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一族は集う
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私だって、気に入らない使用人を簡単に切って、クシャッと放り捨てているじゃない、と言われそうな気がするけれど。
人を切り捨てるのを楽しんだことはない。いつだって胸の奥に、重たい石を飲み込んだようなしこりが残る。できれば皆、切り捨てる理由など見つからないぐらいに、真面目に働き、お互い敬意を払い合ってくれたらいいのに……
私の立場では、自分に向けられた嘲りを無視できない。
そんなことをしたら、貴族としての役割を放棄したと、そう言われてしまう。
たとえ、その侮辱を向けてきたのが王家であっても。
「こうなっては仕方がない、私は財務卿を辞めるよ」
叔父様の一人が朗らかに言ったのは、その日の午後、私たちが一族の城に集結した時だった。
フローズニク一族の城、グラガルンニーク。「広大な海の城」という意味らしい。
実際に、文字通り海の上に建っている。城の名前は、そのまま都市の名前で、そしてこの都市は、フローズニク一族がおよそ500年以上の歳月を掛けて作り上げた海上都市だ。
「そりゃ、今の王家は泥舟だからな。陸地に建ってるけど」
「役職を辞して、早めに引退するのが吉だね」
周りの男たちが、ワインや蒸留酒を片手にうんうんと頷く。
古代の城のように柱だけが並んで、壁もなく海に向かって開かれたメインホールに、すうっと潮風が吹き抜ける。温かく熱を凝縮した波が、太陽光を反射して、白い天井に波間の模様をつくっていた。
ちゃぷ、ちゃぷと揺れる海の音は、フローズニク一族の揺り籠だ。
数百年前、海賊として世界各地の港や修道院を襲い、略奪を繰り返していた野蛮なフローズニク。今では財を蓄え、豪華な城で暮らしてはいても、根本的なところは変わらない。
「あの王家、そろそろ滅ぼすかあ?」
酒気を帯びて赤くなった顔でケタケタと笑うのは、「提督」と呼ばれる別の叔父様。二つの軍港を支配下に置く軍務卿だ。
「綺麗な焚き火をしようぜ。罪は火で焼き清めるって言うからな」
完全に「イッちゃった」顔で言っているのは、私の無数にいる従兄の一人だ。豪華絢爛な枢機卿の衣を纏い、数珠を手に巻き付けた生臭坊主でもある。
「……派手に、派手にと、物事を大きくするのは貴方がたの悪癖だな」
賑やかな面々の中で、ただ一人静かに佇み、ぼそっと苦言を呈するのは「狼飼い」のフローズニク。ジェスエル・フローズニクだ。
やはり私の従兄で、一族の次期当主でもある。
フローズニクには珍しい沈着冷静、悪く言えば地味で目立たない男で、熱しやすい一族の男たちを宥める役割に回ることが多い。「あいつは優等生なんだよなあ」などとぼやかれるが、敵意を向けられているわけではない。むしろ、好意的だ。フローズニク一族は大抵頭がおかしいので、その当主が真面目なのは良いことだ、と皆に歓迎されているのだ。
とはいえ、ジェスエルもフローズニクなので、おかしいと言えばおかしい。
今も、料理の小皿が並ぶテーブルの横に立つジェスエルの足元には真っ白な毛皮の狼が二匹纏わりついて、「餌くれ」「餌くれ」と全身でおねだりしている。立派な成獣のはずなのだけれど、仔犬のように無邪気な態度だ。
(可愛らしいけれど。撫でても大丈夫なのかしら)
猛獣を舐めてはいけない。でも、可愛いわ……などと考えていると、小皿を手にして狼たちの前に屈み込もうとしていたジェスエルと目が合った。
「ニアナ。大丈夫か?」
「え? ええ……」
普段、心配されることなんか無いので、反応が遅れてしまった。
ジェスエルの黒い目の表情が読めない。私が頷いたのを見て、ジェスエルがさらに何かを言おうとしたとき、
「皆の者! よし、集まっているな。今後の方策を話し合おうではないか」
舞台俳優のように仰々しく、その場に現れた者がいた。
貴族らしい仕立ての良い服に身を包んだ、恰幅の良い壮年の男。背後には温厚そうな爺やを引き連れている。
周囲の視線を集めるその男は……私の父、だ。
「王家はフローズニクの娘との婚約を一方的に、貶めるように破棄した。王家の愚かさは今に始まったことではないが……」
朗々と語る途中で、私と視線が合うと、バチッとウインクを送られた。もういい年をした父だけれど、こういうちょっとした顔芸(というのかしら?)が上手いのだ。
「問題は、婚約破棄されたのがニアナだということだ。よりによってニアナだぞ」
周りから、「だよなあ」「全く、なんでニアナを」という呟きが上がる。
(ちょっと、どういう意味かしら)
ここにいるのは私の味方しかいないと知ってはいるけれど、居心地が悪い。
父は続けた。
