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記憶1
しおりを挟む「少し休みましょう」
続けてダンスを二曲踊ったところで、アレク様は私を連れて素早くホールから抜け出した。
ホールでは卒業生以外もダンスを始め、きらきら、くるくると皆が楽しそうに踊っている。
「ごめんなさい、疲れてしまって」
「違います、僕が無理をさせてしまいました。申し訳ありません」
「そんな、謝らないでください」
ダンスは好きだけれど、こんなに大勢の中で踊ったことがなく、緊張のせいかすぐに息を切らしてしまった。履き慣れない靴で足も少し痛い。そのことに気が付いたアレク様は、空いているソファを見つけると私を座らせた。近くを通った給仕から果実水を受け取ると、私に手渡してくれる。
ほんのり甘くすっきりとしたレモンの果実水が喉を潤した。
「空腹もよくない、何か食べ物もお持ちしますから、少し待っていてください」
「ありがとうございます」
アレク様は視線をさっと私の後方へ向けひとつ頷くとオードブルの並ぶテーブルへ向かった。
その視線が気になり振り返ると、後方のやや離れた場所にいつの間にかハンスが立っている。彼は私と視線が合うと小さく頷いた。
(こんなところまで護衛が付くなんて)
けれど、そういうものなのだろう。
今夜は侯爵夫妻も出席しているし、貴族の子息令嬢も多く出席している。当然警備も厳重で、安心かもしれないけれど自分の身は自分で守らねばならない。
(私もこんなふうにアレク様の婚約者として人の目に触れたのだし、しっかり意識を持たなくては駄目ね)
次期侯爵夫人として。
まだまだ足りないことはたくさんあるけれど、アレク様のご迷惑にならないようにしなければ。
ふとアレク様の後ろ姿に視線を向ける。
ただ歩いているだけだというのに、その場を支配するような存在感がある。けれどそれは決して威圧的ではない。
(やっぱり、生まれながらの資質ね)
真っ白な隊服がそうさせるのかもしれないけれど、やはりとても目を引く存在だ。誰もがすぐに彼に気が付くし、声を掛ける。人柄もいい彼は、それらに丁寧に答え笑顔も絶やさない。ご友人もとても多いのだろう。
(あ、また)
遠くから観察していると、テーブルに向かったアレク様がまた声を掛けられている。ご友人なのだろう、気を許したように話をする彼らをぼんやりと眺める。
今夜で彼らはそれぞれの道に進むのだ。これまで共に鍛錬や勉学に励んだ彼らと別れ、己の道を進む。積もる話もあるだろうから、私の相手をさせてばかりでは申し訳ない。
アレク様がご友人と話しながら気にするようにこちらに顔を向けた。目が合った気がしてにこりと笑い小さく頷くと、アレク様は困ったような様子を見せた。ご友人が、そんな彼の肩を抱き、何やら楽しそうに話している。
(せっかく最後の夜だもの、ご友人と話した方がいいわ)
どうせ足が痛くて私は座っている方が助かるし、少しくらい一人でいても問題はない。
離れた場所からは、美しく着飾ったご令嬢たちがアレク様を見つめている。
その中に、あのガゼボで会った金髪のご令嬢の姿もあった。頬を赤らめアレク様を見つめるその表情は、陶酔、とでも言えばいいだろうか。
憧れや恋、ときめき……そんな可愛らしいものだけではない、手に入れたいという強い欲求。
(なんていうんだったかしら、肉食、系?)
