76 / 89
最終章 深淵
夏祭りの支度
しおりを挟む「オーウェンさん、これくらいでどうですか?」
メニューを書き出した紙をオーウェンさんに見せる。
「ああ……これは? どうやって出すんだ」
「それは串に刺します。一本に三個」
「串」
「はい。だってお皿とか、洗い物大変ですよ」
ね、と一緒にテーブルを囲む調理スタッフに視線を向けると、激しくブンブン頭を振っている。ここには使い捨てのお皿とかないからね。
「唐揚げはお店の外で揚げてどんどん串に刺していけばいいかなって。串焼きのお店があるから、わざわざ同じメニュー出す必要ないかと思って」
「まあな。で、折角揚げ物するからこの揚げ芋もやると。これは何だ、…ほっとどっく?」
「それは、こう、柔らかいパンに切れ込みを入れてウインナーとキャベツを挟むんですけど、食べやすいし作るのも簡単で…」
そう言って試しに作ったホットドックを出す。
パンはパン屋のロブさんにお願いしてたくさん焼いてもらう予定。コラボ商品よね。オーウェンさんも調理スタッフもサッと手に取るとすぐにかぶり付いた。
「ああ、確かに食べやすいな」
「そう、子供でも食べやすいと思うんですよね!」
手招きして入り口に立つ護衛二人にも食べてもらう。
お昼前のオーウェンさんのお店でテーブルに何品も料理を並べてうんうん考える私達三人。
一体何をしているのかと言うと、十日後に迫る夏祭りの屋台で提供する料理について、お昼ご飯も兼ねて意見交換。邸で試作品を作って、こうして味見をしながら準備する物を決めていく。
そんな私たちを入り口で微笑ましく見守る護衛二人にも協力して貰い、メニューを選考中。二人は美味しい美味しいしか言わないけど。
今日、オーウェンさんのお店に行くとお義兄様に話したら、もの凄く、もの凄く渋々許してくれたけど、護衛が増えた。私のそばに常に二人、外にもまだいるらしい。…何故なのかは聞かないけど。
バルテンシュタッドで開催される夏祭りは、天災や虫害が起こらず作物が無事育っている事を神様に感謝し、みんなで喜びを分かち合い楽しく過ごすもの。
夕方から翌日の昼まで夜通し行われ、夜の涼しい時間に街のみんなが様々なお店の屋台を渡り歩く。道は封鎖され歩行者天国になり、お店の前には屋台、テーブル席や小さな露店もたくさん並ぶんだとか。
居酒屋だと普段は中々食べに来ることが出来ない家族連れもあちこちのお店を渡り歩くというから、子供も喜ぶメニューを考えたんだよね!
「このクッキーやらマシュマロやら菓子の類は却下だ」
「えー」
「それこそパン屋やケーキ屋が作る」
確かにそうですね。
「もう少し何か目玉商品を考えろ」
「目玉商品」
「そうだ。店でも出したことのない、夏祭りで初めてお披露目するような今後の売上に貢献できるようなやつだ」
おおう、難しい注文だ…!
本当は焼きおにぎりとか出したいけど、この世界でまだお米は見た事ないんだよね。ご飯食べたいなぁ。納豆…もう食べられないんだろうなぁ。
食べ易く、子供にも喜んでもらえてお店でも出していけるような料理……子供って何が好きかな?
オムライス、パスタ、ハンバーグに唐揚げ、カレーライス。
カレーなぁ。スパイスが難しくてまだ完成してないしなぁ。うーんあとはグラタンにエビフライにイカリングフライとか?
お子様ランチにありそうなものよね。
「あ!!」
そうだ!
