つかれやすい殿下のために掃除婦として就くことになりました

樹里

文字の大きさ
294 / 315

第294話 私は間違っていない

しおりを挟む
 殿下が私を追って我が家に訪れてくれた。
 夕方のこのお時間ということは、外出から戻ってほぼ時間を経たずして、王宮を出たのではないだろうか。

 相談の一つもせず自分勝手に出てきたくせに、私を追いかけてきてくれた嬉しさと黙って出てきた気まずさとで動揺する。
 殿下を喜んで出迎える権利は私には……ない。私は殿下の気持ちを確かめようともせずに、身勝手に出てきただけなのだから。

「そうか。では私がお話し」

 父は硬直して動かぬ私の様子をご覧になって席を立とうとしたが、一瞬早く席を立ったのは――母だ。

「え? イ、イヴリン……?」
「わたくしが参りましょう」
「い、いや。それは待とうか。君は今、目が据わっている。怖いよ……」
「ご冗談を」

 母は冷たい目で父を見下ろすと黙って身を翻し、部屋を出て玄関へ向かおうとする。

「こ、こら。待ちなさい」

 慌てて席を立つ父の後に続いてユリアも立ち、さらに兄様方も立ち上がり、部屋を出た。
 途端にがらんとした部屋の状況に、茫然としていた私も我に返ると慌てて席を立ち、皆の背を追う。

 しかしやはりお顔を合わせづらいため玄関までは行かず、壁からこっそりと覗き込むと、殿下とジェラルドさんのお姿が見えた。
 影憑きではない平常時は煌びやかで一糸乱れぬ王子そのものなのに、今の殿下は表情には焦燥が見られ、額から汗が流れ、髪は乱れており、服にはところどころ泥の跳ね返りがついている。

 現在、対応しているのは母だが、その横にはいつ口を挟もうかと状況を見守る父と、その父の後ろに兄様方とユリアがいる。
 ユリアの姿を認めたお二人は眉を落とされた。私がここにいることを確信なさったようだ。

「エルベルト殿下。尊きご身分の御身でこちらのような田舎町に足をお運びいただき、誠に畏れ多いことにございます。御下命一つで、何を置きましても直ちにこちらから馬を飛ばせましたものを。このようなお時間にお越しですと丁重なお迎えをすぐにご準備することが難しく、ご無礼を働きますこと、何とぞご容赦くださいませ」

 母は今、笑顔を浮かべているのだろうか。もし浮かべていたとしても、それは冷たい笑みだろう。以前と違ってかなり淡々とした口調の慇懃無礼な態度の母に、殿下は気圧されているご様子だが、顔を引き締められた。

「いいえ。私の方がこのような時間に突然の訪問をしてしまい、誠に申し訳ありません。ご迷惑かと存じておりましたが、急ぎロザンヌ嬢の安否をご確認したくお伺いいたしました。どうか礼を失した行為をお許しください」

 殿下がこんなことをおっしゃるなんて。この国の王位第一継承者のエルベルト殿下が、一介の臣下に対して。
 そんな言葉を言わせているのは他ならぬ私だ。罪悪感で体から血の気が引く。

 母もまた殿下のご様子に対応を少し改める気になったようだ。

「ロザンヌなら王宮でのお務めを終えたと戻って参りました。この度、娘は殿下の侍女・・・・・としてお仕えしていたと記憶しておりましたが、娘の任が解かれましたことをご承知ではなかったのでしょうか」
「はい。恥ずかしながら私の不手際のせいで、彼女に帰郷の決意をさせてしまった上、それを察することができずにこのような事態を招いてしまいました」

 殿下に不手際など何もなかった。ただ、私が王命に従ったのみだ。
 母は殿下のご様子に一つ息を吐いた。

「そうですか。娘に落ち度があったのならばお詫びに参上し、何も無かったのならば、たとえ君主からでも娘を守ろうと考えておりました。しかし、どうやら落ち度は無かったものの、悪かったのは娘のようですね。失礼な態度を取りましたことをお詫び申し上げます。誠に申し訳ございませんでした」