「つまり、我々は王家が滅ぶのを見守ることになるわけだが。見守る? 介入して早める? 選択肢は様々だが、我々はどうするね?」
人を切り捨てるのを楽しんだことはない。いつだって胸の奥に、重たい石を飲み込んだようなしこりが残る。できれば皆、切り捨てる理由など見つからないぐらいに、真面目に働き、お互い敬意を払い合ってくれたらいいのに……
私の立場では、自分に向けられた嘲りを無視できない。
そんなことをしたら、貴族としての役割を放棄したと、そう言われてしまう。
たとえ、その侮辱を向けてきたのが王家であっても。
「こうなっては仕方がない、私は財務卿を辞めるよ」
叔父様の一人が朗らかに言ったのは、その日の午後、私たちが一族の城に集結した時だった。
フローズニク一族の城、グラガルンニーク。「広大な海の城」という意味らしい。
実際に、文字通り海の上に建っている。城の名前は、そのまま都市の名前で、そしてこの都市は、フローズニク一族がおよそ500年以上の歳月を掛けて作り上げた海上都市だ。
「そりゃ、今の王家は泥舟だからな。陸地に建ってるけど」
「役職を辞して、早めに引退するのが吉だね」
周りの男たちが、ワインや蒸留酒を片手にうんうんと頷く。
古代の城のように柱だけが並んで、壁もなく海に向かって開かれたメインホールに、すうっと潮風が吹き抜ける。温かく熱を凝縮した波が、太陽光を反射して、白い天井に波間の模様をつくっていた。
ちゃぷ、ちゃぷと揺れる海の音は、フローズニク一族の揺り籠だ。
数百年前、海賊として世界各地の港や修道院を襲い、略奪を繰り返していた野蛮なフローズニク。今では財を蓄え、豪華な城で暮らしてはいても、根本的なところは変わらない。
「あの王家、そろそろ滅ぼすかあ?」
酒気を帯びて赤くなった顔でケタケタと笑うのは、「提督」と呼ばれる別の叔父様。二つの軍港を支配下に置く軍務卿だ。
「綺麗な焚き火をしようぜ。罪は火で焼き清めるって言うからな」
完全に「イッちゃった」顔で言っているのは、私の無数にいる従兄の一人だ。豪華絢爛な枢機卿の衣を纏い、数珠を手に巻き付けた生臭坊主でもある。
「……派手に、派手にと、物事を大きくするのは貴方がたの悪癖だな」
賑やかな面々の中で、ただ一人静かに佇み、ぼそっと苦言を呈するのは「狼飼い」のフローズニク。ジェスエル・フローズニクだ。
やはり私の従兄で、一族の次期当主でもある。
フローズニクには珍しい沈着冷静、悪く言えば地味で目立たない男で、熱しやすい一族の男たちを宥める役割に回ることが多い。「あいつは優等生なんだよなあ」などとぼやかれるが、敵意を向けられているわけではない。むしろ、好意的だ。フローズニク一族は大抵頭がおかしいので、その当主が真面目なのは良いことだ、と皆に歓迎されているのだ。
とはいえ、ジェスエルもフローズニクなので、おかしいと言えばおかしい。
今も、料理の小皿が並ぶテーブルの横に立つジェスエルの足元には真っ白な毛皮の狼が二匹纏わりついて、「餌くれ」「餌くれ」と全身でおねだりしている。立派な成獣のはずなのだけれど、仔犬のように無邪気な態度だ。
(可愛らしいけれど。撫でても大丈夫なのかしら)
猛獣を舐めてはいけない。でも、可愛いわ……などと考えていると、小皿を手にして狼たちの前に屈み込もうとしていたジェスエルと目が合った。
「ニアナ。大丈夫か?」
「え? ええ……」
普段、心配されることなんか無いので、反応が遅れてしまった。
ジェスエルの黒い目の表情が読めない。私が頷いたのを見て、ジェスエルがさらに何かを言おうとしたとき、
「皆の者! よし、集まっているな。今後の方策を話し合おうではないか」
舞台俳優のように仰々しく、その場に現れた者がいた。
貴族らしい仕立ての良い服に身を包んだ、恰幅の良い壮年の男。背後には温厚そうな爺やを引き連れている。
周囲の視線を集めるその男は……私の父、だ。
「王家はフローズニクの娘との婚約を一方的に、貶めるように破棄した。王家の愚かさは今に始まったことではないが……」
朗々と語る途中で、私と視線が合うと、バチッとウインクを送られた。もういい年をした父だけれど、こういうちょっとした顔芸(というのかしら?)が上手いのだ。
「問題は、婚約破棄されたのがニアナだということだ。よりによってニアナだぞ」
周りから、「だよなあ」「全く、なんでニアナを」という呟きが上がる。
(ちょっと、どういう意味かしら)
ここにいるのは私の味方しかいないと知ってはいるけれど、居心地が悪い。
父は続けた。
「つまり、我々は王家が滅ぶのを見守ることになるわけだが。見守る? 介入して早める? 選択肢は様々だが、我々はどうするね?」
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