を働いたり悪魔と契約したりするかもしれないが、同族同士で裏切ることは滅多にない、という安心感。
(基準がおかしいわ)
それは分かっているけれど。
私は人を信じたいのかもしれない。
心の中に飢えがある。王城の中で過ごしてきて、愛しても愛されてもいない人たちの間で愛想笑いして、少しずつ私の中で磨り減っていたものが、助けて、と叫んでいるような気がする。
「ニアナ、これまで一人で、良く頑張ったな」
そんな風に言われて、思わず泣きだしてしまうぐらいに。
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