 え。お、お母様……。
 今のお話からなぜその結論を導き出すのですか!? それは言い過ぎです! わたくしはただ王命にですね。
 先ほどの殊勝な態度はどこへやら、気持ちが弁解に走ってしまう。

「いいえ、そのようなことは決して。先ほども申し上げましたが、落ち度があったのは私です。ロザンヌ嬢にも直接謝罪したいのですが、彼女にお会いさせていただくことは……可能でしょうか」

 控えめにお尋ねする殿下に母は承知いたしましたと頷く。

「――ロザンヌ!」

 ひいっ。
 母が私の名を呼びながら振り返り、視線をこちらに向けるのを感じて私はとっさに身を潜めた。

「そこにいるのでしょう。いつまで隠れているつもり。自分がしたことは正しいと信じているのならば、自分の行為を恥じていないのならば、堂々とした態度で出ていらっしゃい」

 私は自分がしたことは間違っていたなどとは思わない。セリアン様に求婚されたという話をした時には、殿下は私との未来を何も語ってはくれなかったのだから。
 エルベルト殿下は王位第一継承者であり、私はたくさんいる貴族の娘にすぎないのだから、私には何一つ決定権がない。いえ、選ぶことができたのは、選ばなければならなかったのは王宮を出るというただ一つの選択肢のみだった。

 たとえ殿下が何の相談も口にせず王宮を出た私に怒っていようとも、私は間違ったことはしていない。
 拳を作ると隠れていた壁から離れて、殿下たちの前に出た。
しおりを挟む
感想 262

あなたにおすすめの小説

身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~

椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」 私を脅して、別れを決断させた彼の両親。 彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。 私とは住む世界が違った…… 別れを命じられ、私の恋が終わった。 叶わない身分差の恋だったはずが―― ※R-15くらいなので※マークはありません。 ※視点切り替えあり。 ※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。

牢で死ぬはずだった公爵令嬢

鈴元 香奈
恋愛
婚約していた王子に裏切られ無実の罪で牢に入れられてしまった公爵令嬢リーゼは、牢番に助け出されて見知らぬ男に託された。 表紙女性イラストはしろ様(SKIMA)、背景はくらうど職人様(イラストAC)、馬上の人物はシルエットACさんよりお借りしています。 小説家になろうさんにも投稿しています。

いくら政略結婚だからって、そこまで嫌わなくてもいいんじゃないですか?いい加減、腹が立ってきたんですけど!

夢呼
恋愛
伯爵令嬢のローゼは大好きな婚約者アーサー・レイモンド侯爵令息との結婚式を今か今かと待ち望んでいた。 しかし、結婚式の僅か10日前、その大好きなアーサーから「私から愛されたいという思いがあったら捨ててくれ。それに応えることは出来ない」と告げられる。 ローゼはその言葉にショックを受け、熱を出し寝込んでしまう。数日間うなされ続け、やっと目を覚ました。前世の記憶と共に・・・。 愛されることは無いと分かっていても、覆すことが出来ないのが貴族間の政略結婚。日本で生きたアラサー女子の「私」が八割心を占めているローゼが、この政略結婚に臨むことになる。 いくら政略結婚といえども、親に孫を見せてあげて親孝行をしたいという願いを持つローゼは、何とかアーサーに振り向いてもらおうと頑張るが、鉄壁のアーサーには敵わず。それどころか益々嫌われる始末。 一体私の何が気に入らないんだか。そこまで嫌わなくてもいいんじゃないんですかね!いい加減腹立つわっ! 世界観はゆるいです! カクヨム様にも投稿しております。 ※10万文字を超えたので長編に変更しました。

