25 / 27
25 ユーリ7
しおりを挟む「モニカ殿がこちらへ向かっているらしい」
「は?」
王太子に呼ばれ執務室へ向かうと、執務机に腰かける王太子の横に青白い顔をした宰相がいた。扉の前にも室内にも近衛が配置され、王太子の警備を強化している。
「母が?」
「やはりお前も聞いていなかったか」
王太子は笑うと宰相を促す。彼は眼鏡を指で上げると手元の紙に視線を落とした。
「七日前、すでに領地を出発したそうです」
「そんなはずはない、部下に監視をさせている」
「囮を使ったようです」
「おとり」
はははっ! と王太子が大きく笑った。
「さすが、お前の母君だなエヴァレット! 自分と見た目の似ている女性を屋敷で生活させて、自分は平民の服装で辻馬車を利用して移動しているそうだぞ」
「……」
思わず言葉を失い頭を抱えた。
あの人は一体何を考えているんだ!
「――今はどの辺りに」
「東の絹産業が盛んな街にいるようです。王都へは後二日ほどで到着するかと」
(大方、ドレスに着替えてそこからは着飾って来るつもりだろうな)
ここまで来たらすぐに護衛が来ることをわかっているのだろう。あの人の考えそうなことだ。
「至急部下を送ります」
「彼女が動いていることを察知して、私の即位に反対する者たちも動き出している」
この日も王太子の食事から毒物が検出された。毒見役が倒れ、すぐに処置を受けたが後遺症が出ていると報告を受けている。
「殿下の身辺警護も増やしています。妃殿下とご子息ご息女も奥宮へと移しました」
「しばらくは窮屈な思いをするだろうが仕方あるまい」
王太子を亡き者にして、唯一の血縁である俺を担ぎ上げようとする反王太子派の動きがここにきて活発になった。貴族院を解体し新たな政治体制を作ろうとしている王太子に、古参の貴族たちから反発が上がっているのだ。
「――お話し中失礼します」
執務室の扉の向こうからノックと共に声がかけられた。アリサと共にいるはずのレジーナだ。緊急を要する声音に、素早く視線を王太子に向け許可を得て扉を開ける。
「どうした」
「アリサ様が襲撃を受けました」
「!」
飛び出そうとする俺を押さえるように、レジーナが行く手を塞ぐ。
「アリサ様はご無事です! お屋敷へ戻られました!」
(くそ!)
それ以上押し問答をしても仕方ない。今すぐにアリサのもとへ飛んでいきたいのを堪え、ぐっと唇を噛み締めレジーナに向き直る。
「口を割ったか」
「はい。ギャラガー殿の立会いのもと尋問を行い、ゲオルグ派で間違いありません」
「決定だな」
背後で王太子が執務机から声を発した。それは低く、重厚な響きを持っている。
「ゲオルグ家を捕らえよ」
その言葉に、その場にいた宰相と近衛兵が素早く退室した。俺も続き退室しようとすると、レジーナがもうひとつ、と俺の前に立つ。
「モニカ様がお屋敷に戻られました」
「――は?」
「はははっ!」
背後で王太子が身体を揺らし笑った。
「エヴァレット、母君はお前よりも何枚も上手だな!」
「~~っ、何してるんだあの人は……っ!」
今度こそ俺は、王太子の笑い声を背に執務室を飛び出した。
*
「――母上」
屋敷に戻ると、恐らく陛下が用意したであろう馬車や近衛が大勢集まっていた。ギルバートが二階を視線で示すのを見て急いでアリサの部屋へ向かうと、ちょうど母が部屋から出てくるところだった。俺に気がついた母は破顔し両手を広げる。
「エヴィ、久しぶりね!」
「お久しぶりです」
素早く近寄り、抱擁をする。
「ずいぶんお早いお着きでしたね」
「大仰な移動だと時間がかかるから、途中で馬を借りたのよ」
「どうしてそんな危険なことを……!」
頭が痛い。誰に見張られ狙われているか、この人はわかっているのだろうか。
「でも大丈夫だったでしょう? それにちゃんと護衛がついていたし」
ほら、と視線で示された先を見ると、廊下の先に旅装姿の男が二人立っている。
(陛下の護衛か)
陛下は母がどんな人か、よくわかっているということだろう。
「これから王城へ?」
「そうみたい。外に迎えが来ていたでしょう? とりあえず、落ち着いたら連絡するわね」
「そうしてください、本当に」
ため息をつきそう言うと、母は笑いながら俺の腕をポンポンと叩いた。
「あなたもまずは自分のことをちゃんとしないさいね」
「――はい」