「思い付いたか」
「はい! 思い付きました! 揚げ物ですけど!」
「揚げ物好きだな」
「ビールに合うので!」
よし! と気合いを入れてキッチンを借りようと立ち上がったところで、急に外から物凄く大きなサイレンのような音が鳴った。
「何?」
思わず耳を塞ぐ。
室内にいるのに響き渡る大きな音、不快な音。何重にも重なっている音は、低く、高く、聞いている者の不安感、焦燥感を煽る。
オーウェンさんは立ち上がると私の肩を掴み護衛に叫んだ。
「ナガセを連れて帰れ!」
お前もだ! と、オーウェンさんが調理スタッフを立たせ出て行くよう指示をする。
「いいか、必ず地下に避難するんだぞ! 家族と一緒にいろ! 軍が来るまで絶対に出るな!!」
調理スタッフは青い顔をしてブンブンと頭を縦に振ると店裏から出て行った。護衛騎士が駆け寄り私の腕を取る。一人は外の様子を確認し、馬が来るのを待つように叫んだ。
もう、叫ばないとお互いの声が聞こえない。
「オーウェンさん!」
オーウェンさんを振り返ると、長い剣を手にして窓から空を見上げている。さっきまで明るい青空が見えていたのに、外は薄暗くなっていた。
「ナガセ、こっちへ!」
外を窺っていた騎士が手招きした。
私の腕を掴んでいる騎士がオーウェンさんに目礼する。
「俺はこの辺りの避難を誘導する、お前らは早く邸へ戻れ!」
「オーウェンさん!」
「心配するな、もうすぐ王国軍が避難の誘導に来る」
「待って、この音は何!?」
ドッドッドッ、と心臓の音がうるさい。
オーウェンさんは眉間に深く皺を刻み苦々しい表情で吐き出した。
「スタンピードだ」
21
お気に入りに追加
1,398
あなたにおすすめの小説
異世界転移したら、推しのガチムチ騎士団長様の性癖が止まりません
冬見 六花
恋愛
旧題:ロングヘア=美人の世界にショートカットの私が転移したら推しのガチムチ騎士団長様の性癖が開花した件
異世界転移したアユミが行き着いた世界は、ロングヘアが美人とされている世界だった。
ショートカットのために醜女&珍獣扱いされたアユミを助けてくれたのはガチムチの騎士団長のウィルフレッド。
「…え、ちょっと待って。騎士団長めちゃくちゃドタイプなんですけど!」
でもこの世界ではとんでもないほどのブスの私を好きになってくれるわけない…。
それならイケメン騎士団長様の推し活に専念しますか!
―――――【筋肉フェチの推し活充女アユミ × アユミが現れて突如として自分の性癖が目覚めてしまったガチムチ騎士団長様】
そんな2人の山なし谷なしイチャイチャエッチラブコメ。
●ムーンライトノベルズで掲載していたものをより糖度高めに改稿してます。
●11/6本編完結しました。番外編はゆっくり投稿します。
●11/12番外編もすべて完結しました!
●ノーチェブックス様より書籍化します!
聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる
夕立悠理
恋愛
ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。
しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。
しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。
※小説家になろう様にも投稿しています
※感想をいただけると、とても嬉しいです
※著作権は放棄してません
【R18】聖女のお役目【完結済】
ワシ蔵
恋愛
平凡なOLの加賀美紗香は、ある日入浴中に、突然異世界へ転移してしまう。
その国には、聖女が騎士たちに祝福を与えるという伝説があった。
紗香は、その聖女として召喚されたのだと言う。
祭壇に捧げられた聖女は、今日も騎士達に祝福を与える。
※性描写有りは★マークです。
※肉体的に複数と触れ合うため「逆ハーレム」タグをつけていますが、精神的にはほとんど1対1です。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
気付いたら異世界の娼館に売られていたけど、なんだかんだ美男子に救われる話。
sorato
恋愛
20歳女、東京出身。親も彼氏もおらずブラック企業で働く日和は、ある日突然異世界へと転移していた。それも、気を失っている内に。
気付いたときには既に娼館に売られた後。娼館の店主にお薦め客候補の姿絵を見せられるが、どの客も生理的に受け付けない男ばかり。そんな中、日和が目をつけたのは絶世の美男子であるヨルクという男で――……。
※男は太っていて脂ぎっている方がより素晴らしいとされ、女は細く印象の薄い方がより美しいとされる美醜逆転的な概念の異世界でのお話です。
!直接的な行為の描写はありませんが、そういうことを匂わす言葉はたくさん出てきますのでR15指定しています。苦手な方はバックしてください。
※小説家になろうさんでも投稿しています。
旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜
ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉
転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!?
のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました……
イケメン山盛りの逆ハーです
前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります
小説家になろう、カクヨムに転載しています
【R-18】喪女ですが、魔王の息子×2の花嫁になるため異世界に召喚されました
indi子/金色魚々子
恋愛
――優しげな王子と強引な王子、世継ぎを残すために、今宵も二人の王子に淫らに愛されます。
逢坂美咲(おうさか みさき)は、恋愛経験が一切ないもてない女=喪女。
一人で過ごす事が決定しているクリスマスの夜、バイト先の本屋で万引き犯を追いかけている時に階段で足を滑らせて落ちていってしまう。
しかし、気が付いた時……美咲がいたのは、なんと異世界の魔王城!?
そこで、魔王の息子である二人の王子の『花嫁』として召喚されたと告げられて……?
元の世界に帰るためには、その二人の王子、ミハイルとアレクセイどちらかの子どもを産むことが交換条件に!
もてない女ミサキの、甘くとろける淫らな魔王城ライフ、無事?開幕!
過去1ヶ月以内にノーチェの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、ノーチェのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にノーチェの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、ノーチェのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。