アンジェリーヌは一人じゃない

れもんぴーる
恋愛
義母からひどい扱いされても我慢をしているアンジェリーヌ。 メイドにも冷遇され、昔は仲が良かった婚約者にも冷たい態度をとられ居場所も逃げ場所もなくしていた。 そんな時、アルコール入りのチョコレートを口にしたアンジェリーヌの性格が激変した。 まるで別人になったように、言いたいことを言い、これまで自分に冷たかった家族や婚約者をこぎみよく切り捨てていく。 実は、アンジェリーヌの中にずっといた魂と入れ替わったのだ。 それはアンジェリーヌと一緒に生まれたが、この世に誕生できなかったアンジェリーヌの双子の魂だった。 新生アンジェリーヌはアンジェリーヌのため自由を求め、家を出る。 アンジェリーヌは満ち足りた生活を送り、愛する人にも出会うが、この身体は自分の物ではない。出来る事なら消えてしまった可哀そうな自分の半身に幸せになってもらいたい。でもそれは自分が消え、愛する人との別れの時。 果たしてアンジェリーヌの魂は戻ってくるのか。そしてその時もう一人の魂は・・・。 *タグに「平成の歌もあります」を追加しました。思っていたより歌に注目していただいたので(*´▽`*) (なろうさま、カクヨムさまにも投稿予定です)

【完結】地味な私と公爵様

ベル
恋愛
ラエル公爵。この学園でこの名を知らない人はいないでしょう。 端正な顔立ちに甘く低い声、時折見せる少年のような笑顔。誰もがその美しさに魅了され、女性なら誰もがラエル様との結婚を夢見てしまう。 そんな方が、平凡...いや、かなり地味で目立たない伯爵令嬢である私の婚約者だなんて一体誰が信じるでしょうか。 ...正直私も信じていません。 ラエル様が、私を溺愛しているなんて。 きっと、きっと、夢に違いありません。 お読みいただきありがとうございます。短編のつもりで書き始めましたが、意外と話が増えて長編に変更し、無事完結しました(*´-`)

0歳児に戻った私。今度は少し口を出したいと思います。

アズやっこ
恋愛
 ❈ 追記 長編に変更します。 16歳の時、私は第一王子と婚姻した。 いとこの第一王子の事は好き。でもこの好きはお兄様を思う好きと同じ。だから第二王子の事も好き。 私の好きは家族愛として。 第一王子と婚約し婚姻し家族愛とはいえ愛はある。だから何とかなる、そう思った。 でも人の心は何とかならなかった。 この国はもう終わる… 兄弟の対立、公爵の裏切り、まるでボタンの掛け違い。 だから歪み取り返しのつかない事になった。 そして私は暗殺され… 次に目が覚めた時0歳児に戻っていた。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ 作者独自の設定です。こういう設定だとご了承頂けると幸いです。

【完結】一番腹黒いのはだあれ?

やまぐちこはる
恋愛
■□■ 貧しいコイント子爵家のソンドールは、貴族学院には進学せず、騎士学校に通って若くして正騎士となった有望株である。 三歳でコイント家に養子に来たソンドールの生家はパートルム公爵家。 しかし、関わりを持たずに生きてきたため、自分が公爵家生まれだったことなどすっかり忘れていた。 ある日、実の父がソンドールに会いに来て、自分の出自を改めて知り、勝手なことを言う実父に憤りながらも、生家の騒動に巻き込まれていく。

辺境伯へ嫁ぎます。

アズやっこ
恋愛
私の父、国王陛下から、辺境伯へ嫁げと言われました。 隣国の王子の次は辺境伯ですか… 分かりました。 私は第二王女。所詮国の為の駒でしかないのです。 例え父であっても国王陛下には逆らえません。 辺境伯様… 若くして家督を継がれ、辺境の地を護っています。 本来ならば第一王女のお姉様が嫁ぐはずでした。 辺境伯様も10歳も年下の私を妻として娶らなければいけないなんて可哀想です。 辺境伯様、大丈夫です。私はご迷惑はおかけしません。 それでも、もし、私でも良いのなら…こんな小娘でも良いのなら…貴方を愛しても良いですか?貴方も私を愛してくれますか? そんな望みを抱いてしまいます。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ 設定はゆるいです。  (言葉使いなど、優しい目で読んで頂けると幸いです)  ❈ 誤字脱字等教えて頂けると幸いです。  (出来れば望ましいと思う字、文章を教えて頂けると嬉しいです)

処理中です...