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第二章 王都
歪※
しおりを挟む「見てナガセ、あっちに出店が沢山あるよ!」
降り続いていた雨も止み、空の色がひとつ濃くなった。
エーリクが陽の光を浴びてそれはもうキラキラした笑顔で私の腕を引っ張る。こういう時、いつもと違い子供らしさが滲み出て本当に可愛いと思う。
でも可愛いって本人に言うのは禁止。一度言ったら無表情になってしまったことがあるから。
あの顔はイカン。
あれから二日経った。
レオニダスは忙しいらしく、あれから会っていない。王城に行っているらしい。
アンナさんから聞く伝言は全部、気を付けろとか無理するなとか、そんな感じ。
それが何だかレオニダスらしくて、心配してくれてるなって、ほっこりする。会いたいなぁ。
レオニダスは、私が言葉が分かるようになった事を周囲に伝えてくれていた。
男の子じゃないってことも。
ビルとフィンは絶句して固まっていたらしいし、ローザは青くなったり赤くなったり、何を想像したのか後で会った時にわんわん泣かれてめちゃくちゃ抱き締められた。ちょっとよく分からないけど。
でも皆んな受け入れてくれて、護衛の騎士の方たちも凄く目をまん丸にしたり色んな反応があったけど、最後は必ずいい笑顔で背中をポンポンと叩いてくれた。
嬉しいな。みんなあったかい。
今日はエーリクと王都散策。
ずっと身体を動かしていないし、お勉強もいいけど折角だから見て回らなきゃ! て事で、護衛騎士さんたちと王都の中心部にある大きな公園にやって来た。
とっても大きなそこは綺麗な芝が広がり、黒い幹の大きな木が枝を広げて気持ちのいい木漏れ日を零しながら日陰を作ってる。
空気が澄んでいてすごく気持ちがいい。
ウルも足取りがウキウキしてて、尻尾も時々、思わずと言った感じでふりふり。可愛いなぁ!
ウルは私が寝込むと、本当にずっと寄り添ってくれる。
きっとお散歩とかしたいだろうに、おトイレとご飯以外は私にピッタリくっついてくれていた。
ああ、泣ける。守ってくれてるのね。大好きよ、ウル。
芝生の上ではあちこちで敷物を敷いてピクニックや日光浴をしている人達がいた。
公園の大きな石畳みの通路に出店がいくつも出て、そこで何か買って食べているみたい。出店は色とりどりの帆布の屋根に可愛らしい看板を提げて、串焼きや飲み物なんかを売ってる。
いい匂い!
「エーリク、何か食べたいものはありますか?」
今日の私は従者ではなくお休みモードなので、様は付けないでって言われたので、久し振りに敬称ナシ。
でも服装はネイビーの従者のジャケットにパンツ、ピンクとグレーのダブルストライプのシャツにサックスブルーのニットのベスト、ちょっと濃いグレーのリボンタイ。
動きやすいし、とにかく可愛いんだよ!
エーリクは、私が話せるようになった事を凄く喜んでくれた。勉強のこともこの世界のことも、とっても分かりやすく教えてくれるし、エーリクの気持ちや感情がすごくよく分かるようになって、私もエーリクと過ごすのが本当に楽しい。
「僕はこういう場所で食べた事ないんだ。何があるのか見てみよう!」
え、そうなの?
振り返って護衛騎士さんを見ると、苦笑してた。
そっか、やっぱり買い食いとかダメなのかな。でも今日はいいよね? こういう経験も大事だと思うの!
「エーリク見て、可愛いお菓子も売ってますよ!これで皆んなにお土産買って行けますね!」
「ナガセ、あっちはアクセサリーも売ってるよ」
エーリクの指し示す方を見ると、小さなアクセサリーが可愛らしくディスプレイされていた。
「わ、可愛い」
「見てみよう、ほら!」
エーリクに手を取られてお店に行く。どっちが大人か分からないけど可愛くて幸せだからいい!
そのショップは手作りのアクセサリーを扱っていた。
小さな硝子の石が嵌まった指輪やペンダントトップ、ピアスもある。陽の光を浴びてキラキラして、カップルが仲良く選んでいたり。なんだか幸せな休日。
「あ」
繊細なゴールドチェーンに小さな雫の形をした細かいカットのペンダント。その色は深い青。
わあ、レオニダスの色だ。
手に取って陽に透かしてみる。キラキラとおひさまを反射して色んな青が煌めく。
わ、どうしよう、欲しいかも。
ああでも、今日は私のお給料で初めての買い物だし、ここはやっぱりお世話になってる皆んなに何か買いたい。
値段を聞くと、結構な額だった。
――うん、今回はやめておこう。初志貫徹!
気持ちを切り替えてペンダントをそっと戻す。エーリクを見ると、何やら一生懸命真剣に選んでる。
「エーリク、何か欲しいのありました?」
「あ、うん、僕が欲しいんじゃなくて…」
もじもじと言いにくそうにエーリクは視線を逸らす。
ん? なになに、もしかして好きな人にあげるとか? うそ、いつの間にそんな人が!?
「ねえナガセ、これ、どう思う?」
そう言ってエーリクが手に取ったのは、ゴールドチェーンに小さな小さなエメラルドの石が控え目に3つ、ちょこんとぶら下がるように付いているブレスレット。
「わあ、可愛い」
「本当?」
「はい。この小さい石が可愛いです。シンプルで素敵」
手に取ると小さな石がチリチリと揺れる。
「エーリクの瞳の色みたいでとっても綺麗ですね」
ほら、とブレスレットをエーリクの顔の横に掲げてみる。するとエーリクはみるみる顔を赤くした。
えっ、何? 私なんかした?
「えっ、エーリク? 大丈夫? 私変なこと言った?」
「だ、大丈夫、違うよ、なんでもないから」
その時突然、足元でウルが吠えた。その声に反応して、エーリクが咄嗟に私の前に出る。護衛騎士さんは私たち二人を完全に背に隠した。
「ザイラスブルク公の後継者エーリク殿とお見受けしますが」
その絡みつくような声に聞き覚えがある。
「ボーデン卿」
エーリクが硬い声で答えた。エーリクの言葉を聞いて、騎士さんはそっと身体を横にずらす。
ボーデン卿。あの、テーラーで会ったザ・貴族さま。
今日もスリーピースのスーツにギラギラと場違いな装飾のカフスやタイピンを身に着けて、杖と華やかな装いの女性の腰を抱いてこちらを見ていた。
ハットを被っていても、その血走った目つきでこちらを窺っているのが分かる。
「ボーデン卿にご挨拶申し上げます。……このような場でお会いするとは思いませんでした」
「はは、この近くに私も出資している彼女の店がありましてね、今日はその視察に。少し足を伸ばして正解でしたな。こうしてまたお会いできるとは」
そう話すボーデン卿の目は笑っていない。
「そうですか、お会いできたこと、伯父上にも伝えておきます」
「おお、ぜひ。大公閣下によろしくお伝え下さい。機会があれば私の店にも足を運んで頂ければ良い宣伝にもなる」
ウルが唸り声を静かに上げている。凄く警戒している。ボーデン卿はそれを一切気にせずギラギラした目を私に向けた。
「ところで、その従者は大公閣下の従者では?」
「……彼は今日、僕に着いてくれていますが、本来は伯父上の従者です」
「大公閣下にもエーリク殿にも着くとは、優秀な従者なのですなぁ」
「……ええ」
「ははは、羨ましい! 私も優秀な従者が欲しいところでしてね。どうかな、給金は弾む、うちに仕える気はないか?」
「ボーデン卿」
「ははは、冗談ですよ! そのような怖い顔をなさるな。可愛らしいお顔が台無しですよ、エーリク殿。さて、そろそろ行かねば……王都にはいつまで?」
「……王城の舞踏会まではいると聞いています」
「そうですか、ではまたお会いする機会もありましょう。また是非、ご挨拶させてください。……では」
最後にもう一度私を睨みつけて、ハットを軽く持ち上げひとつ頷くと、ボーデン卿は女性と何人かの従者を伴って去って行った。
ふう、とエーリクがひとつため息を吐く。
「エーリク、大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ」
「あの人、嫌なこと言う人でしたね……」
「うん……ナガセは? 大丈夫?」
「大丈夫! エーリクも騎士さんもウルもいるから」
ウルの頭を撫でる。ウルはまだ警戒して、ボーデン卿の後ろ姿をじっと見つめていた。
* * *
準備中の看板を提げた店の奥から、食器が落ち割れる音がする。同時に女の高い嬌声と肌がぶつかり合う音。
テーブルにうつ伏せに倒れ込みテーブルクロスを握りしめる女は、髪を振り乱し涎を零しながら喘ぎ続けている。後ろから女の腰を指が食い込む程強く押さえつけガツガツと腰を振るが、男は目の前の女を見ていない。
――やはり、見間違いではなかった。
さっきの従者、あれはやはり黒い。見たことがない色だった。
黒、黒だ! 私のコレクションに相応しい色だった。
欲しい、あれが欲しい! 欲しい!!
目の前の女が気をやった。締まりが緩くなる。
「ちっ」
舌打ちをすると、女の細い首を片手でグッと押さえつけた。
女の身体がびくんと跳ね、声にならない声が漏れる。
きゅうっと男の男根を締め付け、男はまた激しく腰を打ちつけた。
――なんとしても欲しい。俺は欲しいものは必ず手に入れる。あの、他にはない唯一の色。
男は力任せに女に腰を打ち付け、最奥に全てを放った。
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