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たとえ貴方が好きになれなくても
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「ニアナ、君との婚約を破棄させてもらいたい」
こちらをろくに見ようともせず、婚約者様は言った。
「神託が下ったんだよ。じきに聖女が現れる。彼女と結婚すれば、この国は一層の繁栄を約束されるのだそうだ。国の利益は何よりも優先される。君だって、仮にも貴族階級なのだから分かるだろう?」
(「仮にも」って)
私はきちんとやってきたと思う。好きでもない婚約者に愛想よくして、社交的に振舞い、国の未来のために積極的に投資して、人材を集め……
時には、どんなにきちんとやったところで、国も王朝も、簡単に崩れてしまったりするものだけれど。
一度の飢饉、一度の抗争で崩壊することだってある。
そして大体のところ、王家の血というのは定期的に愚か者を生むものだし。
(何がいけないのかしら。食事?)
この国の王族というのは、基本的に毎晩夜会を開いて、暴飲暴食することしかしていない。婚約者様、いや、元婚約者様の脂ぎった頬、年々膨らむばかりの腹回りをちらりと見て、私はぼんやりと考えた。
「……婚約破棄、確かに承りました」
「ああ、分かったなら下がってくれ」
いかにも無駄な時間を過ごした、とでも言うように溜息をつかれる。
結局、私が退室するまで一度も私の顔を見なかった、このろくでもない元婚約者様は、この国の王子、しかも王太子様だ。
(この国、もう長くなさそうだわ)
何故なら、神託の下った聖女というのは。私のことだからだ。
多分、この王子は一生知ることはないだろうけれど。
(手のひら返しが、凄いわ)
私を城の外まで先導する案内役の態度が、明らかに変わっていた。
これまでは呼ばれずとも飛んできて、地に頭をこすりつけんばかりに恭しくかしずいていたものだけれど。今は、長々と待たせた挙句に不満そうな顔を隠しもしない。
王太子に婚約破棄されたぐらいで、私の価値が致命的に損なわれたと思い込むなんて。貴族ではないとしたって、この王城でずっと働いてきて、政治がどのようなもので、どのように動くのか肌で感じていたでしょうに、浅はかすぎない?
「随分と、勇気があるのね」
ぽつりと呟いてみる。
「その気になったら自分の首を簡単に飛ばせる相手に、平気で無礼を働けるなんて。明日から路頭に迷うでしょうけれど、その図太さならきっとどこでもやっていけるわ」
「……!」
先導役の背中が、ぶるりと震える。
私が、あのフローズニク一族の娘だということを思い出したのだろう。でも、もう遅いわ。
「も、申し訳ございません……! 仕事が立て込んでおりまして、決して故意にお待たせした訳ではなく」
「──叔父様、少しお手間をお掛けしても良い?」
手のひらに通信用宝玉を握り込んで、呼びかけを放つ。
世間話のように淡々とした声で、
「王城の使用人を取り替えて欲しいの」
『──全員?』
「私が気になった者だけ。今日一日でリストが作れそうだから、後で送るわ」
『分かった』
「有難う、叔父様」
この叔父様は王城で暮らしていて、内情に通じている。すぐに何とかしてくれるだろう。
貴族も王族も、やたら婚姻で結び合わされ、家々の関係を繋ぎ合わせた結果、この国の大貴族にはほぼ全て王族の血が入っている。
私と王太子も、どこかの系図を手繰り寄せれば、きっと同じ血が混じっていることだろう。嫌だわ。
とにかく、一人の貴族を馬鹿にするということは、その網目のように連なった系譜全てを侮辱することに繋がる。
そんなことを、王城の使用人が理解していないなんて……あの王太子、そして現王の態度がそうさせているのだろうと思う。
貴族を軽んじ、歴史を軽んじ、王家だけが権力を独占する。
実際には独占できていないのだけれど……聖女の力があれば、輝かしい未来が降ってくると思った?
(その聖女を、たった今、追い払ってしまったのだけれど、きっと大丈夫……ではないわね)
王子様。
たとえ貴方を好きになれなくても、私は貴方の為に出来ることをしてきたのに。
人を人でないような扱いで、クシャッと丸めて捨てるのは気持ちが良かった?
こちらをろくに見ようともせず、婚約者様は言った。
「神託が下ったんだよ。じきに聖女が現れる。彼女と結婚すれば、この国は一層の繁栄を約束されるのだそうだ。国の利益は何よりも優先される。君だって、仮にも貴族階級なのだから分かるだろう?」
(「仮にも」って)
私はきちんとやってきたと思う。好きでもない婚約者に愛想よくして、社交的に振舞い、国の未来のために積極的に投資して、人材を集め……
時には、どんなにきちんとやったところで、国も王朝も、簡単に崩れてしまったりするものだけれど。
一度の飢饉、一度の抗争で崩壊することだってある。
そして大体のところ、王家の血というのは定期的に愚か者を生むものだし。
(何がいけないのかしら。食事?)
この国の王族というのは、基本的に毎晩夜会を開いて、暴飲暴食することしかしていない。婚約者様、いや、元婚約者様の脂ぎった頬、年々膨らむばかりの腹回りをちらりと見て、私はぼんやりと考えた。
「……婚約破棄、確かに承りました」
「ああ、分かったなら下がってくれ」
いかにも無駄な時間を過ごした、とでも言うように溜息をつかれる。
結局、私が退室するまで一度も私の顔を見なかった、このろくでもない元婚約者様は、この国の王子、しかも王太子様だ。
(この国、もう長くなさそうだわ)
何故なら、神託の下った聖女というのは。私のことだからだ。
多分、この王子は一生知ることはないだろうけれど。
(手のひら返しが、凄いわ)
私を城の外まで先導する案内役の態度が、明らかに変わっていた。
これまでは呼ばれずとも飛んできて、地に頭をこすりつけんばかりに恭しくかしずいていたものだけれど。今は、長々と待たせた挙句に不満そうな顔を隠しもしない。
王太子に婚約破棄されたぐらいで、私の価値が致命的に損なわれたと思い込むなんて。貴族ではないとしたって、この王城でずっと働いてきて、政治がどのようなもので、どのように動くのか肌で感じていたでしょうに、浅はかすぎない?
「随分と、勇気があるのね」
ぽつりと呟いてみる。
「その気になったら自分の首を簡単に飛ばせる相手に、平気で無礼を働けるなんて。明日から路頭に迷うでしょうけれど、その図太さならきっとどこでもやっていけるわ」
「……!」
先導役の背中が、ぶるりと震える。
私が、あのフローズニク一族の娘だということを思い出したのだろう。でも、もう遅いわ。
「も、申し訳ございません……! 仕事が立て込んでおりまして、決して故意にお待たせした訳ではなく」
「──叔父様、少しお手間をお掛けしても良い?」
手のひらに通信用宝玉を握り込んで、呼びかけを放つ。
世間話のように淡々とした声で、
「王城の使用人を取り替えて欲しいの」
『──全員?』
「私が気になった者だけ。今日一日でリストが作れそうだから、後で送るわ」
『分かった』
「有難う、叔父様」
この叔父様は王城で暮らしていて、内情に通じている。すぐに何とかしてくれるだろう。
貴族も王族も、やたら婚姻で結び合わされ、家々の関係を繋ぎ合わせた結果、この国の大貴族にはほぼ全て王族の血が入っている。
私と王太子も、どこかの系図を手繰り寄せれば、きっと同じ血が混じっていることだろう。嫌だわ。
とにかく、一人の貴族を馬鹿にするということは、その網目のように連なった系譜全てを侮辱することに繋がる。
そんなことを、王城の使用人が理解していないなんて……あの王太子、そして現王の態度がそうさせているのだろうと思う。
貴族を軽んじ、歴史を軽んじ、王家だけが権力を独占する。
実際には独占できていないのだけれど……聖女の力があれば、輝かしい未来が降ってくると思った?
(その聖女を、たった今、追い払ってしまったのだけれど、きっと大丈夫……ではないわね)
王子様。
たとえ貴方を好きになれなくても、私は貴方の為に出来ることをしてきたのに。
人を人でないような扱いで、クシャッと丸めて捨てるのは気持ちが良かった?
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