前世の単語が頭に蘇り、思わず笑いだしそうになるのを慌てて口元を覆う。
その瞬間、パッとこちらを見た令嬢と目が合った。
仄暗い穴のようなその見開かれた瞳が、無表情に私を見る。その表情の異様さにゾクリと背筋が凍ったけれど、次の瞬間にはもう彼女はアレク様を見つめながら隣の令嬢と頬を染め囁きあっていた。
(――見間違い? 驚いたわ、笑ってしまったのを見られたかしら)
ドキドキとまだ早鐘を打つ胸を抑え、嫌な汗をそっと拭う。息を吐き出して、また遠くの彼らをそっと窺い見た。
今夜が最後になる人もいるのだろう、仲間同士で語り合い笑い合う今夜の主役たちと、そんな彼らを遠巻きに見つめそわそわと囁やき合うご令嬢たち。
彼らの気を引きたいと彼女たちも必死だ。成人した男性との出会いや憧れの人との思い出は、そう簡単に作れるものではない。この夜を機会に、何とか自分を覚えてもらいたいと躍起になる。
卒業式に出待ちする後輩、とかかしら。そんな考えに、すっかり自分の中で白橋ゆふとしての感覚が戻ってきていることを実感する。
(……卒業、か)
前世の私は教師として、何人の卒業生を見送ったのだろう。
未来に大きく胸を膨らませ飛び立つ彼らの高揚した顔を見て、もしかしたら何か思い出せるかと思ったけれど、結局夢で見た以外のことは具体的に思い出せない。感覚やちょっとした言い回しを思い出す程度だ。
そしてただ、この卒業の雰囲気に呑まれ、切ない郷愁の思いが私を支配する。
『前世で果たせなかった約束を今世で果たしましょう 親愛なる、ゆふ先生へ』
胸に蘇る今朝のあの手紙、文字。
今日は、何をしていても今朝の手紙が常に心の片隅にあった。そして、こうしたふとした瞬間に思い出し、思考がそのことに囚われて動けなくなる。
(約束、約束って、書いた話を読む約束のこと?)
果たせなかった? 高槻レンが、彼が書いた話を私は読まなかった? それとも時間がなくて書き終えられなかった?
(受験生だもの、そんな時間がなくて当然よ)
あの手紙は私が白橋ゆふだとわかって書いている。どうしてわかったのだろう。顔だって全然違うのに。
そして彼との約束を知っているのは、彼本人だけ。高槻レンだけ。
彼もこの世界にいるのだろうか。私と同じように転生している?
(そんな、都合のいいこと……)
小さく頭を振り目を瞑る。
でも、あの手紙を書いたのが本当に彼だとして。
私はどうしたいの?
久しぶりだね、こんなことになるなんてね、と笑って昔話をする?
私、婚約者がいるんだ。その人と結婚するの、君もどうか元気で、そんな風に挨拶をする?
ズキッと頭痛がして思わず片手で頭を押さえた。
遠くから懐かしい声が聞こえる。
誰だっけ、この声――、ああそうだわ、最近夢で見たあの――
『――白橋さん、高槻君は昨日の夜――』
目の前に雪がちらついている。白い雪がちらちらと舞い、吐く息が白い。
肌を刺す冷気が、ふるり、と身体を震わせた。
『――来週、卒業式があるんだ。白橋さんに知らせようと思ってね』
田中先生。私を導いてくれた恩師の労わるような優しい声に、胸騒ぎがした。
『ゆふセンセ!』
高槻レンの明るい笑顔。
どうしてそればかり思い出すの。その後の人生は? 出会いや別れは?
カチカチ、カチカチ。
これはなんの音だった?
ええと、なんだっけ……
カチカチ、カチカチ。
それ以上はだめだと、私の中の何かが警鐘を鳴らす。
その先はだめ、その先はだめ――
『――ねえ』
雪が溶けた次の季節に、私の夢が叶う。教師になりたい、田中先生のような教師に。
カチカチと繰り返し聞こえる音。
雪の中、目の前に立つ彼女の手の中にあるそれから鳴り続けるその音。その手から、目が離せない。
(――ああ)
目を開くと離れた場所で談笑するアレク様が見える。
楽しそうに笑う彼の横顔、握手をして互いを激励する今夜の主役たち。夢や希望に満ち、きらきら輝く彼らを――私は見送った?
カチカチ、カチカチ。
(――違う)
私は誰も見送っていない。
私は、教師にならなかった。
私の夢は、叶わなかった。
『――ねえ、アンタが白橋ゆふ?』
彼女の手の中のものから目が離せない。
カチカチ、カチカチ。
出ては戻り、また出して、戻る。繰り返し音を立て、やがてそれは止まった。
白い雪が舞う向こうで、アレク様がこちらを見た。
そして私に向かって駆けてくる。
目の前に立つ彼女の手の中のものが、私に向けられた。
『アンタが死ねばいい』
――私は、私が死ぬ瞬間を見た
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