その言葉に頷くと、満足げにノラと共に階下へ降りて行った。護衛たちもその後を追うのを見届けると、深呼吸をして開いたままの扉をくぐる。
そこには、美しく着飾ったアリサがこちらを見て立っていた。
(ああ、きれいだな)
凛とした彼女は、いつだって美しい。
「アリサ」
名を呼ぶと、彼女はほっとしたように俺の名を呼び、そして笑った。
*
「母から何か聞いた?」
彼女の手を取り、ソファへ腰かける。
その手を指を絡め繋ぐと、彼女はもじもじと恥ずかしそうに、けれど振りほどくことはなかった。
「聞いたような、聞いていないような」
「そうなの?」
「なんだか色々あって、混乱してるわ」
「うん、そうだよね。アリサ」
「なあに?」
「無事でよかった」
そう言ってそっと額に口付けを落とすと、彼女の頬が赤くなる。
「俺が君に話したいことがあるって言ったの、覚えてる?」
「ええ。あなたのことね」
「そう」
繋いだ手の甲を指で撫でると、彼女も同じように返してくれる。それが俺を安心させた。
「でも」
だが、続くその言葉にドキリと胸が嫌な音を立てた。
「その前に私、あなたに言いたいことがあって」
「なんだろう」
含みのある言い方に、心臓が嫌な音を立てはじめる。知らず、彼女の手を強く握った。視線を落とし俯く彼女の長い睫毛をじっと見つめる。
(危険な目に合って、嫌になっただろうか)
ザックが助けに入ったと聞いた。奴に気持ちが揺れただろうか。
「私たち、もう『形だけ』は続けられないと思うの」
その言葉に目の前が真っ暗になった。グラグラと地面が揺れて、全身が冷たく凍るようだ。
やっぱりザックがよかった? そばに俺がいたら違った? もっと早く君に向き合って、気持ちを伝えたらよかった?
「どうして?」
平静を装っても、声が掠れ震えている。
「だって」
アリサはそこで俺を見た。緑の瞳が何かを決意したように、俺をじっと見つめる。
そのまま彼女の唇を塞ぎたかった。組み敷いて、聞きたくない台詞など言わせないように言葉も全て飲み込んで、快感だけ感じさせたい。俺なしにはいられないくらい、溺れさせて、すべて俺のものにしたい。
そんな黒い凶暴な欲望がムクムクと頭をもたげる。
何も知らなくていい、俺のそばにいるなら。
駄目だ、それでは彼女が彼女ではなくなってしまう。
どうする? どうしたらいい――?
「だって私」
アリサ。
君が俺を必要としないのなら、俺はきっと壊れてしまう。お願いだから、俺を手離さないで。じゃないと本当に、君のことをどうにかしてしまいそうだ。
「――だって私、あなたのことを好きになってしまったんだもの」
101
あなたにおすすめの小説
初恋をこじらせた騎士軍師は、愛妻を偏愛する ~有能な頭脳が愛妻には働きません!~
如月あこ
恋愛
宮廷使用人のメリアは男好きのする体型のせいで、日頃から貴族男性に絡まれることが多く、自分の身体を嫌っていた。
ある夜、悪辣で有名な貴族の男に王城の庭園へ追い込まれて、絶体絶命のピンチに陥る。
懸命に守ってきた純潔がついに散らされてしまう! と、恐怖に駆られるメリアを助けたのは『騎士軍師』という特別な階級を与えられている、策士として有名な男ゲオルグだった。
メリアはゲオルグの提案で、大切な人たちを守るために、彼と契約結婚をすることになるが――。
騎士軍師(40歳)×宮廷使用人(22歳)
ひたすら不器用で素直な二人の、両片想いむずむずストーリー。
※ヒロインは、むちっとした体型(太っているわけではないが、本人は太っていると思い込んでいる)
コワモテ軍人な旦那様は彼女にゾッコンなのです~新婚若奥様はいきなり大ピンチ~
二階堂まや♡電書「騎士団長との~」発売中
恋愛
政治家の令嬢イリーナは社交界の《白薔薇》と称される程の美貌を持ち、不自由無く華やかな生活を送っていた。
彼女は王立陸軍大尉ディートハルトに一目惚れするものの、国内で政治家と軍人は長年対立していた。加えて軍人は質実剛健を良しとしており、彼女の趣味嗜好とはまるで正反対であった。
そのためイリーナは華やかな生活を手放すことを決め、ディートハルトと無事に夫婦として結ばれる。
幸せな結婚生活を謳歌していたものの、ある日彼女は兄と弟から夜会に参加して欲しいと頼まれる。
そして夜会終了後、ディートハルトに華美な装いをしているところを見られてしまって……?
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
婚約解消されたら隣にいた男に攫われて、強請るまで抱かれたんですけど?〜暴君の暴君が暴君過ぎた話〜
紬あおい
恋愛
婚約解消された瞬間「俺が貰う」と連れ去られ、もっとしてと強請るまで抱き潰されたお話。
連れ去った強引な男は、実は一途で高貴な人だった。
次期騎士団長の秘密を知ってしまったら、迫られ捕まってしまいました
Karamimi
恋愛
侯爵令嬢で貴族学院2年のルミナスは、元騎士団長だった父親を8歳の時に魔物討伐で亡くした。一家の大黒柱だった父を亡くしたことで、次期騎士団長と期待されていた兄は騎士団を辞め、12歳という若さで侯爵を継いだ。
そんな兄を支えていたルミナスは、ある日貴族学院3年、公爵令息カルロスの意外な姿を見てしまった。学院卒院後は騎士団長になる事も決まっているうえ、容姿端麗で勉学、武術も優れているまさに完璧公爵令息の彼とはあまりにも違う姿に、笑いが止まらない。
お兄様の夢だった騎士団長の座を奪ったと、一方的にカルロスを嫌っていたルミナスだが、さすがにこの秘密は墓場まで持って行こう。そう決めていたのだが、翌日カルロスに捕まり、鼻息荒く迫って来る姿にドン引きのルミナス。
挙句の果てに“ルミタン”だなんて呼ぶ始末。もうあの男に関わるのはやめよう、そう思っていたのに…
意地っ張りで素直になれない令嬢、ルミナスと、ちょっと気持ち悪いがルミナスを誰よりも愛している次期騎士団長、カルロスが幸せになるまでのお話しです。
よろしくお願いしますm(__)m
贖罪の花嫁はいつわりの婚姻に溺れる
マチバリ
恋愛
貴族令嬢エステルは姉の婚約者を誘惑したという冤罪で修道院に行くことになっていたが、突然ある男の花嫁になり子供を産めと命令されてしまう。夫となる男は稀有な魔力と尊い血統を持ちながらも辺境の屋敷で孤独に暮らす魔法使いアンデリック。
数奇な運命で結婚する事になった二人が呪いをとくように幸せになる物語。
書籍化作業にあたり本編を非公開にしました。
離宮に隠されるお妃様
agapē【アガペー】
恋愛
私の妃にならないか?
侯爵令嬢であるローゼリアには、婚約者がいた。第一王子のライモンド。ある日、呼び出しを受け向かった先には、女性を膝に乗せ、仲睦まじい様子のライモンドがいた。
「何故呼ばれたか・・・わかるな?」
「何故・・・理由は存じませんが」
「毎日勉強ばかりしているのに頭が悪いのだな」
ローゼリアはライモンドから婚約破棄を言い渡される。
『私の妃にならないか?妻としての役割は求めない。少しばかり政務を手伝ってくれると助かるが、後は離宮でゆっくり過ごしてくれればいい』
愛し愛される関係。そんな幸せは夢物語と諦め、ローゼリアは離宮に隠されるお妃様となった。
【完結】男装令嬢、深い事情により夜だけ王弟殿下の恋人を演じさせられる
千堂みくま
恋愛
ある事情のため男として生きる伯爵令嬢ルルシェ。彼女の望みはただ一つ、父親の跡を継いで領主となること――だが何故か王弟であるイグニス王子に気に入られ、彼の側近として長いあいだ仕えてきた。
女嫌いの王子はなかなか結婚してくれず、彼の結婚を機に領地へ帰りたいルルシェはやきもきしている。しかし、ある日とうとう些細なことが切っ掛けとなり、イグニスに女だとバレてしまった。
王子は性別の秘密を守る代わりに「俺の女嫌いが治るように協力しろ」と持ちかけてきて、夜だけ彼の恋人を演じる事になったのだが……。
○ニブい男装令嬢と不器用な王子が恋をする物語。○Rシーンには※印あり。
[男装令嬢は伯爵家を継ぎたい!]の改稿版です。
ムーンライトでも公開中。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる